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【ライターコラムfrom広島】森保前監督の“我慢”が実を結ぶ時…救世主の名はアンデルソン・ロペス

2017.08.11

チームトップの9得点を記録しているアンデルソン・ロペス [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 アンデルソン・ロペスとは不思議な選手である。

 明治安田生命J1リーグ第21節現在で9得点はリーグ4位。最近5試合で6得点と素晴らしい結果を出しているにも関わらず、サポーターからその成績に相応しい称賛を得ているわけではない。いや、正確にいえば、最近2試合で3得点という成果を挙げてようやく評価がポジティブになった。それまで批判ばかりだった人々も、まだ手放しではないにしても、称賛の声をようやく挙げるようになった。


 その理由は、彼のプレーに大きな振幅が存在しているからだ。

 確かに運動量はあるが、トラップが粗い。ボールを運べる選手ではあるが、パスした後に止まってしまう。ワン・ツーはできるが、スリー・フォーと連続した動きができない。強烈な左足に自信を持っていることは分かるが、とんでもない場所からシュートを打ち、チームの攻撃を止めてしまう。無理なドリブルでボールを失い、カウンターを浴びるきっかけとなる。守備のスキルも乏しく、ポジション取りも課題は明確だ。

 だが、こんなに悪い部分が目につくのに、時に驚くほどの、思わず叫んでしまうほどの輝きを彼は見せ付ける。

 昨年の天皇杯4回戦サガン鳥栖戦では、相手の厳しいプレスをかわしつつ、フワリと絶妙なループパスを出して鳥栖の守備陣を凍り付かせ、柴崎晃誠のゴールを引き出した。さらに40mの距離から放たれたロングシュートは強烈なドライブがかかり、グンと伸びてストンと落ち、ネットを突き破らんばかりに突き刺さった。その直後に行われたオーストラリアキャンプでも、Aリーグの猛者を相手にしたトレーニングマッチで2試合2得点。凄みのあるFKも叩き込んだ。

 今年でいえば、例えば終了間際に叩き込んだ第18節横浜F・マリノス戦の同点ゴール。フェリペ・シウバの縦パスに柏好文が走り込み、クロス。中澤佑二がクリアしたボールをお腹でトラップし、その落ち際を強烈なボレーで叩き込んだ。ジュビロ磐田戦ではパトリックをフリーランニングで追い越し、約50mのスプリントからスルーパスを右足ダイレクトでシュートを流し込んだ。そして2得点を決めたガンバ大阪戦では、高橋壮也の縦パスを左足でトラップ、強烈な身体のキレを使って反転し、そのまま振り抜いて圧巻のゴール。そしてエディオンスタジアム広島を熱狂させた87分の同点ゴールは、柴崎のクロスを受け、ペナルティエリアの中でドリブルを敢行。4人のDFを前にしながら左足を振り、破壊力のあるシュートで井手口陽介の足でのブロックを弾き飛ばし、ネットに叩き込んだ。

G大阪戦は2得点を挙げる活躍 [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 どのゴールにしても、簡単ではない。アンデルソン・ロペスでなければ決められないのではないかと思うほどの質と破壊力を持つ。しかし一方で、「そこでミスをするのか」とため息も。たとえばG大阪戦では、パトリックの優しいパスをトラップに手間取り、DFの寄せによってシュートの精度を欠いた。ダイレクトで左足にボールを乗せればいいのに、それができない。技術的にも戦術的にも「えっ」というミスが決して少なくない。だから不思議なのである。

 潜在的な能力は間違いなく巨大である。オーストラリアキャンプでは、現地の熱心なサッカーファンから喝采を浴び、ずっとサッカーを見てきたという年配の女性からは「あなた、いい選手ね。絶対にもっと良くなるわよ」と声をかけられている。だが一方でメンタルや姿勢のところで、幼い部分が多々あったこともまた、現実だ。

 昨年、途中出場を命じられた時、彼のパンツは試合用ではなく練習着のままだった。あわててドレッシングルームに戻り、履き替えて戻ってきたのだが、出場した後も問題。その試合は確かに暑かったので致し方なかったのだが、それにしても試合中に何度も嘔吐してしまうのは準備が足りないと指摘されても仕方がない。トレーニングでも自分の思い通りにいかないと投げやりになり、ピーター・ウタカ(現FC東京)やパトリックから叱られたこともある。そういう幼さが、彼の爆発にブレーキをかけさせていた。

 成長させたい。誰にも持ち得ない破壊的な可能性をなんとか形にしたい。期待をかけた森保一前監督は、周囲の批判をよそにロペスを起用し続けた。23歳という若さも、育てたいという気持ちに拍車をかけた。この森保前監督の我慢が、ロペスの秘めた能力に対する信頼がなかったら、今の彼の爆発は間違いなくなかった。

 前監督は「リアリストと呼ばれたい」といつも語っていたが、本当のリアリストであれば可能性などに期待しない。成果とミスのバランスからすれば、明らかに後者の方が大きい選手なのだ。起用にリスクはある。だが、それでも彼はロペスを使い続けた。ロペスの爆発という浪漫を信じた。第17節浦和レッズ戦でも、0-2のビハインドで迎えた後半の頭から彼を起用。「点を取ってこい」と送り出し、期待に応えたロペスが2得点。大きなきっかけをつかんだこの試合が、森保監督の最後の指揮となったのは、なんという皮肉だろう。

打ち合いとなった浦和戦で起用に応える2得点 [写真]=JL/Getty Images for DAZN

「森保監督の退任は本当に悲しい。僕を助けてくれた人だったから」

 沈痛な表情で語ったロペスの表情が、忘れられない。そこには森保監督への惜別の辛さだけでなく、自分自身の未来に対する不安も存在したようにみえた。だが、前監督の我慢は大きな爆発力となって果実となり、ヤン・ヨンソン監督が進める4-2-3-1の核となった。

森保一

アンデルソン・ロペスを信じ続けた森保前監督 [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 右MFの位置はこれまでのシャドーストライカーと違って、一つのミスが一気のカウンターにつながるリスクも少ない。後ろにカバー能力に長けた丹羽大輝を配置していることで、守備への不安が軽減するという戦術的な効果もあっただろう。ただ、森保時代に経験した様々な失敗が、ロペスの成長を加速させたことも厳然たる事実である。

 広島の苦境はいまだ続く。救世主となりうる予感に満ちたパトリックも、コンディション面で不安があり、守備もいまだに不安定だ。だが、巨大な才能を持つ未熟なアタッカーついに開花期を迎えたとするならば。リスクを内包しつつも、それ以上の成果を出し続ける存在となってくれるならば。

 今はまだ小さな未来への灯火が、少しずつ大きくなっていく予感は、ある。その予感の中心には、ブラジルの貧しい街で、母1人で育てられたアンデルソン・ロペスというハングリーな青年がいることは間違いない。

文=紫熊倶楽部 中野和也

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