2019.10.16

【サッカーに生きる人たち】生粋の“オタク”気質。「サ」の字を見ただけで「サッカー」だと反応してしまう|西部謙司(サッカーライター)

スポーツメディアの編集者・ライターを志す方を応援します。

写真=ゲッティ イメージズ

 Jリーグ開幕から26年。インターネットの普及も重なり、サッカーは様々な形で伝えられるようになった。言葉を操る記者・ライターのスタイルも多種多様だ。フリーランスのサッカーライターとして活動する西部謙司さんは、ライターの仕事を「蕎麦屋」に例える。

「ライターの仕事って蕎麦屋と一緒なんですよ。蕎麦屋が『天ぷら蕎麦』と注文を受けたら『天ぷら蕎麦』を出すように、『こういう原稿が欲しい』と言われたら、『はい』と出す。次も『天ぷら蕎麦』と頼まれたら、内心は『またか』と思いながらも、『天ぷら蕎麦』を作る。『天ぷら蕎麦』と言われたのに『カレーうどん』を出したりしたら、怒られてしまいますから(笑)」

依頼された仕事は断らない

 自分が「書きたい原稿」と「依頼を受ける原稿」が必ずしも一致するとは限らない。それでも、依頼どおりの原稿を執筆し続ければ、確かな信用を得ることができる。

「今、私は『戦術ライター』といった呼ばれ方をしていますが、自分自身は全くその自覚はありません。別に、戦術の専門家ではない。ただ、戦術に関する原稿を依頼されることが多くて、それを断らずに引き受け続けただけ。一度信用を得られると、同じような依頼が増えていくんです。まぁ、戦術は好きですけどね」

「依頼された仕事は断らない」。それが西部さんのポリシーだ。時として不意をつく注文が入ることがある。「たまにあるんですよ。『カレー』と注文を受けても、『蕎麦屋のカレーしか出せませんけど?』って(笑)」。それでも断らずに引き受ける。そうした結果、「戦術ライター」として名を馳せ、国内外のサッカーを広く見聞する一方で、旅行記などのコラムを執筆したり、ジェフユナイテッド千葉の番記者を務めるなど、幅広いジャンルで活躍するライターとなった。

 西部さんは大学を卒業後、就職した商事会社を3年で退職し、サッカー専門誌『ストライカー』の編集記者になった。だが、ライターとしての基盤が出来上がったのは、中学時代に遡る。

「自分にとって“財産”として残っているのは、中学時代のサッカーとの向き合い方。サッカー部の友達のお父さんがサッカー好きで、彼の家には『サッカーマガジン』が創刊号からすべてそろっていたんです。だから、彼の家に遊びに行くたびに読みふけっていましたね。古い号を見ていたら、『あれ、釜本(邦茂)、若いな!』なんて、昔の情報がめずらしくて、おもしろくて。それを何回か繰り返していくうちに、いつの間にか全部読み終えて、サッカーの根本的な知識を中学1、2年生のうちに抑えられたのは大きかった。それが『バイブル』みたいなものになりました」

 それを彼自身は「努力したのではない」と言う。「ただ、楽しかったから。友達とボールを蹴るのも楽しかったし、試合のテレビ中継があればチェックして……意識しなくても、『サ』の字を見ただけで『サッカー』だと反応してしまうぐらい……“オタク”っぽいところがあったんでしょうね(笑)」

イメージと現実に差はなかった

 当時すでに“サッカーオタク”気質を発揮していた西部さんが最初に魅了された選手は、ドイツの皇帝と呼ばれたフランツ・ベッケンバウアーだ。世界的な人気選手ではあったが、西部さんの場合は着眼点が少し変わっていた。

「偶然、テレビでバイエルン対日本代表の試合が放送されていて、何となく見ていたんです。その時、ベッケンバウアーがあまり一生懸命プレーしているように見えなかったんですよ。日本の選手たちはみんな泥んこになってプレーしているのに、彼は背筋をキュッと伸ばして、ほぼ突っ立っている感じ。それなのにボールを持ったら全然取られないし、アウトサイドでちょんっと蹴ったボールが30メートルくらい飛ぶ。テレビや雑誌でスター選手として扱われている選手が、こんなにやる気がなさそうに、と言ったら失礼ですが(笑)、超然としている感じにすごく興味を持ちました」

 仕事としてサッカーと向き合うようになると、1995年から1998年の間、パリに在住し、ヨーロッパサッカーを中心に取材活動を行った。それまで日本で貪るように海外サッカーの映像を観ていた西部さんが初めてサッカー先進国の試合を現地で観た時、何を感じたのか―。

 意外にも、テレビ観戦との違いは「なかった」のだと言う。

「今まで映像で見てイメージしていたものと、実際に現地で見るものにどのくらい違いがあるんだろう?と思って行ったんですけど、それほど違いは感じなかったんです。ただ、それで『がっかりした』というわけはなく、逆に自信を持ちました。それなら中高生時代に読み漁ったサッカー専門誌で得た知識も、実際とそれほど差がないのだろう、と。書物だけから得た知識と現実に差がないということは、僕より10年、20年キャリアが上の人と同じイメージを持って仕事ができるということですから。それで自信を得たことで、昔のことを書く時もある程度踏み切れるようになりましたし、やっぱり中高生時代の経験が生きたと思います」

表現の形にとらわれない

 昨今、サッカー界を取り巻く環境の移り変わりは早く、メディアもその例外ではない。新聞、雑誌などの紙媒体からWeb媒体への移行が急速に進み、動画コンテンツも増加傾向にある。30年以上にわたって編集記者、ライターとしてサッカーメディア界に身を置いてきた西部さんは、今後の展望を緩やかな口調で語った。

「これからは“映像”の時代。このままずっと今の形で仕事ができたらいいでしょうけど、そうもいかないと思うんですよ。紙媒体が減っていることは間違いないですし、今はWebで文章を書いていますけど、これからは『文章を読む人』自体が減ってくると思う。自分もいずれは何かを変えなければいけなくなるんじゃないかな……と漠然と考えています」

 サッカーを「書いて伝える」ことを仕事にする人にとっては厳しい波が、すぐ目の前まで迫ってきている。だが、西部さんに表情に焦りの色はない。

「人それぞれ得意不得意はあるけど、まずは何事もやってみなきゃ分からないですよね。今は、動画コンテンツなんてやり方がよく分かっていないけれど、やってみたら意外と自分の幅が広がったりするかもしれない。僕は、今後『こういう仕事をしたい!』という確固たるイメージは持っていないんですよ。依頼された仕事は断らない。そういうスタイルで仕事をしてきて、ラッキーなことに、それがすごく楽しいですから」

 時代の流れにあらがわず、自身の特徴を理解しながら、柔軟に需要に応えていく。さながら、人気の定番メニューは残しながら、臨機応変に新たなメニューも提供する老舗の蕎麦屋のように。表現の形は変わっても、根本にあるサッカーへの深い愛情に変わりはない。だから西部さんは、これからの時代も「楽しむ」姿勢でサッカーとともに生きていく。

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