NOVAホールディングスの稲吉正樹社長 [写真]=兼子愼一郎
2019年、いわてグルージャ盛岡はグルージャ盛岡からチーム名を変更し、クラブエンブレムも変更。新たな船出となるはずだったが、最終的には17位と勝ち点9差の最下位に終わる難しいシーズンを送った。
その岩手は2019年10月にもクラブの将来を左右する大きな動きがあった。「駅前留学NOVA」などの英会話スクール、また学習塾の経営などで知られるNOVAホールディングス株式会社が、岩手の運営会社である株式会社いわてアスリートクラブの株式を取得し、経営権を獲得したからだ。
成功した経営者が新たな事業として、Jリーグクラブの経営権を取得するニュースが続いているが、NOVAは岩手を今後、どのような改革し、成長させていくのか。稲吉正樹代表取締役社長に話を聞いた。
インタビュー=小松春生
―――最初に稲吉社長のスポーツ経験からうかがえればと。
稲吉 運動はすごく得意で、将来は体育の先生になりたいと思っていたくらいです。いろいろな競技をやる中で、特に一生懸命やったのは卓球で、社会人までやっていました。今のようにプロ化を目指す状況ではなかったので、趣味程度にやれれば、という感じでした。
―――経営者になられてからは、スポーツへの参入は考えていたんでしょうか?
稲吉 僕は愛知県出身ですが、当時からサッカーも野球も地元チームを応援していました。スポーツのチームを経営させていただけるなんて、男冥利じゃないですけど、すごく喜ばしいことだなと、機会があればチャレンジしたいと漠然とは思っていました。
―――そんな中、NOVAは2017年に経営危機に陥ったV・ファーレン長崎へ出資表明を行いました。これが初めてのスポーツとの関わりでしたか?
稲吉 そうですね。
―――経緯をお聞かせください。
稲吉 「こういった状況なので、支援していただけないか」というお話を、たまたまいただいたんです。私たちでお手伝いできる範囲であったので、「何かあれば」と。その間に、長崎の筆頭株主であったジャパネットさんからもお話があったようでした。結果、ジャパネットさんが経営権を得たことは、地元の企業でもありましたし、クラブにとっても良かったことだと思います。もし、私たちが手を挙げたことが呼び水になったのであれば、役割を果たせたなと。私たちは、是が非でも経営に関わっていきたいとか、自分たちだけ、という気持ちではなかったので、良い形で着地したと思います。
―――2017年夏にはドルトムントと契約し、サッカースクールのライセンスパートナーとなりました。
稲吉 こちらもクラブからお話をいただきました。私たちは学習塾で創業し、子どもたちが参加する英会話スクールも行っていました。習い事は塾や英会話以外にもスイミングやサッカースクールなどがあります。そこで、英会話スクールに通っていて、サッカースクールにも通いたい生徒をつなげようと考え、決まりました。ドルトムントからはクラブの存在を日本で広めてほしい、ということが第一のオーダーですね。
―――NOVAはその後、2018年末にバスケットボールのB2リーグに在籍する広島ドラゴンフライズの経営権を取得しました。
稲吉 長崎の件があったこともあり、声をかけていただいたと思っています。私たちもしっかりやれそうだ、ということで前向きに進めました。
―――会社としては愛知や東京が主な拠点ですが、広島のチームを選択したことになります。
稲吉 よく言われますね(笑)。ただ、選択肢がたくさんある中から広島を選んだのではなく、ご縁があってお話をいただいて、検討したという立場です。ただ、当初は広島だからやる、とは考えていませんでしたが、取り組みを始めてから、いろいろな良さがわかったんです。Bリーグのチームは首都圏や関西圏だと複数あるので、メディアの取り上げ方もバラつきがあるんです。その点、広島は県内に一つしかなく、応援するチームが明確で、都市の規模も大きく、幸運だったと言えるかもしれません。
―――広島にはサッカーではサンフレッチェ広島、野球は広島東洋カープがあります。
稲吉 スポーツに対する盛り上がりは僕の想像以上でした。もちろんカープやサンフレッチェとは全く違う世界かと予想していたんですが、そんなに遠い存在ではないと感じました。将来もっと近づけると思いますし、県外の方が考えられるより、熱いものがあると感じるようになりました。
―――B2リーグ所属という点で躊躇はありませんでしたか?
稲吉 むしろB1リーグ在籍の方が、初期コストもかかるので二の足を踏みますね。B2だったからこそ負担も大きくなくできる部分があります。それは今回の岩手の件も全く同じです。
―――岩手の経営権を取得した経緯は広島と同じ考えや流れですか?
稲吉 そうですね。
―――バスケットボールから期間を空けずにサッカーの経営権を取得されたので、スポーツ部門でチャレンジをする意欲を感じます。
稲吉 そうですね。しかし、Jリーグのチームを経営したいから探していたわけではありません。お話をいただき、私たちもしっかり向き合える状況だったので、取り組むことになった。それがこのタイミングだったんです。
―――岩手はカテゴリーがJ3です。広島での経験を踏まえ、地理的なポテンシャルを加味しましたか?
稲吉 そこはかなり気にしました。ポテンシャルで言えば、チームの強化とともに盛り上がっていければ、J1でしっかり定着できるチームができるという期待感があります。経営的には、もちろん楽なわけではありませんし、当社も全国規模の大会社から見れば、決して多くの予算があるわけではありません。ただ、私たちがしっかりサポートできれば、経営面でも問題なくサポートできると考えています。
―――経営権取得前、岩手の試合を観戦しての感想はいかがでしたでしょうか。
稲吉 実は経営権のお話がある前まで、あまりJリーグを観戦する機会がなかったんです。でも、久しぶりに行くと、たくさんのボランティアの方に協力していただいていると実感しました。特に、中高生が清掃や切符切りを一生懸命している姿に感動して、自分にも何かできることがあるのでは、と強く思いました。それが経営権取得の大きなきっかけの一つです。
―――一方、サッカーは勝負の世界です。今季の岩手は連敗が続くなど、苦しいシーズンでした。結果が出る、出ないでうまくいく、いかないが変わる怖さもあります。
稲吉 できることをやるだけです。勝負ですから良い時、悪い時があり、波もありますので、一喜一憂しても、むしろ間違った判断をしかねないです。まず、できることを淡々とやり、J1を目指すことしかできません。結果に一喜一憂する気持ちは全くありません。
―――現状、チームに対して取り組みたいことはありますか?
稲吉 基本的に、クラブの社長や経営陣、GMなどスタッフに任せたいと思います。ただ、まずは良い選手、良い監督、良いコーチ、良いスタッフを揃えることに全力投球して、スカウティングしていきたいですね。そこに私ができることは、しっかりと予算をつけていくこと。スポンサーの営業的な協力もNOVAの立場として一生懸命やりたいです。
―――いじわるな質問ですが、オーナーでも経営に専念して現場は任せるタイプ、現場に口を出したいタイプがいると思います。ご自身はどちらのタイプだと思いますか?
稲吉 自分で決めなければ気持ちが収まらないタイプではあります。自分の思いや言いたいこと、やりたいことはしっかり伝えていきたい。ただ、「完全に任せられる」と感じたら、徹底的に任せてしまいます。なので、時と場合によりますね(笑)。
―――地域とのコミュニケーションや取り組みについてはいかがでしょう。
稲吉 地元の方からすれば、県外の企業が携わることに、少なからず違和感があると思います。それは私たちがどんなに綺麗なことを言っても、当初はある程度仕方ない部分だと思っています。私たちは、まず良いチームを作り、J2、J1という展望が見え、それが実現できるよう、まずはしっかりと結果を作ることからだと思っています。そして、岩手の方に「あのときNOVAが入ってきて良かったね」と、今後思っていただければいいかな、と思っています。少しずつ理解していただけるように頑張っていこうという気持ちです。
先日も株主総会後に、ファンミーティングに参加させていただき、率直にいろいろなご意見をうかがい、とても有意義な時間を過ごせました。まずは地元に愛されるようなチームにならなければプロチームとしての存在意義がないので、精一杯のことをしていきます。
―――来季に向けての目標はまず、大きく羽ばたくための自力をつけることですか?
稲吉 そうですね。ただ、地道なことも僕はあまり考えていなくて(笑)。できる限りのことはすぐにスタートしたい。勝利を重ねることで地元の方に期待を持っていただき、たくさんのスポンサーの方に支援していただき、チケットを多くの方に買っていただいて会場に足を運んでいただく。そういうプラスのスパイラルを作るのに、最初の起点となるのが編成だと思います。魅力的なチームを作ることが最初の一歩だと思いますし、一生懸命取り組んでいる点です。
―――岩手には現在、スタジアム問題があります。2022年までに照明設備を整えないと、J3ライセンスを失効してしまう。これは近々の課題ですし、J2、J1を目指すには、スタジアムの改修や拡大、場合によって新設や移転も視野に入れなければいけません。
稲吉 まず、照明設備の問題ですが、スタジアム署名を提出させて頂いた盛岡市、岩手県にご協力頂くべく、資金繰りの詰めを行っています。J3ライセンスの維持、J2ライセンス緩和措置の充足は可能と考えています。ただ、J2定着、J1昇格となれば、現在岩手はJ3で最下位のチーム。「J2に定着するにはここをクリアしないといけない」「J1だとこうなんです」と訴えても、「まずは成績を」となります。勝利を重ね、雰囲気を盛り上げていくことでより多くの方々にご協力いただける機運を作ることが大切です。まずは結果を出して、ご相談させていただく。一方で、僕の立場として言えるのは、「J2に上がれる成績なのに、レギュレーションをクリアできないから昇格できない」ことは、絶対に容認できません。仮に個人なのか会社が負担することになっても、なんとしてもクリアしたいという気概で取り組んでいます。
―――今季は藤枝MYFCがJ3で2位争いを最後までしていましたが、J2ライセンスが無いので、昇格は初めからできなかった(最終結果は3位)。最近ではFC町田ゼルビアがJ1ライセンスを持たなかったためにJ1参入プレーオフに参加できなかったケースもあります。成績を出すこととハードを整える、この両方に同時に取り組むことは大変なことです。
稲吉 それは可能だと考えています。もともとJ1のレギュレーションをクリアできないようなイメージだったら、私は今回取り組んでいません。
―――経営権ということでは近年、メルカリの小泉文明さんが鹿島アントラーズ、サイバーエージェントの藤田晋さんが町田、少し前では楽天の三木谷浩史さんがヴィッセル神戸、前述の長崎もジャパネットの高田明さんというように、経営者として成功された方がスポーツ部門に参入することが増えました。会社として社会貢献のためなのか、ビジネスチャンスととらえているのか。お考えはいかがでしょう。
稲吉 両方だと思います。地域やクラブに貢献していきたい気持ちはりますし、ビジネスに全く繋がらないのかというと、そうではない。会社として会計上で貢献することに期待をしているわけではありませんが、ビジネスで貢献できるところはあると思っていて。グループの連結内にプロスポーツチームがあることは、グループとしての価値を高めることにつながります。それがリクルートに繋がったり、グループとしてのビジネス上の安心感に繋がったり。そういった大きな価値、メリットがあるので、おそらく皆さんも同じことを考えられていると思っています。
―――社内で反響はありましたか?
稲吉 みんなすごく喜んでいます。前述の価値の部分も感じていると思いますし、単純に応援できるチームができて、喜んでくれています。
―――稲吉社長は経営者として譲れないものがありますか?
稲吉 経営者と言いますか、生き方として人を悲しませたり、がっかりさせるような嫌な思いまでしてお金儲けはしたくないですね。
―――NOVAは一度経営破綻をし、稲吉社長が経営権を取得して、復活させました。長崎や岩手も同じような経緯です。これは偶然でしょうか?
稲吉 僕は今まで約80社のM&A案件をやってきましたが、すべてに共通して言えるのは、何でもいいからやってきたわけではなく、会社に価値がちゃんとあって、それをたまたま生かし切れなかった会社に対して取り組んできたことなんです。NOVAも、もともと良いコンテンツとビジネスモデルがあるから全国に教室を展開できていましたが、経営的な考え方ややり方が良くなかった。そういった悪い面を取り除けばすごく良い会社になると思ったので、取り組むことに決めたんです。スポーツでも、JリーグやBリーグのライセンスを持つチームというのは、本当に価値のあることです。単に岩手にあるNOVAのサッカー部であれば、誰も応援してくれない。でも、Jリーグのチームとして、地域を挙げて応援されることは、すごく価値がある。その価値をもっと生かしていきたい。現状のままではもったいない、そんな感覚で取り組むようにしています。
―――改めて今後、いわてグルージャ盛岡をどういったクラブにしていきたいですか?
稲吉 NOVAが入ってきて良かったと思っていただけるように、考えることは全部やりたいと思っています。しっかりスポンサーとして、良い選手に来てもらい、運営面でもできるだけのサポートをします。その全ての取り組みをした上で、結果を導き出していきたいと思っています。来季必ずJ2に、ということは時の運なのでわかりませんが、必ず近いうちにJ2へ昇格し、そして必ずJ1に上がれるチームにしていけるよう、私たちの立場として役割を果たしていきたいと思いますので、応援を宜しくお願い致します。
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By 小松春生
Web『サッカーキング』編集長