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無観客試合レポート…声援なきピッチで戦い続けた選手たちが誓った未来

2014.03.24

Jリーグ史上初の無観客試合となった浦和vs清水 [写真]=清原茂樹

文/元川悦子

 春の到来を感じさせる穏やかな陽気に恵まれた3月3連休の最終日。埼玉スタジアムでは浦和レッズ対清水エスパルス戦が行われた。しかし大勢のサポーターで賑わうはずの浦和美園駅は閑散とし、スタジアムに向かう道すがらも警備員が立っているだけ。3月9日のサガン鳥栖戦での差別的横断幕掲示の処分でJリーグ史上初の無観客試合となったこの一戦は、開始前から異様なムードに包まれていた。
 
 スタジアム内も、ピッチ上には大勢のカメラマンが集まっていたが、スタンドは報道関係者以外、誰もいない。2005年6月にタイのバンコクで行われた日本代表対北朝鮮代表戦の時はもう少し関係者がおり、完全な無観客試合とは言えない状況だったが、今回の徹底ぶりはすさまじかった。

 まさに異種独特の空気が流れる中、両チームの選手が登場してくる。入場時の音楽や声援もなければ、エスコートキッズもいない。「練習試合みたいだった」と数人の選手たちもコメントしたが、普段のゲームとは何もかもが違っていた。


 こうなると、試合の入りは難しくなる。「埼スタはホームのサポーターの後押しがすごいからレッズの選手たちはやりにくかったと思う」と清水の本田拓也が語っていた通り、浦和の序盤は良くなかった。清水の小気味いいパスワークと連動した攻撃に圧倒され、押し込まれる。

 18分には大前元紀にフリーでシュートを打たれ、直後の左CKから六平光成が折り返したところを詰めた長沢駿に先制点を奪われてしまった。「お客さんがいなくて雰囲気が違ったからフワッと入ってしまったのかな」と梅崎司も反省していた。
 
 清水に1点をリードされ、ようやく目が覚めた浦和は、ここから本来の攻撃的なサッカーを見せ始める。原口元気が何度か惜しい形を迎えるが、なかなかゴールにつながらない。そこで、ペトロヴィッチ監督は後半頭から永田充とルーキー・関根貴大を投入。後半19分には李忠成も送り込み、猛烈な勢いで攻め立てた。

 その姿勢が後半31分、ようやく実る。起点を作ったのは若い関根だ。彼の右サイドでの強引な突破からの折り返しを李が落として、走りこんだ原口が豪快にゴール。やっとの思いで同点に追いついた。その後も彼らはスタジアムに足を運べなかったサポーターに勝利を捧げるべく果敢に敵陣に切り込んだが、あと一押しが足りない。

「1つ1つのプレーに対してのリアクションがあれば、もっと力強い一歩が踏み出せた。サポーターがあっての僕たちなのかなと改めて思いました」とは槙野智章。浦和は清水の3倍近いシュートを放ちながら、勝ち点3を手にすることができなかった。

「私はこの試合を楽しむことができなかった。ファンがいなくて声もなかった。美しいオレンジ、赤の戦いがなかった。試合内容に良い時間帯、悪い時間帯と波があったのも、ファンからのエネルギーがなかったからだ」と清水のゴトビ監督は会見で語気を強めた。

 Jリーグ初の無観客試合というのは、両チームの指揮官・選手たちに後味の悪さばかりを残した。そうなった直接的原因は、ご存じの通り、心ない浦和サポーターグループの差別的横断幕掲示である。しかし、それを止められなかったクラブ、Jリーグ、日本サッカー界にも責任はある。浦和は今後、抜本的な対策を講じていくというか、あらゆる方法で差別を完全撤廃することでしか、この日の代償を払うことはできないだろう。
 
「今日がレッズの再出発だとみんなで話をしましたし、この出来事を繰り返さないようにするしかない。サッカーというのはボール一つでできるし、誰とやっても楽しい。僕ら選手たちは影響力ある立場だから、そういうことを発信していかないといけないと思います」と、守護神・西川周作は日本代表の一員としての強い自覚を口にした。

 欧州でプレー経験があり、人種差別を身近に感じたことのある梅崎、槙野、李もそれぞれ決意を語っていた。

「こういうことが起きたのは残念だし、サッカー界だけじゃなく、日本全体、国と国の問題でもあると思います。スポーツは国境をまたげるものだし、誰もが熱狂できるもの。みんなで一喜一憂できるというのは本当に素晴らしい。それを僕ら選手が今一度理解し、背負ってかなきゃいけない。僕らが戦って、ゴールして、みんなが熱狂して、というポジティブな循環を浦和の町で起こしていければいいのかなと思います」(梅崎)

「僕もドイツで差別に近いことはありましたけど、日本ではあってはならない。ましてや日本を代表する浦和レッズというクラブでは絶対にあってはならないこと。僕はダメなものはダメだと発信すべきだと思う。自分の立ち位置を怖がって何も言わないんじゃなくて、チームが良くなるために前に出て行動するのが大事だと思ってます」(槙野)

「僕自身が難しい立場に立たされたことがあるから、この問題にいろいろ感じることはあります。ただ一つ言えるのは、スポーツは国とか差別とかを持ち込むものじゃない。こういう問題がなくなることを切に願ってますし、僕はサッカー選手としてプレーで見せていくことを心掛けています。イングランドのクラブなんかはそういう問題が起きたらすごくシビアに捉えているし、プレミアリーグはすごいなと思います」(李)

 とりわけ、差別的横断幕のターゲットにされたと言われる李が毅然とした態度を示したのは大きい。彼らはみな、チームを勝たせるために全身全霊を注いでいる。それをリスペクトしない人はサポーターとは言えない。

 応援する者のいない中で必死に戦い続けた選手たちの姿を、サッカーを取り巻く我々は決して忘れてはならない。その上で、この問題を真剣に考えていく契機にしたい。

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