新ユニ発表会に登場した選手たち。本田は「ヨーロッパのビッグクラブが着用しそうな雰囲気がある」と仕上がりに満足していた
6月18日、多くの報道陣に囲まれ、新ユニフォーム発表会に臨んだ選手たちの表情はこわばっていた。初めて日本を訪れた「ソルティーロ・アンコールFC」の選手たち。日本代表FW本田圭佑が実質的なオーナーを務めるカンボジア2部のクラブチームだ。
なぜ、カンボジアのチームが遠路はるばる日本にやって来たのか。そこには「プロとしての自覚を持てるきっかけにしたい」という本田の思いが込められている。
きっかけは日本代表戦(2015年11月)でカンボジアを訪れた時のことだ。本田は現地のサッカー人気を肌で感じつつも、彼らが抱く夢に「プロのサッカー選手になる」という選択肢がないとことを知った。本田はすぐに行動に出た。2016年11月、現地にサッカースクールを開校すると、同12月にはアマチュアクラブであった「シェムリアップ・アンコールFC」の経営権を取得。チーム名を「ソルティーロ・アンコールFC」に変え、運営をスタートさせた。
目標は来シーズンの1部昇格。しかし、本田にとってそれは通過点でしかない。カンボジアの子供たちに「夢」や「希望」を与えられてこそ、このプロジェクトは実を結ぶ。そのために、まずは「ソルティーロ・アンコールFC」の存在を知ってもらう必要があった。チームは今年3月、約10の学校を訪問して6000人ほどの子供たちと直接交流を図り、試合告知のステッカーを無料で配布。トラックに乗った選手がフラッグを振りながら市内を巡回した。その甲斐あってか、ホーム開幕戦には昨シーズンの平均観客数の4倍以上にあたる2500人の観客が集まった。「ソルティーロ・アンコールFC」が地元シェムリアップの人々に愛されるクラブになり得るという手応えを得た瞬間だった。
シーズン前半戦を暫定3位で終えたチームは、中断期間を利用して初来日を果たした。Jリーグを観戦したり、ソルティーロFC U-18(ユースチーム)の寮に宿泊したり、設備が整ったZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREAで練習をしたり……。まさに初めて尽くしの4日間だった。ちなみに、選手が最も気に入った日本食は「吉野家の牛丼」だったらしい。
18日には豪雨のなか、本田との合同練習も行われたが、選手たちは新ユニフォーム発表会での緊張しきった表情が嘘のように、生き生きとプレーしていた。「よくよく考えたら、僕が彼らの実力をしっかり生で体験するのは初めて」という本田は、急きょメニューを変更して8対8(20分×2本)のゲームを実施。練習後は選手たちに次のようなメッセージを送った。
「1、2カ月くらい前だったかな。嵐のような豪雨の日に試合があったんですよ。最初は一生懸命やらへんのかなと思ったんです。中止になるような雨で、やる気をなくしてしまうんじゃないかと。でも、すごく一生懸命だった。勝利に向かって頑張っている姿にすごく感動しました」
「勝つ、負ける、ということはすごく重要です。でも、ああいった天候が悪い時に一生懸命やるのは勝敗以上にさらに大事なことです。なんとか1部に昇格して、カンボジアの多くの子供たちのお手本となるような存在になってほしい。それを目指して頑張ってほしいと思います」
「ソルティーロ・アンコールFC」を急速に成長させた本田は、選手たちの目にはどのように映っているのだろうか。キャプテンのボンデット・スーンからこんな答えが返ってきた。
「選手としてだけではなく、人として素晴らしい方です。何かを決心する時はよく考えるようにと教えてくれました。本当に模範となる人です」
満面の笑みを浮かべるボンデットの現在の夢は、指導者になること。「プロサッカー選手」という一つの夢を叶えたからこそ、その先の新たな夢を見つけることができた。人工芝でのプレーや現役代表選手のレクチャー、そんな日本での経験は、彼の今後の人生のヒントになるだろう。
「ソルティーロ・アンコールFC」が今後どんなクラブに成長していくのか。どんなことでも吸収しようとする彼らの貪欲な姿勢を見ていると、地元で愛されるクラブになる日はそう遠くない気がする。チームスローガンは『Never Give Up!』。カンボジアの子供たちにとって「プロサッカー選手」が夢の選択肢となり、国全体のサッカーレベルを向上させ、国内の雇用を生み出していく――。尽きることのない野望を抱く本田圭佑もまた、貪欲に進み続ける。