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2年前の悔しさ晴らす五輪代表入り…ドイツ挑戦の田中美南が貫いた勝負の姿勢

2021.06.18

初めて五輪の舞台に挑む田中美南 [写真]=Getty Images

「この半年で得たものは誰よりも大きい」。ドイツで戦った田中美南は自信に満ちていた。東京オリンピックまでの半年間、国内屈指のストライカーは自身初の海外移籍に挑んだ。大舞台で活躍するために。その一心で勝負の姿勢を貫いた。

「五輪のために移籍しました」。今年2月にINAC神戸レオネッサからドイツのレヴァークーゼンにレンタル移籍した田中はそう言い切った。「この2年間、特にワールドカップが終わってから意識してきました。五輪で活躍するために何が必要かを考えて行動してきました」

 きっかけは、2年前のフランス・ワールドカップでの代表落選だった。当時、日テレ・ベレーザに所属していた田中は、2018シーズンに3年連続でリーグ得点王に輝き、初のリーグMVPを受賞。誰よりも結果を残していた。それにもかかわらず、まさかのW杯メンバー落ち。憧れの世界舞台が目の前から遠ざかっていった。

 それでも、田中はその悔しさを糧に戦い続けた。見返すために勝負を止めなかった。「腐ったら負けだと思いました。そこで腐って、周りが『やっぱダメだね』ってなるより、腐らずにやって『なんで代表にいれなかったんだ』って言われるほうが気持ちいいから」。その言葉どおり、2019シーズンはカップ戦で得点王、リーグ戦で得点王とMVPのダブル受賞という輝かしい成績を残した。

 代表落選を経験したことで、選手としての責任感が強くなったという。大舞台で活躍するために決意も固めた。

「正直、W杯で外れるまでは、やることをやっていれば、代表に選ばれるだろうと思っていて、自分から代表に入りたいからこうするっていうのを言ってこなかった。でも、実際に外れてみて、応援してくれる周り人の気持ちや声が直に届いて。そういう人たちのためにも大きい舞台でやらなきゃいけない、そこで感謝の気持ちを伝えたいなっていう気持ちが強くなった。だからこそ、そこから『オリンピックのために』、『代表のために』ってずっと言い続けてきたし、そう考えてやってきました」

 田中の新たな勝負の道が始まった。昨年の冬には、長く在籍していた日テレ・ベレーザを離れて、INAC神戸へと移籍した。半年後に控えていた東京五輪で活躍するという目標のために、環境を変えたのだった。そして、1年延期された夢の大会まであと半年というタイミングで再び移籍。今度は異国の地に成長の場を求めた。

 INACに残っていれば、慣れ親しんだ環境で思いどおりの調整ができるかもしれないが、9月のWEリーグ開幕まで公式戦のない空白期間が続く。その一方で、シーズン後半戦を迎えたドイツでは強度の高い試合を経験できるが、思うような出場機会を得られる保証はない。どちらにもメリット・デメリットはあり、本人も不安はあったという。それでも、成長できる環境を求めてドイツでの真剣勝負を選んだ。

田中美南

ドイツで海外初挑戦を経験 [写真]=湊昂大

 移籍市場閉幕ギリギリでの加入になったが、田中は順調にチームに溶け込んだ。レヴァークーゼンでは、シーズン前半戦でレギュラーだったクロアチア代表FWイヴァナ・ルデリッチが1月にバイエルンへと移籍。その代役として期待された田中にはすぐにチャンスが与えられ、シーズン後半戦の初戦で81分に途中出場して新天地デビューを飾った。

 この半年間のドイツは例年よりも厳しい環境だった。2月の大雪や4月の記録的な寒さといったひどい天候に加え、多い日で1日3万人以上の新規感染者が出た新型コロナウイルスの第3波にも見舞われ、ロックダウンの厳しい制限措置があった。さらに4月には、なでしこジャパンの活動にも参加して、シーズン中の長距離移動も経験した。簡単な半年間ではなったはずだが、ピッチ上ではデビュー戦後にスタメンの座をつかんだ。

 海外初挑戦とは思えないその適応力の高さは、指揮官も「彼女がこんなにも早く、そしてうまくチームに溶け込んだのは並外れたことだ」と感心するほどだった。ドイツ人のアヒム・ファイフェル監督は、田中を特集したクラブ公式サイトの記事で、「全く違う環境でコミュニケーションを取ることが難しいことを知っているが、ミナはすぐにそれをこなしていた」と称えていた。

田中美南

田中のゴールを喜ぶチームメイトたち [写真]=湊昂大

 待望のドイツ初ゴールは出場5試合目、3月26日のフランクフルト戦で生まれた。7分に味方のスルーパスをペナルティエリア左で受けると、冷静に左足シュートを沈めた。さらに逆転を許して迎えた69分には、味方のシュートのこぼれ球に誰よりも早く反応し、得点への嗅覚を生かして貴重な同点ゴールを獲得。2ゴールの活躍で勝利に貢献した。

 シーズンが進むにつれて調子は上がり、4月23日のエッセン戦では42分にFKを頭でうまく流し込み、決勝点で白星に導いた。5月9日のメッペン戦では2試合連続ゴールを達成。39分にペナルティエリア前でこぼれ球を拾い、切り返して右足シュート。ブロックされたボールをしぶとく拾うと、そのままゴール前に突破し、再び右足を振り抜いてゴールネットを揺らした。

 レヴァークーゼンではシーズン後半戦のリーグ戦全10試合に出場し、4ゴールを記録した。数字だけ見ると物足りなさを感じるが、得点数はエースのボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表FWミレナ・ニコリッチ(13ゴール/後半戦のみだと6ゴール)に次いでチーム2番目の成績。助っ人としての役割を果たし、チーム史上最高位の5位フィニッシュに貢献した。

 ドイツへの移籍は、自分が納得できる準備をするために必要な勝負だった。日本とは違う間合いやフィジカルの強さを肌で感じたことで、対外国人選手における課題が明確になった。「(ドイツでは)サイドで仕掛けるときにクロスを上げ切るとか、シュートを打ち切るってところまでいけなくて。自分の間合いの置き所が近くて、相手の間合いだと普通に足を出せちゃう距離にボールを置いちゃうから、上げ切る、打ち切るっていうところがまだまだだなと思う。外国人相手でもやり切らないと。そこの差は感じました」

田中美南

欧州4強の強豪バイエルンと対戦。チャレンジャーの立場は「新鮮だった」[写真]=湊昂大

 目の前の勝負に対する意識もさらに強くなった。ドイツでフィジカル差のある相手とやり合う姿には頼もしさすら感じられた。海外の選手たちとしのぎを削ったことで闘争心にも磨きがかかったはずだ。

「ドイツだと相手ボールになっても、無理にでも前からプレスをかけてボールを奪って、ゴールまでいければそれも良しとされる。日本だったら、一歩引いて駆け引きしようとするけど、そこで引かずに行かないといけないときもある。いいことばっかりしようとし過ぎず、五分五分とかマイナスの状況かもしれないけど、引かない戦い方もあるとこっちだと余計に感じた。ドイツだと単純に目の前のボールをマイボールにするかどうかっていうバトルなんで。日本人は代表でも綺麗にやりがちなところがあるから、泥臭くてもやらなければいけない」

 半年前の不安はすっかり消えていた。「こっちでガチガチにやっていたほうが絶対よかった」。その言葉からはドイツで得た自信が伝わってきた。日本での空白期間を活用して海外に挑み、結果を伴う経験を積めたことが何より有意義だったのだろう。「この半年で得たものは誰よりも大きいと思える。自信にもなったし、前向きなチャレンジだった」。そう語る田中の表情には、勝負をしたからこそ得られる充実感があった。

 代表落選から2年、決意を持って突き進んできた。半年間という短期間でもドイツに挑戦し、最後まで勝負の姿勢を貫いた。6月18日、運命の五輪代表メンバー発表の日、なでしこジャパンを率いる高倉麻子監督の口からは「11番、田中美南」の名前があがった。2年前に味わった悔しさを自らの努力と強い気持ちで晴らした瞬間だ。

 勝負の道はここからが本番。約1カ月後に迫る東京五輪で、これまで築き上げてきた自信をいかにピッチで表現できるか。五輪出場へ人一倍強い思いを抱き、勝負にこだわってきたストライカーは、念願の大舞台でも勝負を決める存在になってくれるはずだ。真夏の東京で日の丸を背負った11番が両腕を高らかに上げて喜ぶ姿を期待したい。

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