浦和レッズのホームゲームは多くのスタッフの尽力によって成り立っている[写真]=浦和レッズ
浦和レッズのホームゲームは、選手やファン・サポーターだけでなく、多くのスタッフの尽力によって成り立っている。三者三様、それぞれが重要な役割を担っていることは言うまでもないが、「ボールパーソン」と呼ばれる、ピッチの周囲で機敏に動き回るスタッフたちもまた、不可欠な存在だ。
浦和レッズはクラブの理念にも謳っている通り、「安全・快適で熱気ある満員のスタジアム」の実現を目指している。ボールパーソンは決して目立つ存在ではないが、彼らの献身的かつ主体的なサポートが、試合をより魅力的なものにしている。
■ボールパーソンがスタジアムで担う役割
浦和レッズの全ホームゲームでボールパーソンを務めているのは、ある大学のサッカー同好会に所属する学生たちだ。試合ごとにボールパーソンを変えることで、地域の様々な学校や団体との接点を持とうとするJリーグクラブが多い中、浦和レッズは常に同じサッカー同好会にボールパーソンの運用を依頼している。それは、彼らがプレーヤーとしてサッカーに精通しているだけでなく、その競技レベルも非常に高く、ボールの動きや試合の展開を的確に捉え、素早く適切に対応する能力があるからだ。加えて、彼らは長きにわたり埼玉スタジアムのあの熱狂的とも言える雰囲気の中、選手やサポーターと共に闘ってきたという稀有な経験を有していることも、彼らが浦和レッズから頼られている一因だろう。
浦和レッズは、ボールパーソンに対して明確な役割を伝えている。恐らくどのJリーグクラブもボールパーソンに対して、試合の展開や選手の動きを常に注意深く観察し、円滑な試合運営を支えることを求めていると思われるが、浦和レッズとボールパーソンとの間にはそれ以上の、良質な緊張感がある。例えば、機敏に球出しを行う際、ボールの受け手となる両チームの選手が試合への集中力を欠かさずにプレーを継続できるよう、取りやすい配球を心掛けることもその要求には含まれている。浦和レッズがボールパーソンに求める役割は、「ボールを拾って渡すこと」ではなく、「試合の連続性や緊張感を途切れさせることなく試合の進行をサポートすること」であり、その違いは非常に大きい。
そうした考えがあるため、浦和レッズはボールパーソンに対して、ホームチームとアウェイチームに対してボール配球の質に差をつけないことを強く求めている。これは、試合の公正性を保つためにも不可欠な要素であり、観客の集中力をできるだけ途切れさせないことにもつながる。ボールパーソンの役割は決して「球拾い」ではないという熱い思いが、両者の胸にはある。
■心に刻まれた出来事
ボールパーソンの一日は長い。試合当日、彼らの一日はキックオフの6時間前に埼玉スタジアムへ集合し、電光掲示板の上にチーム旗を掲げ、選手のロッカールームで水風呂の準備を行うところから始まる。その後、キッズマッチの運営サポートなどをしながら、浦和レッズのクラブスタッフと共に試合に向けた様々な準備を行っていく。
キックオフが近づき、両チームの選手たちがピッチに入場する際には、ボールパーソンが『フェアプレーフラッグ』や『SPORTS FOR PEACE!フラッグ』を持ち、先頭に立ってグラウンド中央へと進む。選手たちの入場が終わると、ボールパーソンはタッチラインの外側に定められた各自のポジションへ迅速に移動する。その他にも、ベンチ横に配置された担架の両脇には、彼らの仲間が担架要員として待機する。
試合が始まると、彼らは戦況を注意深く見守り、迅速に、そして配球の質にこだわりをもって選手にボールを渡せるよう、常に準備をする。ボールパーソンの一人はこう語る。「今年からリーダーとして、より多くの責任を持つようになりました。ボールパーソンとして一番大切にしているのは、公平性を保ち、選手がスムーズにプレーできるように支えることです。試合が止まることがないように、常に気を配っています」
彼の記憶に強く残っているのは、昨年10月15日のJリーグYBCルヴァンカップ準決勝第2戦、横浜F・マリノス戦だ。浦和レッズの西川周作と横浜F・マリノスの角田涼太朗が激しく交錯し、角田が立ち上がれなくなる場面があった。担架要員だった彼は思わぬ事態に動揺したが、西川に肩をたたかれ励まされると、冷静さを取り戻し、角田を担架で運ぶという重要な任務を全うした。その経験が深く心に刻まれているという。
■注目を集めたボールパーソンの俊敏な動き
昨シーズン、あるボールパーソンはリーダーを務め、その経験を生かし、今シーズンは後輩たちのサポート役を担っている。「スタジアム全体の一体感を生み出す」という使命を仲間に伝える彼はこう語る。「試合運営に関わる中で、ボールパーソンや担架要員としての役割を果たしながら、スタジアムの雰囲気作りに貢献できるよう心掛けています。昨年のACL決勝でボールパーソンを担当し、浦和レッズの優勝を目の前で見届けた瞬間が一番の思い出です」
ボールパーソンは決して目立つ存在ではないが、彼らの俊敏な動きが注目を集めることもある。2022年8月25日に行われたACL準決勝の全北現代モータースFC戦で、その一端が垣間見えた。試合はPK戦の末に浦和レッズが決勝進出を決めたが、特に話題になったのは前半11分に松尾佑介が先制ゴールを決めたシーンだ。
ダヴィド モーベルグがボールパーソンから素早くボールを受け取り、すぐにスローインを行った。伊藤敦樹から再びモーベルグに戻されたあと、酒井宏樹にパスが通る。酒井は右サイドからゴール前に折り返し、最後に松尾が押し込んだ。
この一連のプレーは、ボールパーソンの迅速な対応から始まった。得点の直後、リカルド ロドリゲス監督(当時)は、素早くボールを渡したボールパーソンの頭を笑顔で撫でて感謝の意を示した。
■選手の安全を守る担架要員の使命
担架要員を務めるボールパーソンには、負傷した選手を安全に運ぶという大切な任務がある。試合前にはドクターから、頭部や頸部を固定できる「バックボード」と呼ばれる特殊な担架の取り扱い方法を学ぶ時間を定期的に設け、その操作スキルを磨いている。
浦和レッズのボールパーソンは、バックボードなどの器具の使用方法についてドクターから指導を受け、緊急時に迅速かつ安全に対応できるよう万全の準備をしている。ACLなどの国際大会でも、大会主催者側のメディカル体制の重要性は年々高まっており、チームのメディカルスタッフだけでなく、彼らを側面からサポートするボールパーソンを含めたメディカル体制の強化は、埼玉スタジアムのピッチでプレーする選手たちの安全を守るために欠かせないと浦和レッズは考えている。
浦和レッズが標榜する、「安全・快適で熱気ある満員のスタジアム」を実現するためには、クラブの取り組みを共に支え、さらに力強く推進しようとする仲間の存在が不可欠だ。
浦和レッズが「スチュワード」と呼ぶボランティアスタッフやボールパーソンは、普段はそれほど注目を集める存在ではないかもしれないが、力強く浦和レッズを支える仲間の存在がこのクラブを支え、浦和レッズのホームゲームにおいて、唯一無二とも言える熱狂を生む原動力の一つになっていることに、思いを馳せてみてもいいだろう。
文=大西 徹
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