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【ライターコラムfrom仙台】誰にも「負けたくない」…J1・250試合目を迎えた梁勇基が見据える“成長”

ベテランとしての成長を見据える梁勇基 [写真]=Getty Images

 2018年8月5日、ヤマハスタジアム。この地で開催されていたJ1第20節・ジュビロ磐田vsベガルタ仙台が2-2で進んだ81分に、仙台の渡邉晋監督はMF梁勇基をピッチへ送りこんだ。「ボランチからシンプルにサイドに振れば、確実にウイングバックがフリーでいけることを期待しました」という渡邉監督の要求に応えた梁は、敵地で勝ち越し点を奪うために何をすべきか、投入直後からプレーで表現し続けた。

 しかし、この試合で仙台はチャンスを作れども3点目を取れず、逆に後半アディショナルタイムに失点して手痛い逆転負け。梁にとっても苦い一戦となった。

 実はこの試合で、梁は自身のJ1通算出場記録を250に伸ばした。彼自身は、その数字を特に気にして試合出場にのぞむ選手ではない。だが間違いなく、自身にとっても、この仙台という地方都市のクラブにとっても、これは大きな数字だ。

「トレーナーを含め、メディカルスタッフとかのサポートなしには達成できなかった数字ですよね。そういう、支えてくれる人たちに感謝したい」。試合自体については「悔しさしか残らなかった」という梁も、これまでの積み重ねで達成したJ1の250試合という数字を振り返れば、まず感謝の言葉が出てくる。

 梁は今年4月28日のJ1第11節・北海道コンサドーレ札幌戦で、J1・J2通算500試合出場という偉大な記録をすでに達成している。財政的に恵まれていないクラブがJ1に昇格し、残留し、残り続け、タイトル争いも経験し、ACLでも戦い、そして苦しい時期も少なからず経験しながら、仙台ならではのスタイルを築いてまた階段を上ろうとしている。その歴史を、この仙台一筋のMFがともにしていることの証左となる記録だからだ。

 2004年に、練習生を経て、当時J2で再出発をはかっていた仙台に加入。同年から主力選手となり、2006年から今に至るまで10番を背負う。若き日の梁はピッチの情勢を鳥瞰視点でも把握しているかのようにスペースを探知し、あるときはそこに高い技術でパスを通し、またあるときは豊富な運動量で飛び出してフィニッシュにつなげる選手。守備でも気迫のこもったプレーを見せ、チームを引っ張り続けてきた。

 そしてJ1通算250試合目を達成した場所は、偶然にも2010年の3月6日、J1第1節で梁がJ1デビューを飾ったヤマハスタジアムだった。この試合では開始1分も経たずに梁が決めた1点を守り切り、仙台は勝利した。つまり梁にとってJ1初出場初得点初勝利を記録した場所だった。だがその話にも「あの時は勝てたんですけどね……」と苦笑い。やはり負けず嫌いの気持ちが先立つ。

梁勇基

2010年にはJ1デビューを飾った [写真]=Getty Images

 今ではチーム最年長の36歳となった梁は、今までにないほどの激しい競争に身を置いている。J1通算250試合目も、今季では第20節にして出場9試合目。チーム内の競争は、時に梁がベンチから外れてしまうほど激しくなった。梁が若い頃から得意としてきた俯瞰視点のポジショニングを身につけることが、今の仙台では当たり前になっている。その中で、競争を勝ち抜かなければならない。

「試合経験を重ねてきて、そういう積み重ねの部分で勝負できるところは武器にしたいけれど、気持ちで“老け”に入ってもいけないんですよね。年齢を重ねることで、若い頃とは違う部分も多く出てきます。そういうところで工夫して、自分に合った調整とか、戦い方を見つけていくのが大事」

 経験や年齢を重ねることで、失われるものもある。だが、人はまた新たなものを加え、成長を続けることもできる。「チームとしての結果でも、個人の競争でも、まずは『負けたくない』という気持ち。それがこの先にも大事にしたいことです」。出場への競争に勝ち、そして出るだけで満足することなく、相手に勝つ。そのために何を伸ばすべきかを、このベテランはこれからも自らに問いかける。2008年のJ1・J2入れ替え戦に敗れ涙したヤマハスタジアムにて、彼は2シーズン後に上の舞台で結果を出した。2018年の苦い経験もまた乗り越え、新たな良い記憶を上書きしていくのだろう。

文=板垣晴朗

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