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【コラム】屈辱のJ2降格から一年。大逆転での自動昇格へ勢い付く清水の現在地と“奇跡”への手応えを追う

2016.10.09

町田を下し、J1自動昇格の2位まで5ポイント差に迫った清水 [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 上昇気流に乗ったチーム状態を物語る記録がズラリと並んだ。先制点を挙げたのが4試合ぶりならば、90分間を無失点で終えたのは5試合ぶり。ホームのIAIスタジアム日本平で3連勝をマークしたのは、残り7試合となった明治安田生命J2リーグが終盤戦を迎えて初めてのことだった。

 FC町田ゼルビアを2-0で退けた8日のJ2第35節後の取材エリア。終了間際に自らが獲得したPKを豪快に蹴り込み、6試合ぶりとなる18ゴール目を決めてダメを押した清水エスパルスFW鄭大世が自信満々に吠えた。


「シーズン終盤の大事な時期を、僕たちは“変化する時期”だと思って戦っている。今日も数試合前のようないい内容を求めるのではなく、したたかに戦い、数少ないチャンスをしっかり決めて先制点を奪って試合を支配しようと考えていた。実際、そのとおりになったと思う」

 数試合前とは、おそらく9月11日のモンテディオ山形戦を指す。前半アディショナルタイムにMF枝村匠馬のゴールで先制し、77分には肋骨骨折および肺挫傷の重傷で離脱していたキャプテン大前元紀が実に95日ぶりにピッチへ帰還。そのわずか5分後に芸術的な直接FKを叩き込み、守っては相手の反撃を1ゴールに封じて、ホームに駆けつけたサポーターを酔わせた一戦だ。

 しかし、ケガ人の連鎖に見舞われてきた今シーズンを象徴するかのように、その山形戦後に2列目の右サイドを支えてきた枝村、不慣れな右サイドバックで奮闘していた六平光成、前線のターゲットマンとしてシーズン途中に獲得した長谷川悠が次々と戦線離脱を強いられてしまう。

 8日の町田戦は前節セレッソ大阪戦に続いてセンターバックが本職の三浦弦太が右サイドバックに入り、ボランチには右ひざ内側側副じん帯を痛めて、5月22日のJ2第14節東京ヴェルディ戦を最後にリーグ戦出場から遠ざかっていた31歳のベテラン、本田拓也が21試合ぶりに復帰。C大阪との前節でスタメン復帰した大前も、日本平のピッチで20試合ぶりにキックオフのホイッスルを聞いた。

 消耗戦となる夏場を戦ってきたメンバーの変更を余儀なくされたことで、鄭大世をして「変化する時期」と言わしめたのだろう。要は顔ぶれは異なっても、今シーズンから指揮を執る小林伸二監督の下で標榜してきたスタイル――相手よりも素早く攻撃から守備、守備から攻撃へ切り替えるサッカー――をピッチで体現する。

 迎えた21分。攻守の切り替えが“したたか”に発動された。町田GK高原寿康のゴールキックを、相手選手と競り合いながらDF犬飼智也が弾き返す。この時点で町田ボールから清水ボールとなるが、大前には閃くものがあったのだろう。背番号10はオフサイドポジションに残ったままだった。

「その前から、相手DFがヘディングでGKに結構返していたので」

 宙を舞うボールが町田の右サイドバック土岐田洸平の支配下に入ろうとしている。再び町田ボールになろうとしている状況で、土岐田は一度試合を落ち着かせようと考えたのだろう。ヘディングでのバックパスを選択したが、ちょうど死角にいた大前の姿に気づかなかった。

 果たして、土岐田のバックパスは大前への絶好のスルーパスへと変わる。「狙えればチャンスになる」と虎視眈々とバックパスの際に生じる隙を待ち続けた大前が、GK高原の動きを冷静に見極めながら、最後は右足を軽くボールに当てる。芸術的なループシュートは緩やかな軌道を描きながら高原の頭上を越えて、ゴールラインでバウンドしてネットへと吸い込まれていった。

 猛然とプレスを掛けたわけではないが、相手のプレーの傾向を読み、味方にボールに触れさせることなくチャンスを作り出した大前の判断力もまた、指揮官が求める“守備から攻撃への切り替え”といっていい。試合後の公式会見で、指揮官も山形戦以来、4試合ぶりにマークした先制点を称えた。

「ボールを取られた瞬間の切り替えを早くするところで、あのように(大前の存在を)確認もせずにパスしたあたりはある意味でラッキーだったと思いますけど、だからこそあの一対一を決められるかどうかが大事になる。キーパーが少しでも目についたら、おそらく(ゴールバーの上に)ふかしてしまうので」

 守っては試合出場に飢えていた本田が、積極果敢に相手ボールへアプローチを掛ける。ボランチが前へ前へとアグレッシブな守備を貫くことで、最終ラインも連動して高い位置をキープし、全体がコンパクトに保たれる。ザックジャパン時代に日本代表に招集されたこともある泥臭さと獰猛さを身上とする前キャプテンの復活ぶりを、指揮官も戦い方の幅が広がると笑顔で歓迎する。

「試合状況を見ながら経験を使ってくれることは、すごく大事だと思います。ただ、そういった実績が重くなるベテランゆえにいろいろと考えて憶病になることもあるので、そこは若い選手たち(の存在)も必要になる。うまく使いながら融合させていくこともまた大事になる」

 町田戦はベテラン本田の起用が奏功した。相手も最終ラインを高く保って応戦したため、必然的に背後に大きなスペースが生じる。「一発の縦パスでゴールを奪えるのでは……」という思いが攻め急ぎを招き、追加点を奪えない時間帯が続いたが、GK植草裕樹や最終ライン、そして本田を中心に体を張って町田の攻撃をシャットアウト。カウンターからチャンスをうかがい続ける。

 迎えた後半終了間際。ペナルティーエリア内に強引に切れ込んだ直後に倒され、PKを告げるホイッスルを耳にした瞬間、鄭大世は「俺たちには運がある」と思わずにはいられなかった。

「今は逆転で勝利する試合が本当に多いし、あのPKも(ファウルを)取る審判は取るし、取らない審判は取らない。自分たちはやるべきことをやっているし、そこに見えない力が働いている。それはJ1昇格へ向けてすごく大切なことで、そういう運がついてこなければJ1には上がれないと思うので」

 何も運を頼りにするわけではない。人事を尽くせば天命=運が訪れると鄭大世は強調したかったのだろう。6試合ぶりのゴールを決め、FW都倉賢(北海道コンサドーレ札幌)を置き去りにして得点ランキングの単独トップに立った。

 さらにそれからしばらくして、まさに吉報が飛び込んできた。ホームにファジアーノ岡山を迎え、同時間帯で戦っていた2位の松本山雅FCが、終了間際に喫したまさかの失点で引き分けた。この結果、岡山を抜いて4位に浮上した清水は、自動昇格圏内の松本と勝ち点5差に肉迫。わずか1カ月半前には「9」と開き、一時は4差まで詰めながら直接対決で痛恨の敗戦を喫していたJ1自動昇格圏を、再び視界に捉えられる状況になった。

 その松本との直接対決で0-1と苦杯をなめ、失意のどん底に叩き落とされたのが9月25日。悪い流れは10月2日の3位・C大阪戦の終了間際まで引きずられたが、89分にユース昇格2年目のFW北川航也が決めて同点とし、94分にはMF白崎凌兵が起死回生の逆転弾をゲット。強引かつ劇的に手繰り寄せたいい流れを、町田から奪った快勝に結びつけた。

 20歳の北川はすべて途中出場から8ゴールを挙げ、山梨学院高校加入5年目の白崎は、2013シーズンから2年間期限付き移籍したカターレ富山で身につけたハードワークを存分に発揮。23歳にして2列目の左サイドで必要不可欠な存在になった。

 今シーズンは後半アディショナルタイムに飛び出したゴールで逆転勝利を収めたのが、C大阪戦を含めて実に4試合。清水が演じてきた劇的すぎる試合展開は安定感に欠ける戦いと表裏一体とも言えたし、5位岡山と6位京都サンガF.C.を含めた上位チームから奪った白星はこの一つだけ。上位陣との直接対決で結果を出せていなかった事実も不安視されたが、J1昇格を争うシーズンの正念場に来て、これまで味わってきた苦労が“力”に昇華していると鄭大世は力を込める。

「シーズンが始まってからも取りこぼす試合が多かったけど、残り試合がどんどん少なくなる中で、今はしっかりと勝ち点3を奪えている。松本はパスで圧倒するチームではないし、僕らとやった時のようにガチンコの試合には強いけど、勝ち続けるのは難しいというか、勝ち点を取りこぼすこともあるスタイルだと思う。僕らももちろん難しい状況だけれど、今日みたいにしっかり勝ち切っていけば、絶対にチャンスが生まれる。残り7試合、自分たちができることに全力を尽くしたい」

 試合後の公式会見、小林伸二監督へ最後に“ユニーク”な質問が飛んだ。大前が離脱するまでPKキッカーを担っていた点を踏まえ、もし大前を72分でベンチに下げず、ピッチに立たせ続けていたら「(大前と鄭大世の)どちらがPKを蹴ったのか」と。指揮官は「どっちにしますかね」と、苦笑いしながらこう続けた。

「二人そろって『点を取れなくなっている』と言われたので、仲良く1点ずつ取らせたほうが良かったですかね。まあ二人はそろってずっと点を取っていなかったけど、マークされる分だけ他の選手が取れるようになる。そのうちまた彼らが取れるようになるし、ストライカーとはそういうものなので」

 清水が誇る攻撃陣の二枚看板、大前と鄭大世の“アベックゴール”は、8-0で快勝した5月28日のザスパクサツ群馬戦以来、実に20試合ぶりとなる。大前の負傷離脱もあったが、エースがそろい踏みを果たさない時期が4カ月以上も続いても、それでも総得点66は2位の札幌の55に大差をつけてリーグトップを走っている。

 大前と鄭大世がゴールで競演した4試合は3勝1分け。北川や白崎といった若手がたくましく成長し、そこに両エースによる“不敗神話”も再び幕を開けた。すでに直接対決を終えている松本、そしてC大阪へ。追う側の強みを生かし、白星を重ねてプレッシャーを掛け続けた先に待つ奇跡を信じて、清水がさらに勢いを加速させていく。

文=藤江直人

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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