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鹿児島、FW馬場賢治の現役引退を発表…湘南、水戸、大分らで活躍

2021.01.12

大分在籍時の馬場賢治 [写真]=J.LEAGUE

 鹿児島ユナイテッドFCは12日、2020シーズンまで同クラブに在籍していたFW馬場賢治が同シーズン限りで現役を引退することを発表した。

 馬場は1985年7月7日生まれの現在35歳。2008年にヴィッセル神戸でプロキャリアをスタートさせた。2011年に湘南ベルマーレへ期限付き移籍し、翌年に神戸へ復帰。2012年に湘南へ完全移籍した。加入初年度はJ2リーグで28に出場し9ゴールを挙げ、チームのJ1昇格に大きく貢献した。2014年には水戸ホーリーホックへ期限付き移籍。翌年に完全移籍へと移行し、主力として活躍した。その後はカマタマーレ讃岐大分トリニータFC岐阜でプレー。大分では2018シーズンの明治安田生命J2リーグで31試合に出場し12ゴールを挙げた。2020シーズンから鹿児島でプレーしている。同シーズンの明治安田生命J3リーグでは30試合6得点を記録していた。


 現役引退を決断した馬場は、鹿児島のクラブ公式HP上でコメントを発表。「2020年シーズンをもってプロサッカー選手を引退することにしました。プロサッカー選手としての最後のリリースコメント、すごく長くなってしまいましたが最後まで読んでいただけると嬉しいです」と前置きし、以下のように続けた。

「プロサッカー選手として13年間、7つのクラブ、11人の監督の元でプレーさせてもらいました。この13年間で出会えた選手、コーチングスタッフ、メディカルスタッフ、マネージャーやサポートしてくれたスタッフ、クラブの会社の方々、スポンサーの方々、本当に沢山の人たちに心から感謝しています。大したこともないのに調子乗ってた若者が、たくさん夢を抱いてワクワクしてプロになって、それから沢山失敗して、沢山悔しい思いをしながら、沢山の素晴らしい人たちと出会い学んで、少しずつだったけど自分なりにプロサッカー選手として大切にしなきゃいけないことがわかってきて、いつからか自分の中でこうありたいと想うプロのサッカー選手として歩めるようになってきて、そこからはもうなにも迷うことなく前を向いて突っ走ってきたけど、気づいた時にはこの世界に僕にとっての夢はなくなっていました」

「だからこれが僕のプロサッカー選手としての最後のタイミングなんだと思う。たぶんそのうちやめたこと後悔すると思います。あの時って思うことも今ですらあるし、僕のサッカー人生なんて後悔しないわけない。動けるうちはサッカー続けてれば良かったってたぶんそのうち思う。シーズン終わってオファーも頂いてサッカーを続けさせてもらえる場所はあった。まだまだやらせてもらえる場所があればやれる自信もある。でも1番肝心な心に全然火がつかない。プレーしたいって全く燃えてこない。ビックリするくらい全く。だからただ僕にとってのいつかくるそのタイミングがやってきただけ」

「去年の最終戦までの1週間は、昇格の可能性もなくなってしまったから契約満了のリリースをさせてもらって、最後の1週間今まで通りなに一つ変わらずしっかり取り組んで終わろうと決めてました。その1週間は誰よりも調子良かった自信があったし、誰よりも動けてる自信がありました。何でかそんな時にふと、ここがタイミングかなって思うようになり、この試合が最後かなと思い最終戦に望みました。試合も調子良くやれてたし、最後にゴールを取りたいと思ってて、そうはならなかったけどリードして前半も終えれた。だから後半あとちょっとだけでいいからピッチに立ちたかった。ほんとにちょっとだけでもいいから後半もピッチに立って、最後はピッチから歩いて出て全てを終わりにしたかった。今はそれだけが心残りです」

「試合が終わってそんな終わり方に悔しさと切なさで、やっぱりサッカー続けようかなとも一瞬思ったけど、冷静になるとやっぱりやめようって気持ちは変わらなかった。最後の1年はギリギリで鹿児島ユナイテッドFCに拾ってもらったこともあって、全てを捧げてサッカーに取り組もうと決意して望んだ1年でした。単身だったこともあって家族に会えない寂しさはめちゃくちゃあったけど、その分サッカーに全てを注いだし、やれることは誰よりもやってきた自信はある。結果が出なかったこと、思うようにいかなかったのはただただ自分の力不足。でも誰よりも想いを持って、誰よりも熱量持ってサッカーに取り組んできたから、もうこれでいいかなと思う。全くもって全然大した選手じゃなかったけど、もう自分にやれることは十分やりきりました」

「いつもいつもどんな時でも共に闘い、最高の後押しをしてきてくれたサポーターの皆さん。本当に皆さんの存在がなければ僕はここまで走ってこれなかったと思う。もうしんどくて走れないって時に、皆さんの声が力になって走り切れた時が何回もありました。どんなに大差で負けてても、どんなに負け続けても、全然期待に応えれない時も最後まで諦めず声を出し続けてくれる皆さんの声に、どれだけ諦めないで闘うパワーをもらったか。負けても負けても、前向きな言葉をかけてくれる皆さんのおかげで、どれだけ次に向かうための前を向く力をもらったか。皆さんのそんな想いをいつもいつも感じながら闘ってたから、勝った後にスタジアムを回る挨拶の時の皆さんの笑顔が大好きでした。そんな皆さんは僕にとって、いつからか一緒に闘う大切な仲間だと思うようになりました。皆さんのために闘うことが大きなモチベーションの一つでした。そして僕のサッカー選手として歩んでいく上では絶対になくてはならない存在でした。皆さんには言葉では足りないくらいたくさん感謝してます。これまで本当に本当に最高の応援、後押しありがとうございました。そんな皆さんのたくさんの愛情でこれからも闘い続ける選手たち、皆さんが想うクラブと共に闘ってあげてください。よろしくお願いします」

「最後に。大きな怪我もなくやってこれた丈夫な体に生んでくれて、ずっと見守ってきてくれた両親、誰よりも熱量持って応援してくれる1番のサポーターの兄、たまーに見にきてくれる弟、僕の1番の理解者の大切な大切なおじいちゃん。本当にありがとう。サッカーのことはまだよくわかってないかもしれないけど、どんな時も全てを笑顔に変えてくれる最高に可愛い娘。気づけば息子の人生の中には、父のプロサッカー選手という生活がいろいろな影響を与えてしまい、申し訳ない気持ちもたくさんあったけど、それを理解していつも本気で一緒に闘ってくれることが本当に嬉しかった。そんな心優しくて、笑いの絶えない息子。愛する息子と娘、本当にありがとう。そして、妻。何回新しい環境に変えてしまっただろう。何回引っ越ししただろう。その度に何一つ文句も言わず前向きな言葉しか発しない妻は本当にすごいとずっと思ってた。プロサッカー選手の妻として、息子と娘の母として、どんどんどんどん逞しく、頼りになっていく妻はいつからか誰よりも何よりも1番に尊敬できる存在になりました。本当に本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね」

「プロサッカー選手としての13年間は悔しい思いの方が多かったかもしれないけど、それでもいつもいつも最高に刺激的で、ワクワクさせてくれて心が燃えたぎるくらい熱い想いと熱量に溢れた最高の世界でした。本当に本当に最高に幸せな13年間でした。今までありがとうございました。これからも想いと熱量持って漢らしく生きていきます!」

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