2018.09.26

【ライターコラムfrom広島】青山敏弘の変化に思う“既視感” そこに見える森﨑和幸の姿

2015年にリーグ制覇をした際の青山(左)と森﨑 ©J.LEAGUE
サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン「紫熊倶楽部」編集長

 まず 日本代表の試合を見ても、サンフレッチェ広島の戦いでも、今季の青山敏弘の働きは目を見張る。それはもちろん、池田誠剛フィジカルコーチのメソッドによる身体の復活が大きな要素の1つだろう。苦境の中で積み重ねた経験もあるだろう。

 ただ、彼が最も輝いていた頃のプレーとは、ちょっとテイストが違う。

 代表でコンビを組んだ遠藤航も、広島での稲垣祥も、特長の違いはあるとはいえ、どちらもスタイルは「前」だ。自分から守備のスイッチを入れにいくタイプであり、青山はその後方にいる。遠藤や稲垣がボールを奪いにいったり、ゴールに向かって走ったり。その後方支援をやりながら、バランスをとっているのが今季の青山だ。

青山敏弘

9月のコスタリカ戦では主将を務めた ©J.LEAGUE

 もちろん、彼の代名詞である一発で局面を変えるミドル&ロングレンジの縦パスは健在で、代表で見せた「青山スペシャル」をゴールできなかった浅野拓磨は試合後のミックスゾーンで「アオくんのパスは完璧。自分がもっとうまくできていれば」と悔しそう。その後ろにやってきた青山が「俺のパスが短すぎたのかもしれんな」と声をかけると、広島時代の後輩・浅野は全力で首を振ったのが印象的だった。

 とはいえ、代表でも広島でも、いわゆる「青山スペシャル」を見る機会は、減った。目につくのはむしろ、後方に下がってのつなぎのパス。ダイレクトでボールを動かし、時間をつくりながらボールを運ぶ。サイドチェンジを多用しながら相手陣内のスペースをつくり、前の選手たちが動きやすいような環境をつくる。自分がアシストするというよりも、他の選手のゴールやアシストを導くような仕事ぶりだ。

 青山は本来、こういうスタイルではない。「エンジン」と称されるように自分がまず動き出してチームを引っ張り、パスにしても裏への飛び出しにしても、自分自身が決定的な仕事をするタイプ。守備でも自分がまず相手に圧力をかけ、スイッチをいれる。攻守にわたって「自分が」という動きの主体になるのが、かつての青山だった。だが今もボールは必ず彼に集まってはくるものの、そこから一発で何かをやるという形はそれほどでもない。稲垣や遠藤を活かすために、自分が存在する。そんな覚悟すら、感じさせるプレーぶりだ。

青山敏弘

指示を出す青山 ©J.LEAGUE

 ただ、そういう青山の2018年バージョンのスタイルには、既視感がある。広島が生んだ最高のテクノクラートといっていい、森崎和幸である。止める・蹴るという基礎技術だけでなく90分をにらんで試合をコントロールできる戦術眼、自在にプレーリズムをコントロールできるゲームメイクも含め、柏木陽介が「あんなに上手い人は見たことがない」と語ったほどの技術者だ。

 おそらく広島以外のサッカーファンにとって、森崎の存在はそれほどインパクトがないかもしれない。それは現場の選手たちにとっても同様で、かつて彼がJリーグアウォーズで優秀選手に選ばれたのは2012年だけ。ベストイレブンは1度もない。選手たちの投票で選ばれるのがアウォーズの特長なのだが、実はこの結果が発表される度に広島の選手たちは「なぜ」と驚きを隠せなかった。広島を3度の優勝に導いた当時の森保監督は「なぜカズが選ばれないのか」と怒りを露わにしたこともあった。

「一緒にプレーするまで、カズさんがこれほど凄いとは思っていなかった」

 千葉和彦や李忠成、西川周作など、広島に移籍した選手たちの誰もが、同じ言葉を口にする。アジア大会で脚光を浴びた松本泰志が「カズさんのように試合をコントロールできる選手になりたい」と目を輝かせるようになったのも広島で一緒に試合に出た後からだし、「カズさんはリズムを遅くできる希有な選手」と尊敬を隠さない野上結貴も、広島に移籍するまではそう感じたことはなかった。

森﨑和幸

復帰が待たれる森﨑 ©J.LEAGUE

 森崎和幸とは、そういう意味で非常にミステリアスな存在である。一言でいえば、サポートの天才。究極のチームプレーヤーだ。自分が目立つというよりも周りを引き立たせることを得意としていて、そのための努力を惜しまない。時にハードなタックルでボールを刈り取ったり、一発のパスで局面を変えたりもするが、そういう派手なシーンよりもダイレクトパスの何気ない交換やサポートのポジションどり、コーチングなど、サポーターにとってわかりにくいプレーの積み重ねこそ、彼の真骨頂である。

 パス成功率95%を超えた2015年シーズン、絶対にボールを失わない森崎への信頼のもとで選手たちは自在に走り回った。森崎のパスからメッセージを読み取ってプレーするだけで、チームは勝利へとひた走ることができた。そして誰よりも彼のサポートを受けたのは、誰でもない、青山敏弘だったのだ。

 2016年シーズンでの興味深いデータをご紹介しよう。森﨑と共にプレーしている試合とそうでない試合では、青山のプレー機会が極端に違っていたのだ。このシーズンの後半、森﨑は森保監督が新旧交代を進めていたこともありベンチに座る機会も多かったのだが、例えば彼が不在だったセカンドステージ第10節・対アルビレックス新潟戦での青山のプレー機会は70回。しかし第16節の対アビスパ福岡戦では113回と約1.6倍に増えているのだ。この数字は他の選手にも同傾向にあるのだが、特に青山が顕著なのである。

写真は2016年時 ©J.LEAGUE

 2008年のJ2時代、ミハイロ・ペトロヴィッチの改革が完成し、J2で記録的な圧勝劇を広島は見せ付けたのだが、その中心になったのは青山と森﨑のゴールデンコンビ。圧倒的な運動量とプレー強度の高さ、そして決定的なパスを出せるセンスでチームを刺激し続ける青山と、天才的なポジションどりと精密な技術、空間と時間を俯瞰できるインテリジェンスでサポートを繰り返す森﨑のコンビが機能すれば、ゲームはいつも制圧できた。ケガが多かった青山と慢性疲労症候群という難病との闘いを余儀なくされた森﨑は共に欠場が多かったのだが、もし二人が2008年のように万全であったならば広島の初優勝は2012年よりも早く訪れたはずだし、ペトロヴィッチ監督は何度もタイトルを握ったに違いない。それは森保監督時代の3度の優勝がいずれも、二人がフル出場に近い状況の時に生まれたという事実に基づいている。もちろん、広島の3度の優勝は森保監督の守備面での改革も大きな要素を占めていたのだが、森﨑・青山の両輪不在では栄光がなかったことは二人のうちのどちらかが離脱しているか、あるいは不調だった年(2014年、2016年以降)に栄光を勝ち取れなかったからも、ゴールデンコンビかいかに重要な存在だったか。

 遠藤航や稲垣祥には二人にはない良さがあり、それを無理矢理に型にはめることはチームにとってもマイナスである。だからこそ、青山はバランサーの役割も背負った。それが彼にとっての成長につながっていることも間違いない。ただ、ゴールデンコンビのパートナーである森﨑和幸は、長い慢性疲労症候群との戦いからようやく抜けだし、復帰に向けて階段を昇り始めた。青山敏弘という不世出のボランチにとっての「原点」ともいえる、破天荒かつフルスロットルなプレーが今季中に見られる可能性も、見えてきた。広島のとっての最終カード、ジョーカーはそこにあるのかもしれない。

取材・文=紫熊倶楽部 中野和也

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