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ドイツ本社を動かした“日本の熱意”…Jリーグ新公式球『TSUBASA(ツバサ)』開発秘話

2020.02.21

モルテン社でアディダスボールとボール関連商品の商品企画業務に携わる小寺利治さん [写真]=杉森健一

 サッカーの試合において、どんなスター選手よりも注目を集めるもの。“それ”の動き次第で、運命が大きく左右される存在。それが、サッカーボールだ。あなたは、自分が見ている試合で使われているボールに、どんな想いが込められて誕生したかをご存知だろうか。

 いよいよ開幕する2020年の明治安田生命Jリーグ。そしてもちろん、ヨーロッパや南米、アフリカなど世界の各大陸でも激しい熱戦が繰り広げられている。その中で、今年新たに誕生し、Jリーグの新シーズン、そしてFIFA主催大会の公式試合球としてFIFA U20女子ワールドカップなどの主要国際大会でも使用されるのが、アディダスの最新ボール『TSUBASA(ツバサ)』だ。日本語の名前を持ち、日本文化に大きくインスパイアされた同ボール。世界中で使われるボールのテーマに日本が選ばれた背景にはどんな経緯があったのだろうか?

2020年FIFA主要大会公式試合球『TSUBASA(ツバサ)』 [写真]=杉森健一

 日に日に戦術や選手レベルが向上する世界のサッカー界。サッカーボールもまた、デザインや機能が毎年アップデートされる。アディダス社(本社:ドイツ CEO:カスパー・ローステッド)とのライセンス契約に基づき、日本国内でアディダスボール、ボール関連商品を製造、販売しているのが、日本のスポーツ用品メーカーである株式会社モルテンだ。今回、サッカーキングでは、同社で『TSUBASA(ツバサ)』の開発に携わったモルテン社スポーツ事業本部所属の小寺利治さんに話を聞くことができた。『TSUBASA(ツバサ)』について話題を持ちかけると、小寺さんは愛おしそうにボールを見つめながら話し始めた――。

インタビュー・文=生駒 奨
写真=杉森健一

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――まず、ボールのコンセプトについて教えてください。『TSUBASA(ツバサ)』という名称はもちろん、デザインも八咫烏(やたがらす)にインスピレーションを受けるなど、日本文化が大きく影響していますね。FIFA主要大会でも使用されるボールのコンセプトに日本が選ばれた経緯は?

『TSUBASA(ツバサ)』を手に熱い想いを語る小寺さん [写真]=杉森健一

小寺 以前より、日本からドイツのアディダス本社へ「こういうボールがあったらいいよね」というアイディア出しを行っていました。その中で、日本文化にインスピレーションを受けたボールのアイディアを提案したんです。アディダス製品はドイツ本社が全世界に向けたマーケティング戦略や商品コンセプトを決め、各国のパートナーに伝えられる、という手順を踏みます。しかし、今年2020年はここ日本が世界のスポーツの中心となる年。アディダス本社と協議の上、日本からのアイディアが正式に採用されました。

――なるほど。その上で、日本のどんなところを伝えていきたいと考えられたのでしょうか。

小寺 日本の文化などの内面部分もしっかり伝わるようなボールにしたいという思いは強く持っていました。『TSUBASA(ツバサ)』というネーミングには、“大空に羽ばたく自由”という意味を込めており、日本、そして世界のフットボールプレイヤーが活躍し、大きく羽ばたいてほしいというメッセージも込められています。

――確かに、デザインにもネーミングにも、大きく羽ばたいていくような力強さが感じられますね。

小寺 はい。過去のアディダスFIFA主要大会試合球も、その開催国の言語でメッセージを発信しているものが多くあります。今回の『TSUBASA(ツバサ)』も、私たちのメッセージが日本選手だけでなく世界中の選手たちに広まっていくことを願っています。

サッカー日本代表オフィシャルライセンスグッズモデル(左下)、2020 Jリーグ YBCルヴァンカップモデル(右上)など、様々なデザインがラインアップされた『TSUBASA(ツバサ)』 [写真]=杉森健一

――次に、機能性について質問させてください。最新技術を搭載したボールは扱いやすい反面、プレイヤーが予期しないブレや変化が大きいという声も聞きます。それに対して、どんな対策を取られていますか?

小寺 アディダスのボールにおける技術的進化の最も大きな目的は「精度の高いキック」を実現することです。それは思いどおりのボールの軌道であったり、狙った的をとらえるキックです。各種テストによる科学的なデータを取得し、さらにプレイヤーに実際蹴ってもらうフィールドテストを重ね、それらを総合的に踏まえてより良いものを作り上げていく、というプロセスで開発しています。その中で、今回の『TSUBASA(ツバサ)』は、2018 FIFAワールドカップ試合球『TELSTAR 18(テルスター18)』と同様にすべて同じ形状の6枚のパネルを組み合わせて構成しています。このことで、ボール比重の均質性が高まり、ボールバランスと飛行安定性の向上を実現させました。

――ボールに直接触れるギア、という意味では、スパイクとの相性は非常に重要だと思います。スパイクも次々と新しいモデルがリリースされますが、その点はどのような意識で開発されていますか?

小寺 もちろん、スパイクとの相性もボール開発現場で考慮していることのひとつです。開発テストの際には、“ロボレッグ”と呼ばれる機械でのキックテストを行いますが、複数のスパイクを履かせてテストを行い、不具合がないことを確認しています。また、選手によるフィールドテストでも異なるタイプのスパイクでテストを行っています。

――ボールを構成するパネルが6枚であることはどういう意味を持つのでしょうか?

小寺 一般的に、パネル枚数が少なくなると、1枚のパネルの面積が大きくなるので、キックの際の“スイートスポット”が拡大し、キック精度の向上につながります。ただ、キック精度はパネル枚数やその大小だけでなく、他の要素も大きく影響します。そのため、パネルの枚数だけではボールの優劣の比較はできません。

――「キック精度に影響するパネル枚数以外の要素」にはどんなものがあるのでしょうか?

小寺 例えば、パネル間の溝の長さと深さなどが挙げられます。大学と共同で飛行特性、安定性の研究を行い、パネル形状や溝の深さを決めています。『TSUBASA(ツバサ)』の特徴的なパネル形状は、溝の長さを考えて作られたもので、アディダスの理念である「精度の高いキック」を実現するひとつの要素になっています。

ボールの構造を語る小寺さんの口調は、次第に熱を帯びていった [写真]=杉森健一

――当たり前に存在するように思っていたボールの溝に、そんな役割があったんですね…。では、次にパネル同士の接着技術について伺います。アディダス公式試合球モデルには『サーマルボンディング製法』という技術が使われているそうですが、どういった技術なのでしょうか?

小寺 パネル同士を熱接合技術によって縫い目なしでつなぎ合わせる技術です。従来からの手縫いボールは、職人さんの手によって一つひとつ仕上げられていました。しかし、手縫いのボールは、縫い目部分がそれ以外の部分と比べてどうしても固くなります。当然、蹴ったときの感触も変わります。それに、雨天時の試合や水が撒かれたピッチでは、縫い目から水を吸ってしまいます。そうなるとボールは重くなってしまいます。一方、『サーマルボンディング製法』のボールはどこを蹴っても均一な硬さなので、より精度の高いキックが可能です。また、縫い目がないので水分をほとんど吸わず、より同じコンディションでのプレーができるんです。

――すごいですね……! 水分に強い、という点では、一般的なボールと『TSUBASA(ツバサ)』では具体的にどの程度違うのでしょうか。

小寺 そうですね。FIFAが定める基準では、水槽の中のボールを圧縮したあと、ボールに含まれる水分が10パーセント以下だと、主要国際大会で使用できる『FIFAクオリティプロ』に認定されます。つまり、『FIFAクオリティプロ』に認定されたボールでも10パーセント前後は水を吸うことが許容されていますが、『TSUBASA(ツバサ)』公式試合球モデルは表面に付着するほかはボール内部にはほとんど染み込まないのです。

――その耐水性は、『サーマルボンディング』の技術のみによって実現しているのですか?

小寺 いえ、その他にも要素があります。例えば、ボール表面にある凸シボ(細かい突起)があり、これも水分をはじく役割があります。さらに、滑りを防止する機能もあります。この機能はキッカーだけじゃなく、ゴールキーパーにもうれしい特長のはずです。

公式試合球(左)とレプリカ(右)の比較。公式試合球はパネル同士が隙間なく密着していることが分かる [写真]=杉森健一

――まさに技術の粋を集めた最高品質のボール、ということなのですね。小寺さんご自身も、さぞこの『TSUBASA(ツバサ)』に強い思い入れがおありだと思います。

小寺 そうですね……。私自身、2020年という日本のスポーツ界にとってこの上なく重要な年に、日本からの想いやメッセージが詰まったボールを発信することができて本当に誇らしく思っています。こんなタイミングはもう2度とないかもしれない。これからも精いっぱい、このボールに込められたものを世界中に届けるための仕事をしていきたいと思っています。

――最後に、このボールを使ってプレーする選手たち、子供たちに向けたメッセージをお願いします。

小寺 『TSUBASA(ツバサ)』の名前にもあるように、このボールで思い通り、自由にプレーしてほしいです。このボールでプレーした皆様が、アマチュアならプロへ、プロならトッププロへ、というように、次のステージに羽ばたいていってくれることを期待しています。

小寺さんの視線の先には、『TSUBASA(ツバサ)』とともに羽ばたいていくたくさんの選手たちの姿が見えているようだった [写真]=杉森健一

 小寺さんをはじめとした日本からのインプットによって、選手たちのイマジネーションを最大限活かすボールとして誕生したアディダス『TSUBASA(ツバサ)』。2020年、どれほどのゴールが、記憶に残るプレーが、『TSUBASA(ツバサ)』を通じて生まれるのだろうか。そして、どれほどの選手が、『TSUBASA(ツバサ)』でのプレーで注目を浴び、次のステージへと“羽ばたいて”いくのだろうか。まもなく訪れを告げるJリーグ、日本サッカーの今シーズン。懸命に走り、輝く選手たちが追う先にあるこのボールに込められた想いを感じながら、1年間の戦いを見守ってほしい。

 

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