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類まれなゲームコントロール力…なぜ遠藤保仁はムダなパスを出すのか?

なぜ遠藤保仁はムダなパスを出すのか?[写真]=足立雅史

文/北健一郎

 2011年12月に『なぜボランチはムダなパスを出すのか?』という本を出版した。「ボランチが出している、一見ムダに見えるパスについて考察してみよう」というテーマで書いたこの本は、ありがたいことに多くの方に読んでいただいている。
 実は、この本のタイトルは当初『なぜ遠藤保仁はムダなパスを出すのか?』だった。最終的には「遠藤保仁」のところを「ボランチ」に変えたものが正式なタイトルになったわけだが、企画の出発点は遠藤のプレーに興味を持ったところから始まった。

 本田圭佑でも、香川真司でもなく、遠藤だったのは、遠藤のプレースタイルが一般のサッカーファンにとって非常に伝わりづらいものだと感じたからだ。個人的にも遠藤という選手の良さがイマイチ分かっていなかった。06年のドイツ・ワールドカップ以降、イビチャ・オシム監督(06年7月〜07年12月)も、岡田武史監督(07年12月〜10年7月)も、アルベルト・ザッケローニ監督(10年7月〜現在)も、遠藤を主力で起用しているが、そこまでの価値がある選手なのかどうか、半信半疑だったのだ。

 技術が高いことは間違いない。ただ、プレースタイルはハッキリ言って地味だ。ボールを止めて、蹴る。ものすごく簡潔に言えば、遠藤がやっているのは、これだけだ。しかし、遠藤のプレーを分析して気付いたのは、単純作業に見える「止めて、蹴る」が、実はものすごく奥の深いものだったということだ。

■ビルドアップで遠藤は《ムダなパス》を多用する

 ボランチはセンターバックの1列前、中盤のセンターに位置する。このポジションの最大の仕事はディフェンスだ。センターバックや、サイドの選手と連係しながらボールを奪ったり、危険なスペースをカバーすることが求められる。

 守備面だけで言えば、遠藤よりも上の選手はいるだろう。実際、レヴァークーゼンの細貝萌はドイツ仕込みの球際の強さがあり、ボールを奪う力は遠藤よりも確実に上だ。ただ、ザックジャパンで大事な試合のスタメンには、いつも遠藤が名を連ねている。

 遠藤でなければいけない理由──それはボランチのもう一つの重要な仕事である、ゲームをコントロールする能力にある。ディフェンスラインと前線、右サイドと左サイド、その真ん中に位置するボランチは最もボールに触る回数が多い。ボールに触る回数が多いということは、ボランチがどんなプレーをするかによってチーム全体に大きな影響を及ぼすことを意味する。

 分かりやすいのがディフェンスラインからパスをつないで組み立てていく「ビルドアップ」だ。ゴールを狙うには、中盤を飛ばして相手の最終ラインの裏にボールを蹴ったほうが速い。しかし、ゴールへの最短ルートは相手も警戒しているし、読まれてしまう。だから、パスを回しながらチャンスを狙っていくことが必要になるのだ。

 ビルドアップで遠藤は「ムダなパス」を多用する。

 具体例を挙げよう。センターバックの今野泰幸がボールを持っている。今野は前方の遠藤にグラウンダーのパス。遠藤のところに相手の選手が寄せて来ている。遠藤はボールを止めることなく、ワンタッチで今野にリターンパス。何てことはない、センターバックとボランチのパス交換である。だが、このプレーには明確な狙いがある。

 遠藤の狙いとは「自分がフリーになるための時間を作る」ことだ。リターンパスを出した時、遠藤をマークしていた選手はボールの行方を目で追う。その瞬間、遠藤はスッと相手の視野から消えながら動き直す。今野は遠藤のところへ、もう1回パス。すると、あら不思議。1秒前までマークにつかれていた遠藤が、前を向いた状態でボールを持っているのだ。

 2本のパス交換と、ちょっとしたポジション移動。やっていることはシンプルだし、タネもカラクリもある。しかし、このプレーがマネできるようでマネできない。それはなぜか。遠藤のパスは他の選手と、ちょっと違う。サッカーのピッチにおいては、この「ちょっとの違い」が大きな意味を持つ。

 相手が寄せてきた時、遠藤は慌てない。自分をマークしている選手を引き付け、かといって足を出されないギリギリのタイミングでボールを触って、パスをリターンする。もしも焦ってすぐに後ろに戻していれば、相手を食い付かせることができないのでパス交換の効果が薄れてしまう。このタイミングが《違い》の一つ。

 もう一つが、ボールの質だ。遠藤は次のプレーに合わせてパスを使い分ける。ワンタッチでパスが欲しい時は、パスを受ける選手の利き足に向けて、少しスピードを落としたボールを出して蹴りやすくする。逆にコントロールしてほしい時は、ちょっと強めに出して相手に寄せる時間を与えなくする。

 自分のところに来たボールを、後ろから相手が来たからと何も考えずに戻しているだけでは、その場しのぎの本当にムダなパスになってしまう。だが、遠藤のパスはムダではなく、次のプレーへの展開が考えられた、価値のあるパスになっているのだ。

■縦方向への遠藤のパスが《攻撃のスイッチ》になる

 ボランチに求められる重要な仕事は《攻撃のスイッチ》を入れることだ。攻撃のスイッチとは、これからゴールに向かっていくという合図のようなもの。1本のパスをきっかけにして、前線の選手が一気に動き出し、スピードアップしていく。

 スイッチになるのは主に縦方向へのパスだ。これはクサビのパスの原理と関係している。前線の選手に縦パスが入れば、相手はボールを見るので、自分がマークしている選手とボールを同じ視野に収めることが難しくなる。これが「ボールウォッチャー」と呼ばれる状態だ。相手がボールを見ている間、他の選手は自由に動き回ることができる。

 ザックジャパンで言えば、遠藤から本田への縦パスが攻撃の合図になることが多い。遠藤がトップ下の本田に縦パスを出して、本田が相手DFを引き付けている間に2列目の香川や岡崎慎司といった選手が動き出す。この攻撃のスイッチとなる縦パスを効果的に狙えるのも、遠藤の強みだ。

 ただし、縦パスのコースが常に空いているわけではない。相手としても縦パスを入れられたら攻撃のスイッチが入ることが分かっているので、簡単には通されないように中のコースを締めてくる。スイッチを入れる側は、コースが空いた瞬間に素早くボールを通さなくてはいけない。遠藤はボールを置く位置や、身体の向き、視線などでニセの情報を与えて、DFが縦パスのコースを空けてしまうように《操作》する。

 ピッチ中央、左寄りの位置で遠藤がボールを持っているとしよう。前線へのパスコースには相手が立ちはだかっている。遠藤は右足の外側にボールを置いて、チラッと目線を送って右サイドの奥のスペースを見る。

 守っている選手は遠藤が右サイドにパスを出すことを予測して右寄りにスライドする。これにより、空いていなかった中のコースが、わずかだが空く。距離にすれば数十センチぐらいかもしれないが、それぐらいあれば遠藤にとっては問題ない。振りの速いインサイドキックで前方の味方の元へ正確に縦パスを出す。この縦パスが攻撃の合図となってスピードアップすることで、ザックジャパンのリズムに変化をもたらしている。

■自分が出したいパスではなく味方が欲しいパスを出す

 11年のアジアカップ優勝後、大会MVPに選出された本田は「個人的にはヤットさんがMVPだと思う。ああいう人がいなかったら勝負は紙一重だった」と遠藤の働きを賞賛した。アジア杯に限らず、ザックジャパンで本田、香川、岡崎といった攻撃陣が輝いているのは、遠藤によるところが大きい。

 遠藤のパスは一人ひとりに合わせたオーダーメードだ。背負って受けるのが得意な本田には利き足の左足にピタッと付けるボールを、ファーストタッチの良さが特長の香川には敢えて速めのボールを出して一発で相手をかわすことを促す。ディフェンスラインの背後に飛び出した岡崎にはワンタッチで打てる場所へボールを落とす。

 このタイミングでボールが欲しい! という時にパスを出してくれる遠藤がいるからこそ、前線の選手たちがストレスを抱えることなくゴールに向かっていける。自分が出したいパスを出すのではなく、味方が欲しいパスを出してあげる。この遠藤のプレースタイルは豊富な攻撃陣を抱えるザックジャパンにハマっていると言えるだろう。

 もしかしたらテレビゲームであれば、遠藤よりも他の選手を起用したほうがチームが強い場合もあるかもしれない。しかし、実際のピッチではちょっとしたパスの強さや、タイミングといった細かいディティールが勝敗を分ける。そうした、言わば勝負の際を見極められるという点では、現時点で遠藤以上の選手はいない。

 ザッケローニ監督は、遠藤にピッチ上の監督として全幅の信頼を寄せている。とはいえ、14年夏にブラジルのピッチに立つ時、遠藤は34歳になっている。そのことを不安視する声は少なくない。だが、遠藤を起用する意図がどこにあるのかを考えれば、極端に怖がる必要はないように思える。

 遠藤にとっても特別なモチベーションがある。06年のドイツW杯ではフィールドプレーヤーでただ1人出場機会を与えられず、10年の南アフリカW杯では大会直前に堅守速攻型にスタイルを変えたことで、ほとんどの時間帯でディフェンスに回ることになった。デンマーク戦で決めたFKは見事だったが、90分の中では遠藤らしさを見せられた場面は皆無だったと言っていい。

 飄々とした表情でパスをさばきながら、時に鋭い縦パスで攻撃のスイッチを入れる──。14年、世界中のサッカーファンが「遠藤保仁」のすごさに気付くかもしれない。

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