新加入のウタカは川崎との多摩川クラシコで1ゴール、1アシストを記録して勝利に貢献した[写真]=Getty Images
サッカー界に少なからず驚きの声が上がったのは、2017明治安田生命J1リーグの開幕戦を終えた直後の3月1日だった。FC東京から発表されたリリースに、こんな言葉が綴られていたからだ。
「ピーター・ウタカ選手 期限付き移籍加入のお知らせ」
J1通算得点で歴代1位を独走する大久保嘉人(前川崎フロンターレ)。最新のハリルジャパンに招集された、GK林彰洋(前サガン鳥栖)とMF高萩洋次郎(前FCソウル)。そして、元日本代表のDF太田宏介(前フィテッセ)とFW永井謙佑(前名古屋グランパス)の5人を獲得していたFC東京は、まさにオフの主役を演じていた。
優勝候補へと躍り出た陣容に、19ゴールで昨シーズンの得点王を獲得した元ナイジェリア代表FWまでが加入する。年俸が高騰し、保有権を持つ清水エスパルス、期限付き移籍先のサンフレッチェ広島の双方で契約更新が難航している、と報じられたのは昨年末だった。
一転してまず広島へ完全移籍して、さらに期限付き移籍の形でウタカを迎え入れた理由を、FC東京の立石敬之ゼネラルマネージャー(GM)はこう説明する。
「前線の新しいコンビネーションを作るのに時間がかかるんじゃないか、と想定していたこともあって、個人で圧力をかけられる選手を一人取っておこうと。ウタカに関しては広島さんと清水さんとの関係もあったので、タイミング良くこういう話ができた。最後のピースにしては、理想の選手だったと思っています」
初来日した2015シーズンも、清水で9ゴールをあげている。強さとしなやかさとがハイレベルで融合された「個」の力が、筋骨隆々のボディに搭載されていることは、新天地における練習ですぐに分かった。同時に「嬉しい誤算もあった」と立石GMは笑う。
「周囲とのコミュニケーションの取り方がとにかく上手い。ウタカの陽気なキャラクターもあるんでしょうけど、頭が良いというか、すごく賢い。だから、みんなからすぐに愛されたんでしょうね」
チームに溶け込む速さが桁違いだからこそ、すでに何年もFC東京でプレーしているかのような連携を見せられる。味方に使われ、同時に味方を使う。川崎フロンターレをホームの味の素スタジアムに迎えた18日のJ1第4節。両チームともに無得点のまま推移していた“多摩川クラシコ”は、ウタカが投入された62分を境にFC東京へと一気に傾いていく。
相手のオウンゴールで先制して迎えた86分。まずは「使われる」ウタカがスポットライトを浴びる。左サイドから太田があげたクロスに、ゴール中央のスペースに飛び込んできた背番号「9」が反応。右足による鮮やかなジャンピングボレーで、FC東京でのJ1デビュー戦で名刺代わりのゴールを決めた。
「太田選手が良い持ち出しをしたし、彼のクロスの精度の高さも分かっていたので、難しいことを考えずに当てることだけを意識した。半分以上は太田選手のクロスです」
4試合目で決めた今シーズン初アシスト。思わず「理想通り。完璧だった」と自画自賛した太田は、オランダの地に懸命に溶け込もうとしていた1年前の自分に、ウタカをダブらせながら笑った。
「拙い英語でもいいから、とにかくしゃべりかけることで僕も溶け込んでいった。ウタカも3年目なので簡単な日本語なら知っているし、本当に明るくて冗談もよく言う。外国人がしゃべる日本語って、けっこう面白く聞こえるじゃないですか。どんな日本語? いろいろと…まあ、下ネタからですかね」
5分のアディショナルタイムが表示された92分には、今度は「使う」ウタカがあうんの呼吸を演じる。相手のクリアミスを拾った大久保が、ウタカにパスを預けてペナルティーエリア内へと侵入する。
「ウタカは練習の時から『嘉人の近くにいるから』『オレがパスを出すから』とずっと言ってくれたので」
最終ラインの裏へ抜け出してから、波長が合うと感じていたウタカのリターンを受け取り、飛び出してきたGKチョン・ソンリョンをもかわす。最後はバランスを崩しながらも左足で無人のゴールに流し込み、待ち焦がれてきた新天地での初ゴールを古巣相手に決めた。
これまでにベルギーやデンマーク、そして中国でプレー。移籍後初のゴールを決める難しさと決めた時の至福の喜びを、誰よりも知っているからこそウタカも表情を綻ばせる。
「大久保選手の初ゴールを、良いアシストでサポートできてよかった。これからお互いをより合わせていきたいし、もっとプレーの精度も高めていきたい」
ベガルタ仙台に6‐0で圧勝した、15日のYBCルヴァンカップのグループリーグ初戦でも、途中出場ながらPKによるゴールを決め、MF中島翔哉のゴールもアシストしている。ちなみに、PKは本来蹴るはずだったキャプテン、DF森重真人から「早くチームに溶け込めるように」と譲られたものだ。
ウタカの愛されるキャラクターが、ここにも反映されている。未熟な組織を「個」の力で補って欲しいと期待された33歳は、組織の中で自らを光り輝かせ、チームメイトの特徴を瞬時に理解するサッカー頭脳を駆使。FC東京全体の攻撃レベルをも飛躍させる、触媒の役割をも果たしている。
「脅威になると思うよ。逆の立場だったら、オレ、絶対に(相手にするのは)嫌だから」
大久保の不敵な笑みが、「前」と「元」のJ1得点王が揃い踏みした時の相乗効果を物語る。悲願のJ1初制覇へ、3勝1敗と開幕ダッシュに成功したFC東京をさらに加速させる。
文=藤江直人