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【ライターコラムfrom清水】「自分に期待しない」で結果を出し続ける鄭大世の新境地とは?

2017.04.30

清水加入3年目を迎えた鄭大世 ©J.LEAGUE PHOTOS

「自分に期待しなくなったら、逆に楽になって、安定して結果も出るようになりましたね」

 取材が一段落して少し雑談していたとき、鄭大世はふとこんな言葉をつぶやいた。


 昨年はJ2とはいえ37試合で26得点を挙げ、ダントツの得点王。出場した試合の7割以上でゴールを決め、シュート決定率は23.6%と、勝負強さや決定力という面でも申し分なかった。今季のJ1でも8試合で4得点を挙げ、得点ランクの3位。33歳になった今も、国内トップクラスのストライカーであることを証明し続けている。

 一昨年(2015年7月)、5年ぶりに日本に戻って清水エスパルスに加わったが、同年は13試合で4得点にとどまり、チームをJ1残留に導くことはできなかった。ただ、以前川崎フロンターレでプレーしていた頃よりもはるかにチーム全体のことを考え、守備でも献身的にハードワークする姿は印象的だった。当時はチームが攻守ともに機能せず、守備に追われる時間が長かったこともあって、思うように点を取れないのはやむを得ない面もあった。

 だが昨年は、6月に金子翔太と2トップを組むようになってから、金子の頑張りによって守備の負担が軽減され、攻撃により力を注げるようになった中で「ゴールの感覚を取り戻せた」と本人も言うように一気に得点を量産。10~11月で7試合連続ゴールを決めるなど、終盤の9連勝と自動昇格の立役者となった。

 そうした良い流れが今季も続いている。その背景には、冒頭の言葉のような意識の変化があると鄭は言う。

「『得点王になりたい!』と思ったら、1、2試合点が取れないだけでメチャクチャ落ち込むんですよ。今も悔しいのは間違いないけど、『勝負は時の運だし、良いボールが来なかったし、そういう流れの日もある』と受け流すことができるようになりました。若い頃は上に行きたくてしょうがなかったから、本当に毎回落ち込んでいたけど、明石家さんまさんの『生きてるだけで丸儲け』という意識に近くなって。そうして多くを望みすぎないほうが、むしろ流れが好転していくことが多いんですよね。周りとの調和もとれるし、周りも自分を助けてくれるし、自分の場合は力が抜けたほうがシュートも入るから」

鄭大世

金子(左)のJ1通算2万ゴールをともに喜ぶ鄭大世(中央)©J.LEAGUE PHOTOS

 結婚して子どもが2人生まれ、「外でストレスがたまっても、家に帰れば忘れられる」ようになった。サッカー以外にも自分自身の支えや大切な存在ができたことが、意識の変化にもつながっていると言う。

 金子や松原后をはじめとする若い選手に対してわざと厳しい言葉を投げかける鄭の“愛のムチ”は、清水サポーターの楽しみにもなってきた。だが、それによって腐る若い選手はいない。なぜなら、鄭自身が練習から誰よりも高い意識で自分を磨き続けているからだ。ピッチ外でのコンディション作りや自己管理という面でも、後輩たちにしっかりと範を示している。

 チーム全体の意識や向上心を高めるという意味でも、キャプテンとして周囲に刺激を与え、背中で牽引し続けている。「自分に期待しなくなった」とは言いながらも、サッカーに対する向上心が一切低下していないことは、外から見ていても明らかだ。

「(三浦)カズさんと同じように、結果よりも成長にこだわっているんですよ。結果は時の運に左右されるけど、成長というのはつねにできるものだから。細かいワンプレーの意識とか、練習以外の時間の意識とかでも変わってくるので、今はそこを大事にしています。たとえばクロスへの入り方で気づいたことがあれば、ノートに書き留めて自分の中での決めごとにしているし、実際にそれでチャンスも増えてますから。結果よりも過程にコミットするという感じですかね」

 とは言いながらも、4月21日の川崎戦で金子がJ1通算2万ゴール目を決めたときは、自分が決められなかった悔しさが明らかに表情にも出ていた。金子も「決めた後はみんなに(祝福として)叩かれたんですけど、テセさんのは本気で痛かったです(笑)」と言う。

 そういうギラギラした面もしっかり残しているところが、なぜか嬉しく感じてしまう選手でもある。ゴールへの強い欲と達観。2つの絶妙なバランスを今後も長く保ち続けてほしいと願うばかりだ。

文=前島芳雄

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