岩政大樹監督 [写真]=Getty Images
Jリーグ30周年記念スペシャルマッチと位置付けられた5月14日の鹿島アントラーズ対名古屋グランパス。国立競技場には5万6000人超の大観衆が押し寄せ、RADWIMPSのライブパフォーマンスが行われるなど、華やかな雰囲気に包まれた。
一部の鹿島サポーターからは「国立開催はありえない」といった抗議の横断幕も出されたが、新たな観客獲得や集客増に向けたプロモーションという観点では多少なりとも意味があったのではないか。岩政大樹監督も選手たちも非日常の空気を感じながら、高いモチベーションで挑めたという。
鹿島対名古屋は30年前、1993年5月16日のJリーグ初戦と同カード。ジーコがハットトリックを達成し、5-0で圧勝したところから鹿島の常勝軍団の歴史が始まった。
当時、瀬戸内海に浮かぶ山口・周防大島の小学校5年生だった岩政監督は、Jリーガーになることも、監督になることも想像していなかった。「そうやって自分の人生を俯瞰して考えると不思議な気持ちになりますね」と13日の前日会見で感慨深げに語っていた。
その後、2004年に東京学芸大から鹿島入りし、守備の大黒柱として2007~09年のJリーグ3連覇に貢献。10年間の在籍期間で7冠を経験している。その後、タイのテロ・サーサナやJ2のファジアーノ岡山、関東1部の東京ユナイテッドで独自のキャリアを築き、2018年に引退。指導者ライセンスを取得し、古巣の再建に全力を注ぐべく、2022年から鹿島のコーチに。そしてレネ・ヴァイラー監督の解任を受けて8月に指揮官となった。
とはいえ、Jリーグで指導経験の乏しい指揮官が名門クラブを率いて成功した例は非常に少ない。2016年に名古屋を指揮した小倉隆史監督(現FC.ISE-SHIMA監督)は1年も経たないうちに解任され、2018年7月~2021年5月にガンバ大阪を率いた宮本恒靖監督(現JFA専務理事)もリーグ2位、天皇杯準優勝という成績を残した年もあったが、最終的に更迭の憂き目に遭っている。岩政監督もそうなるリスクがないとは言えなかった。
「常勝の看板を下ろしていい」と選手たちに伝え、新たな伝統、歴史を作る覚悟でスタートした彼だったが、2022年J1では就任後、2勝6分2敗と厳しい結果を余儀なくされた。それでも昨季はシーズン途中の就任だったこともあり、「本当の勝負は今季」という見方が根強かった。実際、指揮官自身もシーズンスタートから入念な準備ができるアドバンテージを生かし、主導権を握りながら敵を凌駕できるスタイルを模索していく腹積もりだった。
迎えた今季。2月18日の京都サンガF.C.との開幕戦で白星発進し、新戦力の佐野海舟も鮮烈な印象を残すなど、スタートは悪くないように思えた。が、続く川崎フロンターレ戦で終盤にひっくり返されたところから躓きが始まり、3月18日の横浜F・マリノス戦からはまさかのリーグ戦4連敗。4月15日、ホームでのヴィッセル神戸戦で大量5失点はあまりに衝撃的だった。
その時期の岩政監督は苦悩の色がアリアリと表れており、かつて一緒にプレーしたことのある土居聖真も「監督というのは本当に大変な仕事だと改めて感じた」と神妙な面持ちで語っていたほど。本人は「僕はメディアの質問にはいつも笑顔で答えていますよ。記者の質問が多いのは負けている時だけ。現金ですね」と冗談交じりと語っていたが、実際、顔がこわばることも多く、心理的にはギリギリのところまで追い込まれたのではないか。
そこで講じた策が鈴木優磨と垣田裕暉の2トップ起用と選手の入れ替えだった。前線で体を張れる垣田、走れて相手をかく乱できる名古新太郎と仲間隼斗をサイドに配することで鈴木がゴールに専念できる時間が長くなり、そこから背番号40のゴール量産が始まったのだ。
4月23日のアルビレックス新潟戦を2トップ揃い踏みで勝ち切ると、G大阪、北海道コンサドーレ札幌戦、セレッソ大阪、そして名古屋戦で5連勝。鈴木はこの5戦で4得点の固め取りに成功し、鹿島躍進に不可欠な「確固たる得点源」が確立されたのだ。
もう一つ大きかったのが守備の安定。岩政監督が関川郁万と広瀬陸斗を抜擢したことで、最終ラインの落ち着きが増し、気づいてみれば5戦連続無失点での5連勝というクラブ新記録を達成。特に名古屋戦でキャスパー・ユンカーを完封した関川の出来は素晴らしかった。
「以前は数試合よければ少しミスがあって…という連続だったけど、彼自身が乗り越えて、今はかなりのレベルになっている。まだ22歳ですからね。大卒1年目の自分自身を考えると完成度が高いと思います」と指揮官も絶賛。「優れたCBが揃った時の鹿島は強い」という伝統を具現化しつつあるのだ。
第13節終了時点で鹿島は首位の神戸と7ポイント差の5位。まだ頂点は遠いが、岩政監督が現役時代に初タイトルを獲得した2007年に似た流れになっているのは確かだ。オズワルド・オリヴェイラ監督体制1年目だった同年は序盤5戦未勝利からスタート。13節時点では首位のG大阪と8差の9位にとどまっていたが、チーム状態が良くなったところで、小笠原満男がイタリアから復帰。一気にギアが上がり、ラスト9戦全勝で最終的に浦和レッズをかわして逆転優勝というミラクルな軌跡を辿った。
16年前の過去を岩政監督にぶつけると「あの頃はそんなに多くのことを作り込んでやる必要がなかったので、ただ勝って自信をつけていけば良かった」と前置きしつつ、「いろいろなものを付け加える作業を繰り返して、シーズン終盤に完成形にすることを信念持って続けるだけ」と自らに言い聞かせるように語った。「その上でタイトルを取ってしまえば、さらに強いチームになることは僕も経験してきたこと」と語気を強めたが、彼らにとって今はまさにその重要局面。ここで走るのか、停滞が続くのか…。大きな岐路に直面していると言っていい。
30周年記念試合で上位の名古屋を2-0で叩き、新時代の“常勝・鹿島”を作るべく、決意を新たにした岩政監督。最悪の時期を乗り越え、力強い歩みを見せ始めた41歳の指揮官のマネジメント力にさらなる期待を寄せたい。
取材・文=元川悦子
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By 元川悦子