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不屈のストライカー、鄭大世の清水愛…「すがりついてでもここでプレーしたかった」

鄭大世は新潟への期限付き移籍が決定。清水では公式戦127試合に出場して49得点を記録した [写真]=Jリーグ

 ピッチ上で特別何かが起こったわけではないのに、スタンドがドッと沸き立つ光景をIAIスタジアム日本平で何度も目にしてきた。何事かと思うと、ビブスを脱いだ鄭大世がピッチ脇で交代出場の準備をしているのである。万雷の拍手でピッチに送り出される姿は、ファン・サポーターが彼に寄せる愛情と期待の大きさを表していた。

 25日、鄭大世清水エスパルスからアルビレックス新潟への期限付き移籍が発表された。川崎フロンターレでプロキャリアをスタートし、ドイツ、韓国と渡り歩いてきたが、気がつけば清水が最も在籍年数の長いクラブになっていた。清水ではこれまで公式戦127試合に出場して49得点を記録。なかでも苦難を乗り越え、1年でのJ1復帰を遂げた2016シーズンは、エースとして奮闘した彼の活躍なくして語れない。

 しかし、彼が慕われる大きな要因は、愛すべきキャラクターにある。試合中は強靭な肉体で威圧感あふれる立ち振る舞いを見せながら、ピッチを離れれば「イジられたがり」で、人間的な弱さを一切、包み隠さない。「すごくピュアな人」(松原后/現シント・トロイデン)とは、チームメイトなら周知のとおりだ。J1昇格を決めた2016シーズンのJ2最終節も、2019シーズンにクラブワーストの開幕6戦未勝利を記録し、第7節の“静岡ダービー”でようやく初勝利を手にした時も、鄭大世は顔をクシャクシャにして涙を流していた。

 そんな彼だからこそ、周りには寄り添う仲間がいた。監督交代によって出場機会が激減した2018シーズン以降、「個人的には調子が良いのに……」と何度も悔しい思いを吐露してきた。当時、飯田貴敬(現京都サンガF.C.)が明かしてくれたエピソードがある。

「テセさんは自分でも言ってますけど、意外とメンタルが弱いんです(笑)。だから、スタメンで出られなくなって落ち込んでた時、『テセさんを励ます会』みたいなものをやりました。メンバーは俺、テセさん、(楠神)順平くん(現南葛SC)、(清水)航平くん(現サンフレッチェ広島)。みんなリーグ戦に出られてなかったから、『俺たちでルヴァンカップ優勝しようぜ!』って、決起集会みたいな感じになって。それからテセさん自身がすごく変わって、『今、サッカーができてることが幸せだ』って言いながら、練習前にキツいメニューを毎日、毎日こなしている姿を見てきました」(飯田)

 自身の経験を若手選手たちに惜しみなく還元してきた鄭大世だが、一方的に意見を押し付けて終わらないのが鄭大世流の伝え方だ。

「プレー中だと俺もアドレナリンが出てるから素直に聞けない時もあるんですけど、テセさんは険悪な雰囲気のまま終わりにしない。ちゃんと冷静になれた時に改めて『俺はこう思ったんだけど』って丁寧に話してくれるし、逆に『どう思った?』とこっちの意見も聞いてくれる。すごく聞き上手だからコミュニケーションが取りやすいし、あれだけ素晴らしいキャリアを持った人の前だと普通なら若手は縮こまってしまうけど、テセさんはそうさせないんです」(飯田)

 飯田に限らず、多くの若手選手が鄭大世からプロとしてサッカーに向き合う姿勢を学んだ。ヨーロッパへと羽ばたいた北川航也(現SKラピード・ウィーン)や松原には、「二度と帰って来るな」と彼なりの愛情表現で激励した。また、鄭大世と2トップを組むことで献身性に磨きをかけた金子翔太は、今では立派にキャプテンを務めるまでに成長した。

 印象的だった試合がある。2018年の明治安田生命J1リーグ第30節・サンフレッチェ広島戦。1点リードで迎えた47分に鄭大世が追加点を挙げると、本人以上にチームメイトの興奮が収まらず、松原や竹内涼フレイレ(現V・ファーレン長崎)らにもみくちゃにされる祝福の時間が長く続いた。試合後、鄭大世は感慨深げにその場面を振り返っていた。

「今まで苦しい思いをたくさんしたけど、チームメイトもファン・サポーターも、僕のことを認めてくれているんだなって。本当に幸せな思いをさせてもらいました。やっぱりサッカー選手はピッチに立って、FWはゴールを取ってこそだなと改めて思ったし、苦しい時間は続かない、いずれ絶対に報われるんだって思うことができました」

 利便性を考慮して静岡駅に近い場所に住む選手が多いなか、鄭大世は「清水区の落ち着いた雰囲気が好きだから」と言って、広い庭に人工芝を植えた一軒家で、妻、子ども、愛犬とともに至福の時間を過ごしてきた。今回の移籍で清水を離れることが決まった際には、チームメイトにこんな言葉を残したという。

「テセさんは、『このクラブが大好きで、すがりついてでもここでプレーしたかった。でも自分はそれができない。ここでプレーできるみんなは幸せだから、頑張ってほしい』って。やっぱり胸に来るものがあったし、このエンブレムをつけるからには、テセさんだけではないけれど、移籍した人たちの思いも背負ってやっていかなきゃいけないと思いました」(石毛秀樹

 彼にとって今回の決断は、並ならぬ覚悟が必要であったことは想像に難くない。一方で、今シーズンの『Yo-Yoテスト』でチーム内トップを記録したこともあるように、「自分はまだプレーできると思っている」というコメントも、確固たる自信に基づくものだろう。36歳、不屈の男はまだまだ胸に熱い炎を燃えたぎらせている。チャンスをもらった新天地・新潟で、全身全霊を捧げる姿を見せてくれるはずだ。

文=平柳麻衣

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