鳥栖戦後、サポーターに挨拶するヤン・マテウス [写真]=J.LEAGUE via Getty Images
2023年5月3日、横浜F・マリノスは明治安田生命J1リーグ第11節のサガン鳥栖戦を3-1で制した。
この試合、横浜FMは1-1で終わった前節の名古屋グランパス戦からスターティングメンバーを5名変更。J1の試合に限定すると、ヤン・マテウスと藤田譲瑠チマの2名が今季初先発だった。試合後にケヴィン・マスカット監督は「鳥栖がハードワークできるチームであることはわかっており、彼らとはこの試合までの準備期間も違いました。その中でフィジカル的な強さが大事になってくると考えていました」とその狙いを明かしたが、“マスカット体制”の横浜FMで大幅にメンバーが入れ替わることは決して珍しいことではない。昨季序盤戦は毎試合のようにメンバーを入れ替えながらリーグ戦を勝ち抜いていた。
今季は日程面を含めた様々な要因できっかけがなかったが、鳥栖との試合はマスカット監督にとって“その日”だったのだろう。「常日頃から、自分は『1人1人の選手が必要だ』と言っています。チャンスが来た時にどれだけ準備ができているか。いきなり(スタメンに)選ばれて、『急に言われても…』となる選手はうちにはいません。常にいつ出てもいい状態を保ちながら、その機会を待っています」と話した通り、メンバーが変わっても今季の横浜FM“らしさ”を表現して敵地で勝利を収めた。
その中で、目に見える結果を残した選手がヤン・マテウスだ。昨季途中から加入したウインガーにとって、鳥栖戦は記念すべき横浜FMでのJ1初スタメンとなった一戦だった。ここに至るまで時間を要した印象もあるが、今季のヤン・マテウスはスタメンまでの“伏線”を張っていた。J1第2節の浦和レッズ戦で70分からピッチに立つと、西村拓真の折り返しから勝利を決定づけるチーム2点目を叩き込む。JリーグYBCルヴァンカップ・グループステージ第1節のジュビロ磐田戦、J1第6節のセレッソ大阪戦ではいずれも左サイドを破ってからの折り返しで相手のオウンゴールを誘発。J1第7節の横浜FC戦、第9節のヴィッセル神戸戦では左足のクロスボールでアンデルソン・ロペスのヘディングシュートをアシストし、ルヴァンカップでも1ゴール1アシストと結果を残している。
満を持しての初スタメンとなった鳥栖戦は、自身が「好きなポジション、適正ポジションだと思っています」と話す右ウイングでの出場だった。チームは開始早々の3分に左からの折り返しを本田風智に決められ、早々と先制を許す。早すぎる時間帯での失点は間違いなく痛手となったが、そんなチームをヤン・マテウスが救う。11分、アンデルソン・ロペスの突破から中央のエウベルに繋がると、粘りのプレーからボールはペナルティエリア右で浮いていたヤン・マテウスへ。ファーストタッチから得意の左足で正確なシュートを叩き込み、試合を振り出しに戻した。
もっとも、ヤン・マテウスが右サイドの高い位置で“浮いていた”シーンはここが初めてではない。失点直後の4分に藤田が敵陣中央でボールを持ったシーンでは、フリーの状態で両手を広げながらボールを要求していた。5分に敵陣でアンデルソン・ロペスがボールを奪い返したシーンでも、横のエウベルにパスが入った瞬間に開いた位置で準備が整っていた。いずれのシーンでもボールは受けられなかったが、この日のヤン・マテウスが“何かを起こしそうな場所”でゴールを狙っていたのは事実だ。7分にはドリブル突破で縦に仕掛けるシーンはあったが、ゴール前でヤン・マテウスにボールが渡ったのは同点弾の場面が初。自身のポジショニングについては「我々の戦術ではウイングが大外に張ることを求められています。そこがうまく絡んで得点に繋がったことは良かったと思います」と話しており、得意だと豪語する右サイドでゴールに直結する立ち位置を取り続けたことが報われるシーンだった。
さらに、21分には右サイドで門を通すパスを入れると、自身はそのままペナルティエリア右のスペースへ侵入。ボールは喜田拓也、西村、アンデルソン・ロペスを経由して再びヤン・マテウスの元へ渡り、今度は右足で自身2点目を決めてみせた。ヤン・マテウスの一撃で逆転に成功した横浜FMは、後半にエウベルが追加点を挙げ、敵地での一戦を制している。
今季初スタメンとなった一戦でチームを勝利に導いたが、自身は「特別な何かがあったわけではありません」と明かす。「常に準備はしてきました。20分や30分といった少ない時間の中でも、チームのためにベストを尽くして戦おうと思ってここまでやってきました。今日はスタメンだったのですが、しっかりと準備をして、チームのために戦うという強い気持ちを持ってピッチに入りました」。“いつも通り”を貫いて2ゴールという結果を残し、「チャンスをいただき、それを物にできたことは嬉しく思っています」と笑顔を見せた。
元々、ヤン・マテウスのプレーには「ゴール前での落ち着き」から生まれるクオリティを感じることが多かった。実際に今季は得点関与率も高い。試合後に鳥栖の川井健太監督が「(失点シーンは)もちろん止めなければいけないですが、相手を褒めるべき場面でもあるかなと思います」と話せば、横浜FMのマスカット監督も「彼は独自のスタイルを持っているアタッカーです」と評価する。自身のクオリティを見せつける形で勝利に大きく貢献した。
加えて、マスカット監督は「もちろん、2ゴールという結果は素晴らしいですが」と前置きした上で「それ以外の面でもインパクトの強いプレーをやってくれました。チームメイトとの関係性も日に日に良くなってきています。彼が今日までやってきた取り組みを見て起用を決めており、彼自身が掴んだチャンスでした。素晴らしい印象を植え付けてくれましたし、皆様にもそれは伝わったのではないかと思います」と信頼を口にしている。
今後もプレー時間が増えていくことが期待されるが、自身の“適正”である右サイドに専念することは難しいかもしれない。チームには右サイドの“スペシャリスト”である水沼宏太が君臨しており、エウベルも左右のウイングを高水準でこなすことができる。“左利き”の左ウイングが欲しくなる展開も少なくないことから、きっとヤン・マテウスは今後も左サイドでのプレーを求められる。
だが、心配は無用だ。ヤン・マテウス自身は「左でもチームのために貢献しよう、ベストを尽くそうという考えに変わりはありません」と前を向いていた。前述の磐田戦、C大阪戦、横浜FC戦、神戸戦では左サイドからゴールを演出しており、そのプレーからは“迷い”が減ったようにも映る。鳥栖戦では果敢なプレスバックを見せた場面も多く、守備での貢献度も上がってきた。
昨季のJ1制覇に大きく貢献した水沼、エウベルの壁は高いが、ヤン・マテウスがゴール前で見せるクオリティに疑いの余地はない。鳥栖戦の活躍を糧に、もう1段階レベルアップしたヤン・マテウスが見られるはずだ。
取材・文=榊原拓海
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