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【ライターコラムfrom広島】理想と現実の間で…広島の「エンジン」青山敏弘に見られる“変化”

2017.09.28

 できることをやる現実主義か。できないことでも理想を追いかけるのか。

 サッカーだけでなく、人生においても大切な選択である。


 たとえば、ここ最近のサンフレッチェ広島だ。

 ボールをパトリックに向かって蹴って、そのセカンドボールを拾う。ヤン・ヨンソン監督がそういうサッカーを志向していると勘違いしている向きも少なくはない。いやむしろ、それが一般的であろう。だが、トレーニングを見る限りは、言われているヨンソンスタイルとは全く違うのである。

 もし、センターフォワードにターゲットマンを置き、彼に対してロングボールを入れるスタイルを主軸に考えているのであれば、たとえパトリックが不在の状況であっても同じサッカーをするのが本筋だ。広島には皆川佑介というターゲットになりうる存在がいる(もっとも、彼は確かに186センチと高さがあるが、本来のスタイルはターゲットマンではない)。パトリック不在の天皇杯・横浜F・マリノス戦で彼をターゲットにして戦ったのかといえば、それは明らかに違うだろう。むしろ森崎和幸を基軸として、森島司やフェリペ・シウバといった技術者たちを中心に、ポゼッション率を高めるサッカーを披露した。カウンターを狙うにしてもアバウトなボールを放り込むのではなく、しっかりとパスをつないでボールを運んでいる。

今夏に加入したパトリック [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 以前のように低い位置で相手のプレスをもて遊ぶようなパスをまわすシーンはほぼなくなり、GKの中林洋次も蹴るシーンが多くなったことも確かだ。だが、それでもヨンソン監督は「ボールをつなぎたい」という意志をトレーニングから強く、打ち出している。狭いグリッドの中に全選手を入れ、3チームに分けての高速ポゼッション・トレーニングはヨンソン監督の定番。DFを置かないシャドートレーニングにしても、最終ラインからのビルドアップからしっかりとパスをつなごうという意志を選手たちに伝えている。紅白戦にしても、フルコートで行うことはあるが、多くの場合はハーフコートか3/4コートと狭いスペースだ。当然、長いボールではなくショートパスが中心となる。

 もっと、ボールをつなぎたい。もっと、ゲームを支配したい。

 ヨンソン監督はよく、そういう言葉を吐く。選手たちもそういう意識が高い。だが、それができないのが今の広島なのである。今季、いや昨年の後半から続く苦戦が、選手から自信を奪ってしまった。自信がなければ、ボールをつけることができなくなる。ボールを失う不安が、カウンターをくらうことへの怖さが、ポゼッションに必要なメンタルの強さも失った。そこを回復するには時間がかかる。

 パトリックがいるなら、使えばいい。高さも強さもあり、裏に抜けるスピードもある。アバウトなボールでも何とかしてくれる可能性もある。それは現実的な選択であり、選手も当初はそこを意識した。だが、その後は変わっている。大宮アルディージャ戦後、「もっとダイレクトにパトリックを使うべきではないか」と記者から質問が飛んだ。この質問自体、現状の広島が「そうではない」ことを物語っている。そして指揮官は「そういう考え方もある」と一言、言った。だが、それでも彼のトレーニングややり方が、パトリックに向けて蹴り込むようなプレーに振れることはなかった。

 だとすれば、どうポゼッション率を高めるのか。今は確かに守備で結果を出しているが、内容としてはまだ、心許ない。もっと安定性を発揮するためには、ボール保持率を高めることだ。では、どうするか。

 最近では攻守にわたって最も内容が良かったセレッソ大阪戦で、青山敏弘が一つのアイディアを見せている。最終ラインがボールを持っている時、中盤から最終ラインに下がってパスを受け始めたのである。かつて森崎和幸が3バックの真ん中に入ってビルドアップの中心に座ったような明確な形ではないが、2枚のセンターバックのボール回しを助けるためのポジションを取り始めた。この位置取りによって、広島のボール回しは格段に安定したのである。

優勝争いを繰り広げるC大阪に勝利した [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 このプレーについて、青山自身は苦笑いを浮かべながら、語った。

「自分の理想は、(ピッチの)真ん中でボールを受けてゲームを創ること。FWの近くでプレーしたいし、得点にも絡みたい。でも、現実はなかなか、それではうまくいかないんです」

 青山は現実を見据えている。

 「正直、ボールロストが多い」

 以前のように真ん中のプレッシャーの厳しい位置でボールを保持し、攻撃的なパスを出しまくっていたようなプレーは、今の青山は難しい。それは技術・戦術の問題というよりも、彼のフィジカルなコンディションに加え、相手の徹底したマークによる影響だ。だが、ボールは保持したい。その思いは強い。

「だから、少しでもプレッシャーの少ない場所でボールを受けようと考えた。そこでボールに触って、自分もチームもリズムを創りたい。(監督の指示というよりは)自分自身の問題です」

 C大阪戦では、このプレーは実にうまくいった。ボール保持が安定し、強力なC大阪攻撃陣にチャンスを与えなかった。一方、清水エスパルス戦では「距離感が悪く、コンパクトなゾーンを創れなかった」と青山も指摘。単純なボールロストが多かったわけではないが、先制点を守ろうとラインを引きすぎ、相手を自陣に引き込みすぎて、ボールを保持できなくなっていた。6番が後ろでボールを回すことは難しい状況だったことも事実である。

 ただ、青山のスタイルは少しずつ、変わりつつあることも確かだ。以前は攻撃的な位置を取り、時にはゴール前に飛びこんで得点を狙う。現実にその形で何度も得点を奪ってきた広島の「エンジン」。しかし、このところの彼はむしろパートナーである野上結貴や稲垣祥を前で走らせ、自身は後ろでバランスを取る。ボール奪取回数は明白に増加し、走る方向も前よりはむしろ後ろに向かうことも多くなった。今まではカズ(森崎和幸)のサポートを受けて自由に動いていたのが青山のスタイルだったが、今は彼がカズのような役割を自分で担おうとしている感覚もある。稲垣にしても野上にしても、前向きになってこそ生きるタイプ。若い彼らのパワーを最大限に活かすために、自身が守備やビルドアップのタスクを担う。青山自身もかつての自分のストロングにこだわるのではなく、一つ大人のプレーヤーとして脱皮しようとしているわけだ。

 理想を追い続けることは大切なことである。J1残留はこれ以上ない現実ではあるが、ヨンソン監督は必要以上に現実に寄り添うことなく、自らの理想を追うことによってチームのベースを押し上げ、その上で現実に対峙しようと考える。一方のキャプテンは、自分自身を取り巻く現実を直視し、理想との折り合いをつけようともがいている。おそらくシーズン終了まで、その戦いは続いていくのだろう。結果はどうなるか、わからない。ただ、その戦いのベクトルが上向きになりつつあることもまた、事実である。

文=紫熊倶楽部 中野和也

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