昨季で現役を引退した鐡戸は「アンバサダー兼チーム統括本部強化担当」という新たな使命に身を投じている [写真]=大枝令
その笑顔は、松本にとって何物にも代えがたい。
鐡戸裕史。2009年から2016年まで松本山雅FCでプレーし、地域リーグからJ1まで3度の昇格を経験した唯一無二の「生き証人」だ。昨季限りで現役を引退し、クラブスタッフとなった今季は「アンバサダー兼チーム統括本部強化担当」という新たな使命に身を投じている。
強化担当として日々の練習でグラウンドに立ち、選手をサポートする。人数合わせの「穴埋め役」としてトレーニングに交じることも珍しくない。そんなときも、現役時代と全く変わらない笑みを浮かべる。
だが笑顔の裏には、複雑な思いがある。
そもそも現役引退を決めた16年シーズンも、フィジカル自体の衰えは全く感じさせていなかった。持久力テストをすれば、ハードワークが売りの松本にあってチームトップのスコア。まだまだ十分に動けるし、ピッチの中で戦える。だが出場機会は減っていく。続けるべきか、幕を引くべきか――。最終的には後ろ髪を引かれつつ、スパイクを脱ぐ方へ少しだけ天秤が傾いた。
そしてスタッフとして新たな人生を歩むことが決まった直後。「できればグラウンドには立たずにいたい」と、ポロリと本音をこぼしたことがある。実際にクラブ側と具体的な職務内容を詰めていく中で当初、その部分は主張したという。無理もない。断腸の思いで現役引退を決めたのに、間髪おかず再びグラウンドに足を踏み入れれば血が騒ぐ。「本当にこれは、やっちゃマズいなっていう思いがあった」。当時をそう振り返る。
それなのに鐡戸はいま、グラウンドにいる。「ちょっとボールを投げたりするくらいならいいけど、ボール回しに交ざったりすると純粋にサッカーを楽しんでしまう。そうすると今までの気持ちがどうしても出てくるから、それをセーブしなければいけない。折り合いをつけるのがすごく難しい」。うずく闘志と情熱を必死に抑え込みながら、そんな気配は微塵も漂わせない。ウェアの色こそ選手とは違うが、その光景は昨季までと何ら変わらないような錯覚さえ覚える。
葛藤を抱えながらも、なぜ笑えるのだろう。その問いに対し、事も無げに応じてくれた。「仕事を全うするのが当たり前のことだし、求められたら自分の感情は押し殺してやらないといけないと思っているから」。そう、最初から答えは明確だった。アンバサダー(広報大使)としての仕事も含め、全ては松本山雅FCのために。小さな街の未来のために。
「去年は昇格を逃して悔しい思いをしたけど、それはJ2で優勝して昇格する権利を得たんだと切り替えて考えている。言ってみれば、また山雅の歴史を塗り替えるチャンスのシーズン。もちろん簡単じゃないのはわかっているけど、今度はスタッフとして選手と関わりながら達成したい」
8年前。J2さえ遠い雲の上だった地域リーグ時代に移籍してきたとき、こんな未来が待っているとは夢にも思わなかったはずだ。だが鐡戸は第二の故郷とも呼べるほど愛するこの街に根を張って、きょうもグラウンドで明るく振る舞っている。その笑顔は松本にとって、何物にも代えがたい。
文=大枝令