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【対談】長谷川アーリアジャスール×森谷賢太郎「サッカー選手の自分たちができること」

2020.10.16

 サッカーやスポーツを通して、今の自分たちにできることは何なのかーー。

 新型コロナウイルス感染の拡大によって日常生活が制限されていた中で、名古屋グランパスに所属する長谷川アーリアジャスール愛媛FCに所属する森谷賢太郎は、横浜F・マリノス下部組織で一緒にプレーしたメンバー(田代真一武田英二郎、山岸純平氏、齋藤陽介氏)とともに『ROOTS.』というプロジェクトを発足した。これまでに小学生を対象としたオンライントークイベントや、Jリーグクラブのアカデミーへのマスク寄贈などを行っている。


 これまでの経験やスキル、思いを伝えることで、サッカーやスポーツを楽しむ子供たちにさらなる成長や楽しみのきっかけを持てる場を創出する。また、ファンやサポーター、サッカーに関わる人々が楽しめるようなコンテンツを発信していく。

 そんな活動を続けていく2人のJリーガーに、『ROOTS.』の活動を通じて感じたこと、そしてコロナ禍で感じたサッカー選⼿の価値について聞いてみた。

取材=武藤仁史
写真=名古屋グランパス愛媛FC

自己満足で終わってしまうのかもしれないけど
少しずつでもやり続けていくことに意味がある

[写真]=N.G.E.

——まずはプロ選手がSNSやブログを使って自身で発信していくことに対して、どのような考えを持っていましたか?

長谷川 僕はSNSのアカウントこそ持っていましたけど、そんなに発信が得意なタイプではなくて。投稿するのは試合後の結果くらい。自分のプライベートは試合の結果次第で投稿を躊躇することが多かったかな。世間の評判というより、チームが負けてるのに「そんなことしてる場合じゃないだろ」と思ってしまっていました。今年コロナの感染が拡大して、一人ひとりの発信する機会がすごく多くなったと思います。それによってサッカー以外の部分も僕らにとって重要な要素だと考えるようになりました。SNSは情報発信の一つの手段として捉えていますね。

森谷 僕は昔からSNSをやっていました。以前に所属していた川崎フロンターレがそういう部分にすごく注力しているクラブだったことも影響を受けています。自分でSNSを発信できる時は、常に発信し続けています。僕はSNSを始める時に自分の中でのルールを設定しました。それは「サッカーを主題にしない」ということ。アーリアが言ったように、サッカーのことに言及すると、どうしても試合の勝ち負けに更新が影響されてしまいます。それがネックになるのは嫌だったんです。

長谷川 実際ネックになるよね。

森谷 サッカー選手なので、当然サッカーの話題を求められている側面はあります。だけど、僕は“プロサッカー選手の森谷賢太郎”はもちろんですけど、“一人の人間としての森谷賢太郎”として発信していきたいと思っていました。だからこそ、常に更新できるような事柄を発信し続けています。フロンターレが発信に力を入れているクラブなので、スタッフと一緒に「こういう更新はおもしろいよね」、「これはファンの人が喜ぶよね」と考えながら、感度を高く保てたことは良かったです。今はサッカー界にもSNSを更新する人たちが増えて、その発信の仕方は増えてきた。みんなが自由に発信できる環境はすごくいいことだと感じています。僕自身も「試合に勝ちました。応援ありがとうございました」という投稿はしますけど、その結果はどこでも得られる情報ですよね。クラブやJリーグ公式の媒体、いろいろなメディアが「愛媛FCが勝利」、「得点者は誰」と発信してくれる。だからこそ、みんなが知りたいと思っているのは、僕しかできないものであり、アーリアしかできない発信。それはプライベートのことだったり、自分が何を好きなのか、みたいなものだと思っています。アーリアが僕らに対して家族のことやプライベートについて更新するべきかという相談をしてきたんです。僕がアーリアのファンだったら、そういうところを見たいと思う。僕は『ROOTS.』のみんなと小さい時から一緒だったので、表向きでない彼らの本当の良さを知っている。そういう部分をうまく発信していきたいなと考えていました。

——森谷選手が発起人となり『ROOTS.』というプロジェクトがスタートしました。横浜F・マリノスユースの同期6人のうち、2人は一般企業に務めています。このメンバーで始めた理由を教えてください。

森谷 僕たちの同期は11人くらいいるんですけど、自然と6人で連絡を取り合うようになっていて。コロナ禍になったから連絡を取ったというわけでなく、誰かが試合で活躍したら「おめでとう」と常日頃から会話する間柄でした。高校時代から仲のいい6人だったので、ずっと「何かをやりたいね」と話していたんですけど、正直うまく踏み込むタイミングがなかった。それがコロナ禍という状況になったので「何かやってみようよ」と自然になりました。それがこのプロジェクトを発足した経緯です。

——武田選手は「一人の社会人として経験を積みたいという意識があった」とコメントしていました。お2人は『ROOTS.』を始めるにあたって、どういう思いがありましたか?

長谷川 サッカー選手の人もいれば、普通に働いている人もいる。一人ひとりがいろいろな立場でいろいろなことを考えられるというグループというのは、大きな強みだと思います。だって、そんなグループなかなかないでしょ(笑)。僕らのやりたいことを少しずつでも形にしていけば、例えば『ROOTS.』の活動はすごくいいねと言ってくれる人たちが集まってくれるかもしれない。そういったつながりをどんどん大きくしていければ、おもしろいことできると思います。やっぱり自分たちがやっていて楽しいことじゃないと続かない。自己満足で終わってしまうのかもしれないけど、少しずつでもやり続けていくことに意味があるんじゃないかと思っています。普段の長谷川アーリアジャスールだったり、サッカー選手の長谷川アーリアジャスールもあるけど、『ROOTS.』を通してみんなでいろいろやっている長谷川アーリアジャスールもおもしろいと思う。『ROOTS.』によって自分のこれからの人生において重要な関係性が生まれるかもしれない。そういうワクワク感はすごくあります。

森谷 アーリアが言ったようにいろいろな経験をしている人たちが集まっているので、それだけで価値があると思います。発足した時はいろいろと話し合って、価値観のすり合わせを行ってきた。今までは「価値観が合うな」と思っていた仲間だったけど、こういう価値観を持っていたんだと新しい発見もありました。最初は僕たちの経験を伝えたいという気持ちが強かったんですけど、小学生のサッカーチームとトークセッションをしたりと、いろいろなイベントを企画したことによって、僕たち自身がすごくいい影響をもらっています。僕自身はサッカーにおいてもいい影響が出ている実感がありますね。

長谷川 これからは「じゃあ、どうやって『ROOTS.』を続けていこうか」というところもすごく大事。コロナ禍になって『ROOTS.』ができた、コロナが収束して『ROOTS.』も終わり。それではすごくもったいない。その時々のタイミングでいろいろなやり方があると思います。緊急事態宣言下ではオフラインで会うことができないから、オンラインでの取り組みができました。これからも臨機応変に話し合いながらやっていければいいですね。

——ここまで『ROOTS.』ではマスクの寄付や、少年少女とのオンライントークを実施しました。実施し終えて感じたことを教えてください。

長谷川 今の状況を考えた時、子供たちが外でサッカーをできなかった。それでも彼らのサッカーに対する情熱を途絶えさせたくなかったんです。だから、僕らが彼らにサッカーに対する姿勢や思いを伝えました。自分の気持ちを言語化することで、同時に自分たちの頭の中を整理できましたね。サッカーが再開された時にそういった姿勢を示すという、彼らに対する責任感も生まれました。子供の純粋さを受け止めて、自分たちも小さい頃はこういう気持ちでやっていたんだと気づく。それだけでサッカーができる時に「また頑張ろう」と思えました。

森谷 トークセッションに参加してくれた子供たちに「これからも応援します」と言ってもらえたのは、本当にうれしく、すごくありがたいなと改めて感じました。「応援してくれる人たちのために」という気持ちが、コロナ禍においてプレーする上でパワーになっています。

——現時点で今後『ROOTS.』でやってみたいことはありますか?

長谷川 現時点ではまだ言えないけど、いろいろ動き始めているものがあります。みんなでサッカー教室を開催できたらいいなと話しているけど、刻一刻と変わっていく状況を見ると難しさを感じますね。

森谷 最終的にはみんなで一緒にサッカーをしたいという気持ちはすごくあります。今のコロナの状況で難しいとは思いますけど、できる限りの可能性を模索してやりたい。今はどちらかというと、プロでやっている4人をメインとしてトークセッションやイベントを組んでいます。それ以外にも山岸と齋藤が社会人として活躍しているので、そういった強みを生かせるようなイベントを考えたいですね。

僕たち自身はちっぽけな存在だけど
誰かに影響を与えられる存在でもある

©EHIME FC


——コロナ禍を経て、改めてサッカー選手の価値についてどう感じましたか?

森谷 コロナ禍になって僕らは練習ができなくなった。Jリーグも中断した中で「サッカー選手とは」と自分で考えることがありました。まず、改めて僕らは“Jリーガーの森谷賢太郎”、“Jリーガーの長谷川アーリアジャスール”という見られ方をしてると分かりました。それと同時に、Jリーガーでなくなったら自分自身はなんなんだろうとも考えました。やっぱりすごく考えさせられる時期でしたね。その中でみんなで話し合ってやれることをやろうと進んでいったんです。練習が始まった時には、やっぱりサッカーでファンを喜ばせないといけないんだと感じました。それでも「結局はサッカーなんだ」と一直線に考えが至ったわけではなくて、自分の中で仮説を立てたり自問自答をしながら、やっぱりサッカー選手はサッカーを通してファン・サポーターを喜ばせることに価値があるという結論に行き着きました。今はスタジアムに来場できる方の人数に上限がありますけど、ファン・サポーターの方たちがなぜ見に来るかというと、そこで感情を爆発させたり、喜怒哀楽を出したりできる。非日常的なことを楽しめる場だと思っていて。僕はその一人のエンターテイナーというか、見てもらう演者として選手がいるという見方をしています。サッカー選手はそこでサッカーをして、いろいろな人たちを喜ばせたり、悲しませることは本望ではないですけど、そういうことができる仕事だと思いました。そこにサッカー選手の価値があるとコロナ禍において考えさせられました。

長谷川 僕もコロナ禍によって考え方に変化がありました。“サッカー選手の長谷川アーリアジャスール”がサッカーをやらなくなったらどうなるんだろうと。本当に考えさせられましたね。それがおそらく引退した後の自分なんだろうな、というのも現実的に感じましたし。

森谷 確かにね。引退後の生活というか、自分自身の価値というものがコロナ禍によってイメージできてしまった部分がありました。その経験を積んだのはめちゃくちゃ良かったと思います。

長谷川 本当に自分からサッカーを取り上げたら何ができるんだろうと考えて。引退してサッカーがなくなったら、こういう生活なんだろうなって。この中でどういう仕事を選んで、自分には何ができて、何ができなくてと考えました。それを引退した後に考えていては遅いと思う。だからこそ、今サッカー選手というブランドや発信力、影響力がある中で、ちょっとずつでもいいから行動に移していこうと。それが形になったのが『ROOTS.』であったり、これからの自分の活動だと思うし、Unlimというギフティングサービスでの活動だと思います。まだセカンドキャリアで何をしたいか決まっているわけではないけど、自分の中でちゃんとイメージしてやっていこうと。自分にやりたいことを紐づけて、人とつながって、社会に出た時にもすぐに行動できるように準備をしていこうと考えています。

——サッカー選手が社会貢献活動を行なっていく意義をどう感じていますか? また今後サッカー選手のそのような動きは増加していくと思いますか?

長谷川 若い時はそういう意義に気づかないと思う。自分自身の感覚でいうと「若い時は試合に出て勝てればいい」という考えでした。それが歳を取るにつれて「チームをどう勝たせるか」とか「チームの若い選手をのびのびプレーさせてあげたい」と思うようになり、自分よりもチームが一番になっていきました。それは自分の中でのいろいろな経験や葛藤があった中で成長した部分だと思っています。周りに与える影響も大きくなる。実際に自分たちが若い時の先輩を見て育ってきたわけだから。地域に対して素晴らしい取り組みをする選手たちはたくさんいましたよ。それはサッカー選手ではなく、一人の人間としてすごく魅力的な部分です。一つひとつの活動における影響力は微々たるものかもしれないけど、子供たちの小さな活力になっていたりする。今ではそれにやりがいを感じています。そういう輪を少しでも広げていきたい。サッカー界なんて狭いから、みんなで協力し合って、もっと大きな輪にしてきたいと思います。

森谷 アーリアがUnlimというギフティングサービスに参加していると聞いています。そう聞くと僕は「何をやっているんだろう」と興味を持ちます。社会貢献のような活動は最初の一歩を踏み出すことが難しい。僕たちの『ROOTS.』もそうでした。だけど、やってみるとすごく楽しくて、いいことばかりなんです。増えるかどうかという観点から言うと、例えば僕たちの『ROOTS.』というグループを使って、誰かが一緒になって何かをやってみようと一歩を踏み出したら、その人が自分自身で動き出すようになるかもしれません。きっかけさえあれば、社会貢献活動をしていくJリーガーはどんどん増えていくと思います。

——長谷川選手がUnlimに参加した理由を教えてください。

長谷川 名古屋に移籍してから、難病を抱えている子供と出会ったんです。彼とグランパスの練習場で会話をしてから、彼と彼の家族ととても仲良くなって、手紙で連絡を取るようになりました。そうするうちに、それまでグランパスをあまり応援してなかった男の子が、めちゃくちゃハマって応援してくれるようになったんです。彼はそれをきっかけに、自分が不得意だったパソコンのタイピング練習をすごく頑張るようになりました。僕もその話を聞いて、すごく勇気をもらいました。そういう関係性は超素敵だと思うんですよね。とはいえ、僕らが彼に具体的な行動を起こしているわけではない。彼を支える家族の愛を目の当たりにして、「この人たちに自分ができることはないかな」とすごく考えるようになりました。FC東京時代やサラゴサ時代にも病院に訪問する活動は行ってきました。今までこういう活動をしてきて、難病の子たちにやれることがないかと考えていた時に、仲のいい森重真人選手と太田宏介選手がUnlimで活動している話を聞きました。このサービスを活用して、僕が難病の子供たちに対して具体的な行動を起こしていきたいと思ったんです。例えば僕であれば難病の子に対して、太田選手であれば母子家庭の子供に対して。そういった活動に対して賛同してくれた方たちが支援できる。素晴らしい活動だと思いますね。

森谷 アーリアがUnlimに参加したのは知っていましたけど、そういう思いを持っていたことは知らなかったです。昔からすごく優しいやつなんですよね。そういう取り組みをしていることは素晴らしいことだと思います。選手やチームという影響力のある人たちが始めることによって、その輪がどんどん広がってほしいですね。

——サッカー選手として今後どのような活動に取り組んでいきたいですか?

長谷川 『ROOTS.』を通じて、人と人とのつながりがすごく大事だと改めて気づきました。サッカー選手として頑張ることは大前提にありますが、それ以外のところで謙虚な気持ちを忘れずに、人とつながりながら自分のやれることを全力でやっていきたい。そうすれば、またそれに対していろいろな動きが出てくるものです。それは自分自身の成長につながる。そう意識しながら、これからも生活していきたいと思います。

森谷 アーリアと被るところはありますが、「サッカーが好きでJリーガーになりたい」と思ってサッカー選手になりました。実際になってみると、僕たち自身はちっぽけな存在ですけど、いろいろな人に応援してもらったり、誰かのきっかけ作りができてると気づきました。誰かに影響を与えられる存在というのは、決して誰でもなれる存在ではないと思います。そういった中で応援してくれる人や自分自身がきっかけを与えられる人たちを大事にして、これからもプレーしていきたいと思います。それだけではなく、今後はサッカー以外の部分でもいろいろな人といい関係を築いていきたいと思います。


By 武藤仁史

元WEB『サッカーキング』副編集長

元サッカーキング編集部。現在は編集業を離れるも、サッカー業界で活動中。

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