2018.11.13

「たくさんのものを残してくれた」SC相模原・望月重良会長が語った川口能活とSC相模原の3年間

望月重良
元日本代表の望月重良氏。現在はSC相模原の代表を務める [写真]=︎SC相模原
1982年7月6日生まれ。北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経て、フリーライターとしての活動を始める。2005年から2009年までサッカー専門誌・ストライカーDXの編集者として働く。現在はサッカー、フットサルを中心にフリーランスとして活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」、「サッカーはミスが9割」など。

4度のワールドカップに出場した「日本の守護神」がユニフォームを脱ぐ。
11月4日、元日本代表・川口能活が今シーズン限りで現役を引退することを発表した。
川口が現役生活の最後を過ごしたのはJ3のSC相模原。
3年前、40歳になった川口が移籍を発表した時、多くの人が驚いたはずだ。
川口が創設11年目のクラブにもたらしたものとは――。
清水市商業の先輩でもあり、SC相模原の代表でもある望月重良氏が語った。

インタビュー・文=北健一郎

引退の連絡をもらったのは1週間前

──望月さんが、川口選手から引退の意思を聞かされたのはいつだったんでしょうか?
プレスリリースを出す1週間前ぐらいに、能活から「時間を作ってほしい」と電話をもらいました。その時点で、ある程度予想というか、もしかしたらとは感じていました。それで2人で会った時に彼の口から「引退します」と伝えられて。

──望月さんと川口選手は同じ静岡出身で、清水市商業高校の先輩・後輩の関係でもあります。
そうですね。静岡県は中学生と高校生が合同で選抜の合宿をするので、そこで能活に「清商に来い」と誘ったところが始まりでした。僕がSC相模原を作ってからは「来てよ」というのは言っていました。それで2015年の冬に、能活がFC岐阜との契約が満了したというのが出て、真っ先に連絡をしました。

──その時点で、「ここで終わらせよう」という考えもあったのでしょうか。
もちろん、20代前半の選手ではないですし、あれだけのキャリアがあるわけですから、何年やるかはわからなくても、良い形で終わらせてあげたいというのは考えていました。ただ、SC相模原に来てもらう時に「もう一花咲かせてほしい」と言ったように、能活には選手としてできる限り上を目指してやってもらいたいというのが一番にはありました。

──W杯に4回出場した選手が3部リーグに来るということは、ものすごいインパクトがありました。
高原(直泰/現沖縄SV)の時もそうでしたが、選手にとってカテゴリーを下げるというのは非常に抵抗感があることです。ましてや、高原も能活もトップ・オブ・トップでやった人間ですから。SC相模原は環境もまだまだ整っていないし、どうするべきか迷いもあったと思う。その中で来てくれると決断してくれて、本当にサッカーがやりたいんだなと感動した記憶があります。

川口能活

日本代表のキャップ数は通算106試合。Jリーグは通算506試合の出場を誇る [写真]=︎SC相模原

──実際、川口選手が加入する以前・以後では、SC相模原というクラブも変わったのではないでしょうか。
内から出ているものというか、言葉では喋らなくても、「プロとはどうあるべきか」というのを示してくれました。この3年間で現場にいる選手だけでなく、試合を観に来てくれるファンにも大きな影響を与えてくれたと思います。だから、SC相模原にいた3年間で彼がもたらしてくれたものを、財産として持ち続けなければいけないし、それを踏まえてもっともっとクラブが成長しなければいけないと感じます。

──川口選手はチーム内ではリーダーシップを発揮する一方で、若手の選手たちからいじられることもありました。
それは選手としての経験を重ねた中で、どうやってチームに順応していくかというのを考えてやっていたんじゃないかな。若い時は年上の先輩もいたけど、今は年下しかいないわけだから。ただ、プレーヤーとしては、やはり誰よりも負けたくない、勝気というか負けず嫌いな気持ちが人一倍あったと思う。

──SC相模原は現時点ではクラブハウスも専用の練習場もありません。40歳を超えた川口選手にとっては、コンディションを保つのは大変だったと思います。
人工芝で足もそんなに万全ではない中で多少のハンディみたいなのはあったと思うんだけど、それもうまくプラスに変えてやっていたし、最初に出てきて最後に帰る。能活にとっては当たり前なんだろうけど、40歳を過ぎてもそれを最後までやっていたのは、本当にプロフェッショナルだなと。

──ただ40歳を超えて、自分の思い描くようなパフォーマンスができないというもどかしさも抱えていたと思います。
能活が引退を決めたというのは、彼の中でなにかしらのきっかけがあったと思うんだけれど、そこのところは本人にしかわからない。今シーズンに関しては、最初は試合に出ていたけど、なかなかチームとしても調子が良くなくて、サブに回ることになった。ベンチにいる時の能活は悔しさが顔に出ていて、それを見て「まだまだやれるな」と感じたんです。だから、まさか今年で終わるというのは、想像もつかなかった。

12月2日には期待してほしい

──引退を決める瞬間というのは、元プロ選手の望月さんも経験があると思います。「ここで辞めよう」というのは、どんな時なんですか。
僕自身はドクターストップで辞めざるを得なくなったんだけど、ただ、試合に出られなくて悔しい想いとか、負けたくないというのは年を重ねるごとに薄れていってしまうものなんです。みんな、出られない自分に悔しさをそこまで感じなくなったのに気づいて、次のステップに行く段階がきたんだなと感じる。悔しい思いをずっと持ち続けられるというのは、能活の一つの才能だし、だからこそこの年齢までやってこられたんだと思います。

──変な話、「これだけのキャリアがあるんだから、もっと若い選手のサポートに回ってあげてくれ」というのはない?
全く、全く。ピッチにいる以上、年は関係ないし、経験は関係ないし、力でポジションを取るものだと思うから、そこは今出ている22歳の田中雄大とか、若い選手とも競争してもらっていました。だから、パフォーマンスが良ければ出られるし、悪ければ外される。そういう実力勝負を誰よりも能活が望んでいますから。

──川口選手からポジションを奪った田中雄大選手は著しい成長を見せています。そういう世代の引き継ぎもできた1年だったのではないでしょうか。
田中雄大については、カテゴリーが上のクラブからもオファーがあった中で、J3のうちを選んだのは「能活の隣で学びたい」という強い気持ちがあったから。本人も「金魚のフンのようにくっついていきたい」と言っていたけど(笑)、実際にピッチの中でも外でもたくさんのものを吸収したんじゃないかな。彼の成長は能活なくしてなかったと思います。

川口能活

25年間のプロ生活に終止符を打つ決断をした川口。彼の引退を惜しむ声は多い [写真]=︎SC相模原

──あれだけのレジェンドが12月2日の鹿児島ユナイテッドFC戦を最後にユニフォームを脱ぎます。チケットの売れ行きもすごいようですし、最後に川口選手のプレーを見たいという方も多くいると思います。
おそらく、本当に日本中からファンが来るでしょうし、ぜひ良い形で送り出してあげたいと思っています。僕の口から試合に出るとか、出ないとかというのは言えません。ただ、これまで大きな舞台になればなるほど、神がかり的なプレーを見せてきたのはみんながわかっています。そういう面でも期待してほしいと思います。

──望月さんにとっても、清商時代からの後輩の引退を、自分のクラブで見届けるというのは感慨深いものがあるんじゃないですか。
振り返ってみると、中学3年の時に俺が清水商業に引っ張って、3年前にFC岐阜をアウトになってまた同じように引っ張って。日本代表ではチームメートとして、Jリーグでも何回も戦ってきた相手でもある。そういう選手が現役を終わるというのは、ちょっと感情が極まるというか……。寂しいなというのは正直な気持ちです。

──SC相模原として今後関わってほしいという話はしましたか。
もちろん、そういう話もしました。せっかくここでユニフォームを脱いだし、できた縁なので、我々も協力できること、協力してもらいたいことがあるので、何かしらの形で関わってほしいと思っています。

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