2017.03.02

昨年末に脳梗塞発症のラモス氏が復帰会見「応援してくれたことは一生忘れない」

ラモス瑠偉
退院&復帰会見を行ったラモス瑠偉氏
サッカー総合情報サイト

 昨年12月に脳梗塞と診断され、活動を休止していた元日本代表MFラモス瑠偉氏が2日、東京都内で退院&復帰会見を行った。

 ラモス氏は昨年12月29日に体調の異変に気づき、救急車で搬送された病院で脳梗塞と診断された。「体が痙攣してベッドから落ちた。戻ろうとしたら、起き上がれなかった」と当時の様子を明かしたラモス氏は、「軽い気持ちでいたが、病院で先生から『脳梗塞です』と聞かされた瞬間、ビビりました。これで逝ってしまうんじゃないかなって…」と診断結果を知ったときの気持ちを振り返った。

 さらに「2週間は容態に変化があるかもしれない」という言葉を聞いたときには「再発があるのではないかと、心配で心配で、もう一度梗塞を起こしたら、それこそ逝くんじゃないかと。めずらしくマイナスのことばかりしか考えられなかったです。神様に、『もう一回、生きるチャンスを下さい』と祈っていました」と、不安に襲われていたことを明かすと、「私は神様を信じる。死ぬのは怖くないけど、仲間や妻、娘、息子に二度と会えなくなるのが辛かったんです」と涙ぐんだ。

 それでも、その後の2週間で行ったあらゆる検査で、「ドクターは、私の体がキレイすぎるから困っていました」というほど、問題は見当たらなかったという。そこからは、驚異的な回復力と意志の強さで過酷なリハビリに耐え、順調に復帰への道を歩んだ。

「最初は車椅子でしたけど、2日後には歩行器を使ってトイレに行くようになりました。今思い返してみたら、あれがいいリハビリになったと思います。母か丈夫な体に産んでくれたから、回復力がすごかったんです。リハビリセンターに行ったほうがいいと言われた時は嬉しかったし、また復帰したい、またサッカーがしたいと(思いました)。最初の病院では先生に内緒で廊下や階段を何往復もしたり、内緒でリハビリをやっていました」

 最初は左半身に力が入らず、「バンザイもできない、足も伸ばせない。なんでできないのかな。イライラしました」という状態だったが、「戻すためにどうしたら良いかなと考えて、サッカーだったらどうするかなと思い、サッカーボールを用意してもらったんです。まず右足でリフティングをやって、次に左でやったら、できるようになったんです」と、リハビリにサッカーを取り入れたことで大きく改善。現役時代は左足だけでは「20回」しかできなかったリフティングが「25回」できるまでに回復した。

 その後は「走って家に帰る」という目標のもと、厳しいリハビリをこなし、2月14日にリハビリテーション病院を退院。同27日にMRI検査を行った結果、新たな脳梗塞は見つからず、順調に血液が流れていることが確認された。

 そしてラモス氏は、「4月から仕事に復帰してもかまわないと言われた。それが嬉しくて、それを皆さんに伝えたくて、会見を開きました」と、4月から仕事に復帰することを明かした。


 続けて、「一つこの場を借りて言いたいのは、『ラモスは運が良かったな』とは思わないでください。神様が、『お前はまだまだ世の中の役に立たなくちゃいけない。宿命が終わっていない』と言ってくれたんだと思います。妻、娘、息子、いいドクターに恵まれた。ラッキーとか運とかじゃない。乗り越えられない試練なんか与えられない。まだまだ、やりたいこともいっぱいあります」と、周囲の支えや強い意志があったからこそ耐えることができたと主張。さらに、リハビリ中に支えてくれた人々に対し、涙ながらに感謝の言葉を述べると、今後の活動への意気込みも語った。

「自分の力だけで乗り越えられたわけじゃないです。全国から、海外からお祈りとか『頑張れラモス』って言ってくれた。それがなければここまでこれなかったと思います。応援してくれたことは一生忘れません」

「神様がもう一回、人生を与えてくれたから、日本の子どもたちといろいろなことをやっていきたい。『夢を諦めない』というテーマでいろいろなことをしていきたい。日本のサッカー界にも関わっていきたいです」

 その後行われた質疑応答で「今一番、なにがしたいですか」という質問を受けたラモス氏は「岡田(武史)監督のもとでプレーしたいです」と夢を明かすと、写真撮影の際に渡されたサッカーボールを使ってリフティングも披露。4月1日の仕事復帰へ向け、元気な姿を見せてくれた。

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