2013.05.15

ドゥンガがJ20周年を祝福「成長を見れて大きな喜びを感じる」

ドゥンガ
Jリーグへの思いを語ったドゥンガ

 Jリーグは15日で、開幕20周年を迎えた。1993年5月15日に行われたヴェルディ川崎対横浜マリノスの一戦で産声を上げてから、10000試合以上の熱戦が繰り広げられてきた。節目のシーズンを迎え、ジュビロ磐田でプレーして黄金時代を築き上げた元ブラジル代表MFのドゥンガ氏が、『Jリーグ サッカーキング』6月号内のインタビューで、これまでの振り返りと今後への期待を語った。

「20周年を迎えたJリーグに心からお祝いの気持ちを表したいと思います。Jリーグでプレーできてとても幸せでした。日本人選手、日本代表、そしてJリーグが成長する姿を見ることができ、大きな喜びを感じています。私は今後のさらなる成長を遠くブラジルから願っていますよ」

―Jリーグでプレーすることを決断した理由を教えてください。
「Jリーグのことは鹿島アントラーズでプレーしていたジョルジーニョを始め、何人かのブラジル人選手から聞いていたので、磐田からオファーを受けた時は『こんなチャンスは二度とない』と興奮しました。自分がいわゆる“サッカー宣教師”となって、これから成長しようとしている日本サッカーに知識や経験を伝えることができる。それはとてつもなく大きなモチベーションになりました。もともと日本の文化に興味を持っていたこともありますが、当時のJリーグではワールドカップを経験したことのある選手が数多くプレーしていたんです。そのことも、私が日本行きを決断する上で非常に大きな後押しとなりました」

―加入当初のJリーグの印象を聞かせてください。戸惑いはありませんでしたか?
「ありませんでしたよ。Jリーグは当時から、ヨーロッパや南米と比較しても選手やスタッフが最高のパフォーマンスを発揮できる素晴らしい環境が整っていたと思いますから。ピッチコンディション、用具…。私がクラブに希望したことはすべて整備されていました。Jリーグ全体の運営組織も申し分なかったですね。サッカーは“カレンダー”が重要なスポーツですが、それも非常によく整備されていたと思います。選手がサッカーに集中できるよう、より良い環境を作ろうとする工夫もなされていました。ただ、一つだけ想定外だったことを挙げるとすれば、それは日本のサポーターは相手チームに野次を飛ばすためにスタジアムに足を運ぶのではなく、自分のチームを応援し、鼓舞するためにスタジアムに駆けつけていたということ。ブラジルやイタリアでプレーした私にとって、それはポジティブな意味での驚きでした」

―日本で過ごした約3年間について、日常生活についてはどんな思い出が残っていますか?
「ピッチの内外を問わず、海外から来た我々に対する尊敬の念や友情をいつも感じていました。私たちが彼らを理解するよりももっと深く、彼らが私たちを深く理解してくれたことに強く感謝している。サッカーの国からやって来た私がピッチ上で叫ぶ姿は、おそらく多くの日本人にとっては親しみを感じにくい“異文化”だったはず。それでも彼らは理解し、忍耐強く接し、私のことを受け入れてくれた。それだけじゃない。お互いがより深く理解できるように、日本人としての考え方を教えてくれたんだ」

―特に印象に残っている試合は?
「確か、97年のセカンドステージだったと思う。アウェイの浦和レッズ戦は優勝するために何が何でも勝たなければならない一戦だった。我々は延長戦でVゴール勝ちを収めたが、あの時、私は私が伝えたかったことをチームが完全に理解してくれたと感じた。それまでは確かに美しいサッカーをするチームだった。しかし、大事な試合ではいつも勝利から見放されていたんだ。シーズンの目標を4位や5位に設定することも、私にはよく理解できなかった。だからチームメートにはいつもこう言っていたんだ。『日本代表に選ばれたければ、まずはこのチームで結果を残さなければならない。そうすればメディアの注目を集めて、結果的には監督の気を引くこともできる』とね。チームメートはそれを理解し、大好きなサッカーの練習に取り組んでくれた。だから浦和にしっかりと勝利を収めて、97年のセカンドステージで優勝した時は、もう何も言うことはないと素直に思ったよ。なぜなら彼らは完全に理解してくれたんだ。磐田が他のどのチームよりも強く、相手がどこでも、ホームであれ、アウェイであれ、勝つためにピッチに立つということをね」

―その1997シーズンはMVPに輝くなど、あなた自身も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。
「そう言ってもらえるとうれしいよ(笑)。印象に残っているのは、私自身が直接FKでゴールを奪って優勝を決めた試合、確かジェフ市原(現千葉)戦だったと思う」

―その他に日本で印象に残っている試合はありますか?
「相手は忘れてしまったが、長らく連敗していたチーム(編集部注:京都パープルサンガ/現京都サンガF.C.)との対戦で、先制した直後に追いつかれて前半を折り返したことがある(1996 年8月31日Jリーグ第19節)。あの時、ロッカールームで私はこう言ったんだ。『俺たちは相手に負けているんじゃない。自分自身に負けているんだ! 俺たちのほうが強い! 絶対に勝とう!」とね。そして後半に勝ち越しゴールを決めて勝利することができた。まさに私が伝えようとしてきたことが、結果に結びついた試合だったと思う』

―今、外からJリーグを見て何か感じることはありますか?
「非常に多くの優秀な選手がプレーしているということだね。日本代表の試合はいつもチェックしているし、気になる選手はたくさんいる。Jリーグにおいては、ブラジルと同じ現象が起こっていると言えるだろうね。名門と言われた磐田や鹿島が順位を落とした時期があった一方で、それまで中堅に過ぎなかったクラブが良い成績を残している。それは日本全体で良いトレーニングが行われた成果であり、サッカー界全体のレベルが上がっていることを意味すると思う」

―では、Jリーグがさらなる発展を遂げるために必要なことは?
「Jリーグには非常に素晴らしい運営組織がある。良いサッカーをするために必要なのは良いグラウンドだ。Jリーグにはそれがある。それから先ほども言ったとおり“良いカレンダー”も大切な要素の一つだが、Jリーグはそれも持ち合わせている。言っておきたかったのは、これは世界中の国が持っているものではないということ。国民性や文化的な背景を含めて、日本だからこそ手に入れられるものと言えるだろうね」

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