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【ライターコラムfrom広島】「俺は腐らない」…不屈の魂を持つ男・稲垣祥が広島を“一つ”にする

2017.09.08

今季から広島でプレーする稲垣祥 [写真]=J.LEAGUE

 1994年にサンフレッチェ広島が初めてステージ優勝という栄光に浴した時、チームを動かしたのは2人のボランチだった。1人は森保一であり、もう1人は風間八宏。どちらも今や「名将」の名を冠するにふさわしい指導者となっていることも、興味深い。

 2人の選手としての特徴を一言で書けば、森保が守備的であり、風間が攻撃的だったと分類できる。普通は守備的な選手を後ろに、攻撃力の高い選手を前に並べる。実際、1993年の広島では森保がアンカーを務め、風間はインサイドハーフでプレーしていた。


 だがその翌年、当時のスチュワート・バクスター監督はゲームメーカーを務めていた風間の位置を下げ、森保とのダブルボランチを構築する。並びこそ横ではあるが、役割は明確に違っていた。運動量が豊富で予測にも長けた森保を走らせ、アグレッシブにプレスを仕掛ける。たとえ、そこでボールを取れなくても構わない。若きボランチが走り回ることで相手のパスコースを限定させ、経験豊富なボランチがボールを奪ってもいい。さらに森保が幅広く走ることによって、風間がボールを保持し、ゲームを創るスペースも確保できるわけだ。

ハードワークで広島を支えた森保一 [写真]=J.LEAGUE

 2人のコンビはJリーグを席巻。当時、個人能力の集積では圧倒的ナンバーワン、前年Jリーグ王者のヴェルディ川崎をアウェイで4-1と粉砕した。相手の個人技を組織で上回り、広島のダブルボランチが完璧に試合を支配したこの勝利によって、ステージ優勝に大きく近づいたのだ。

 広島は多くの個性的なボランチを輩出しているが、その中でも風間・森保と森崎和幸・青山敏弘、この2セットのコンビが最もインパクトが強い。2012年から4年で3回の優勝を生み出した森崎と青山コンビは、熱さの青山と冷静な森崎、剛のプレーが光る青山と柔軟にゲームをコントロールする森崎のコンビネーションが抜群に機能した。青山といえば佐藤寿人(現名古屋グランパス)とのコンビが印象深いが、実は彼の力を最大限に発揮するためにも森崎の存在を必要としていた。アグレッシブであり、チャレンジシップに満ちたパフォーマンスを持ち味とする青山が輝くには、パス成功率95パーセント超えという正確性とゲームを読む力を持ち、強烈かつ深いタックルも厭わない森崎の安定性を必要としていたのだ。

 昨年の後半から今季にかけ、その森崎のコンディションが上がらず、慢性疲労症候群という難病やケガの影響もあって今季はほとんど試合に出ていない(今は復帰しているが)。この事実が、広島の苦戦の一因と見てもいい。青山の開幕時の不調は、森崎不在の影響大であった。

 ヤン・ヨンソン監督は青山をチームの軸と考えている。練習で彼は多くの選手を主力組に入れ替え、様々なチーム構成を模索しているが、水本裕貴・千葉和彦・柏好文と共に、青山だけは動かさない。絶対的な信頼を置いていると言っていい。

 そのパートナーとして指揮官が起用しているのは野上結貴である。フィジカルの強さ、高さ、1対1に強い力強い守備。クサビのパスも悪くない。だが彼は元々センターバックであり、中盤での動き方や判断の精度については、まだまだ成長の余地がある。そういう現況も踏まえ、ヨンソン監督は今「新しい」ボランチを高く評価し、彼に大きな期待を寄せていることも事実だ。

「新しい」といっても、実績はある。開幕から第4節まで先発で起用されていた稲垣祥。前所属の甲府ではずっとレギュラーを確保していたエネルギーに満ちたMFだ。

 キャンプからアグレッシブかつ強度の高いプレーを見せていた稲垣は、開幕スタメンも確保。しかし、先発した4試合で1分け3敗。PKを与えてしまったり、OGを喫してしまうなどの不運もあり、第5節からベンチスタート。第8節からはベンチからも外れてしまった。

 甲府時代は1年目途中からレギュラーを確保。その後も先発するのが当然だったボランチにとって、メンバー外は屈辱。若い選手たちと共に2部練習の指定選手となるなど、レギュラーの座からは大きく遠ざかってしまった。

昨季は甲府で33試合に出場した [写真]=J.LEAGUE

 だが、稲垣の凄みは、ここから発揮される。普通であれば、腐る。勝っていればまだ耐えられるが成績は低迷しているのに、自分は使われない。チャンスも与えられない。その事実に対して、気持ちがチームとは違う方向に進んでもおかしくない。出場機会を求め「移籍したい」と言い出しても不思議ではないだろう。

 稲垣は違った。

「絶対に、俺は腐らない。大丈夫だ」

 メンタルの揺らぎがないことを常に確認し、その上で自分自身に言い聞かせた。

「俺は俺だ。(チームに合わせて)大きくスタイルを変えるのではなく、根本の部分でブレないように」

 もちろん、チームの要求に合わせてプレーすることも大切である。だが、その部分に気持ちが行き過ぎて自分自身のプレーを見失ってしまっては、成功はない。稲垣はとにかく、自分の良さをしっかりと保持しておこうと思った。チャンスはきっと、巡ってくると信じていたからだ。優しい笑顔が印象的な彼の内面に潜むこの強さこそ、稲垣祥の本領である。

 最終ラインの前でしっかりと起点を潰せる能力と、クサビのパス、運動量などをヨンソン監督は高く評価。「レギュラーの座を脅かす選手も数多く出てきているが、稲垣もその1人。本当にいい練習をしているし、うまくやれている」と称賛している。8月26日の対大宮アルディージャ戦で彼を起用したのも、稲垣の力を信頼しているからだ。

 稲垣と森保一は、プレースタイルが似ている。アグレッシブだし走れるし、相手の攻撃を予測して未然に防ぐこともできる。森保前監督は当初、彼に対して1993年の自分自身のように最終ラインの前でバランスをとる役割を与えた。それはそれで悪くなかったとは思う。しかし、稲垣祥の力を最大限に発揮しようと思えば、むしろ1994年スタイルのダブルボランチが最適解ではないか。稲垣がアグレッシブに前で走り、青山が後ろでゲームを構築する。稲垣=森保、青山=風間。そんなバランスがいいのではないか。実際、昨年の稲垣は甲府でトップ下を務め、5得点。キャンプでも強烈なゴールを練習試合で決めている。

「アオさんとのコンビに不安はない。2人とも走れるし、僕が前に出てもスペースを埋めてくれる。しっかりとアオさんにボールをつけてあげれば、リズムも生まれるから」

 烈しさ。運動量。戦う意識。プレー強度。知性。そして何よりも、どんな状況でも諦めない不撓不屈の精神。1度は構想の外になりかけながら、続けることで再浮上を勝ち取った稲垣祥の台頭こそ、「俺たちにもチャンスが」という控え選手たちのモチベーション。それはそのまま、逆転残留を狙う広島を「一つにする」力につながるのである。

文=紫熊倶楽部 中野和也

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