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【コラム】“湘南スタイル”を身につけた杉岡大暉、「ボーダーラインにいる選手」が世界に挑む

2017.05.08

U-20W杯に臨む湘南の杉岡大暉 [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 期待されているからこそ、厳しい言葉を浴びせられた。FC町田ゼルビアと0-0で引き分けた、7日の2017明治安田生命J2リーグ第12節。敵地・町田市立陸上競技場のロッカールームに、湘南ベルマーレを率いる曹貴裁(チョウ・キジェ)監督の怒気を含んだ言葉が響いた。

「あんなところで、あんな時間にファウルをするなんて、自分は二流のディフェンダーだと周囲に言っているようなものだ」


 視線の先にいたのは、U-20日本代表に選出されているDF杉岡大暉。町田戦を最後に、モードを20日から韓国で開幕するFIFA U-20ワールドカップへと切り替える18歳の高卒ルーキーは、後半アディショナルタイムに指揮官の逆鱗に触れるプレーを演じていた。

 自陣の右サイドの奥深い場所で、ファウルを犯してしまった。町田に与えた直接FKは失点に結びつかなかったが、結果論ではなく試合状況や時間帯を考えれば、主審がホイッスルを吹く恐れのあるプレーは絶対に封印しなければいけない。

 ましてや町田戦を裁いた井上知大主審は、開始3分でMF神谷優太に不可解なイエローカードを与えるなど、判定の基準が終始一定していなかった。プロならばそういう点も考慮しなければならない。鉄は熱いうちに打て、とばかりに曹監督は試合直後に動いた。

「僕がお客さんとしてスタンドから見たら『あの若い選手、結構やるな』と思うかもしれない。ただ、僕は監督なので。その意味では甘いなと。まだまだだなと」

 落とされたカミナリの意味を、杉岡自身も理解していた。水戸ホーリーホックとの開幕戦で先発出場を射止め、続くザスパクサツ群馬とのホーム開幕戦ではプロ初ゴールもゲット。U-20日本代表のドイツ遠征に招集されて欠場した一戦を除き、11試合すべてでピッチに立ってきた中で、曹監督から叩き込まれてきた“鉄則”をあの場面だけは忘れていた。

町田戦は完封したものの、反省の残る一戦だった [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

「夢中になってボールを奪おうとして、ああいう形になってしまった。考えながらプレーしなきゃいけないと、改めて学びました」

 ベテランも中堅も若手も関係ない。チーム内に常に漂う、一切の妥協を許さない厳しさが今の自分には必要だと感じたからこそ、杉岡はFC東京、名古屋グランパス、ジェフユナイテッド千葉を含めたオファーの中から湘南を選んだ。

 湘南の練習に1週間ほど参加したのは昨年6月。当時J1を戦っていた湘南は開幕からJ2への降格圏内をさまよう状態が続いていたが、杉岡の決断が揺るぐことはなかった。

「湘南スタイルを武器にするアグレッシブなサッカーに惹かれましたし、日々の練習の質や強度の高さ、先輩方が練習に取り組む姿勢を含めて、このチームならば毎日のように成長していける、と思ったことが決め手になりました」

 カテゴリーがどこであれ、己が信じた道を迷うことなく突き進めば、おのずと結果はついてくる。U-20ワールドカップ出場権を実に10年ぶりに獲得した、昨年10月のAFC U-19選手権2016の代表メンバーに杉岡は名前を連ねていない。

 市立船橋高校でセンターバックを組んできた盟友・原輝綺(アルビレックス新潟)が抜擢され、ボランチのポジションで存在感を増していく。悔しさを胸中に秘めながら、杉岡は自分自身を「ボーダーラインにいる選手」と位置づけて、日々精進を重ねてきた。

 果たして、今月2日に届いた知らせは「サクラ咲く」だった。11日からは直前合宿がスタートする。最大で6試合チームを離れる杉岡は、ゆっくりと気持ちを高ぶらせながら「僕の選択は間違っていなかった」という思いを募らせている。

「湘南で試合に出続けたことが、評価されたと思っているので。何も考えないでプレーしたら監督に怒られる…じゃないですけど、常に頭をフル回転させてきた中で、少しずつですけど成長できているのかなと。相手を見ながらポジションを取れるようになりましたし、攻撃では1対1の仕掛けや、チームに推進力をもたらす部分はどんどん良くなっている。あとは、心の部分も強くなったと思います」

初ゴールを記録した群馬戦。手荒い祝福を受けた [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 メンタルの進化は、曹監督から浴びせられてきた厳しい言葉を抜きには語れない。もっとも、ただ単にその瞬間の感情をぶつけられるわけではない。辛らつさの内面に潜む真意をベテラン勢、DF陣ならば坪井慶介や島村毅が“忖度”してフォローする。チーム内に熱い信頼関係が築かれているからこそ、指揮官は「委縮させるつもりで、ボロクソに言うんだけどね」と笑う。

 そのココロは、もちろん選手全員の成長を願ってやまない点にある。実際、代表メンバー発表が迫ってきた時には「ダイキはどうなの」と、杉岡が滑り込みで選出される可能性をメディアに逆取材までしている。

「五分五分のボールをピタッと止めて、味方に縦でパッと入れるプレーは、教えてもなかなかできない。まだまだ改善しなきゃいけない部分があるけど、ダイキは相手が嫌がることができるので」

 町田戦後に落としたカミナリも、世界のヒノキ舞台で同じことはするなという檄も込められた、曹監督流の“餞別”だった。熱い思いはしっかりとホープに伝わっている。

「チームに戻ってきた時に『アイツ、成長したな』と思ってもらえるように、韓国でもしっかりプレーしてきたい。ただ、その時に自分のポジションがあるかどうか。常日頃から激しい争いがあるチームなので、その意味でも湘南を選んで本当に良かったと思っている」

 試合後の挨拶を終えてロッカールームに戻りかけた時に、ゴール裏から杉岡のチャントが響き出した。曹監督から「行って来い」と背中をポンと叩かれ、一人で向かった先で深く頭を下げた。湘南での競争を勝ち抜き、心技体で成長を果たした証を世界にぶつけてみせる――。覚悟と決意が込められた一礼だった。

文=藤江直人

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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