2017.11.08

永里優季が“女子プロサッカー選手”にこだわる理由。現役中に起業してまで伝えたい技術と思いと生き様が、そこにはある

1984年10月31日生まれ。山梨県甲府市出身。日本ジャーナリスト専門学校⇒編集プロダクション⇒フットサル専門誌⇒2011年からフリーとなりライター&エディター&カメラマンとして活動。元ROOTS編集長。現在はfutsalEDGE(http://www.futsaledge.jp )などで執筆中。

 今年5月、ドイツからアメリカに新天地を求めた永里優季は、シカゴ・レッドスターズでの最初のシーズンを終えて10月に帰国。28日には、山梨県・富士緑の休暇村で行われていた「フジビレッジカップ ガールズチャレンジ2017」に登場し、ジュニア年代の女子選手に向けたクリニックを実施。台風の影響により強い雨の中でのイベントとなったが、「世界ではこれがないとサッカーにならない」という基礎技術の重要性を、選手に伝授した。

 ただ今回のクリニックは、単なる“サッカー教室”ではなかった。短時間ながらも彼女が伝えたかったこととは何か。そして、その背景にある真の思いとは何だったのか――。

永里優季という、唯一無二の存在


 永里優季、言わずと知れた、女子サッカーで日本最高峰のストライカーだ。でもそれだけじゃない。彼女は「女子プロサッカー選手」、「女性アスリート」といった〝肩書き〟を抜きにしても、日本が世界に誇れる傑物だと思う。彼女の生き方はもはや、唯一無二のものだからだ。

 日本で「女子プロサッカー選手」という言葉がほとんど聞かれなかった時代、永里は、アメリカでプロ選手としての道を切り拓いた澤穂希という先駆者の姿に勇気づけられ、中学生の頃にはもう、「プロサッカー選手になる」という明確な将来の目標を設定していた。

 16歳で日本女子代表に選ばれ、3年後の2007年にFIFA女子ワールドカップを経験。国内では、日テレ・ベレーザで頭角を現し、「プロになる」と〝公言〟したおよそ10年後の2010年、1.FFCトゥルビネ・ポツダムへと移籍。その年にいきなり、日本人として初めてUEFA女子チャンピオンズリーグを制覇すると、2012-13シーズンにはブンデスリーガの得点王に輝いた。

 そしてもちろん、2011年のFIFA女子W杯優勝で日本中に“なでしこブーム”が巻き起こったその時も、なでしこジャパンの中心メンバーとしてピッチに立ち続けていた。

 そして2013年、栄光を手にしたドイツを離れてイングランドへ渡り、2015年からは再びドイツでプレーした後、今年、女子サッカー大国に踏み入った。シカゴでは、いきなりの負傷離脱で出遅れたが、8月にデビューしてからは、重要な戦力としてシーズン終盤を戦った。

 夢を追い続けたサッカー少女は今年7月、30歳を迎えた。彼女は、人生のもはや半数以上を捧げたサッカーにおけるあらゆる成功や失敗、数々の経験を通して、「永里優季」を形作ってきたなかでもっとも大切な「情熱」というものを、その身に宿してきたようだった。

 彼女の中には今、自分の手の届く範囲だけではなく、今はまだ届かないところも含めて、それこそ世界中すべてを変えてしまいそうなほどにエネルギッシュな情熱で満ちあふれている。

“なでしこブーム”が去った今、永里が起業したワケ

「自分が楽しく生きていることを伝えたい。だって、楽しく生きていけない職業なんて、だれも目指したくないと思うから。毎日が幸せで、楽しくて、充実していると伝えたい」

 笑いながらそう話す言葉に、今の永里の思いは集約されている。彼女は現役選手として第一線でプレーを続けながら、自分の技術や経験など、持てるものすべてをさらけ出して、日本の女子サッカー界を根本から変えようと思い描いているのだ。その裏には、大きな危機感がある。

 女子サッカーに対して、いまだに「プロ」という認識を持つ人は多くない。実際、なでしこリーグの選手は選手生活から離れた職場で働き、就業外の時間で練習に参加する〝掛け持ち〟がほとんどだという。そうした状況は、日本ではメジャーとは呼べない競技、例えば日本最高峰のフットサルリーグ「Fリーグ」の実情などとも重なるところがある。

 リーグには、選手の登録や管理の都合上、クラブから選手に給与などの金銭の支払いが発生する場合、「プロ契約」を結ぶ規定がある。だからリーグは「プロリーグ」となり、チームも「プロクラブ」と、表面的には言われる。ただ選手の現実は、〝給与だけで生活できる〟水準になく、プロ野球やJリーグ、海外サッカーにイメージされるような「プロ」とは掛け離れている。

 なでしこジャパンが世界一に輝いてから、なでしこリーグや、そこで戦う選手たちの現状がメディアで取り上げられるようになり、掛け持ちでプレーする選手のエピソードやドキュメンタリーが報道されるようになった。でも6年後の今、現状は大きく変わらないという。一時は爆発的に伸びた観客数も、今となっては低空飛行を続け、各クラブが抱える〝給与だけで生活できる〟プロ契約選手の数も、ほとんど増えていない。

 なでしこリーグに興味を持つ企業が増え、クラブのスポンサーが多少なりとも拡充されてきたことで、スポンサー企業に雇用してもらいながら、ある程度は融通の利く環境をつかみ取った選手は、確かに増えたという。でも一方で、劇的な環境の良化を実感する選手は少ない。国内外の多くの女子選手と交流を持ち、現状を肌で感じている永里もまた、〝なでしこブーム〟をピークに、「状況は良くなるどころか、悪くなっている」と、言葉を濁さない。

 だからこそ彼女は、自ら考え、行動を起こした。

 2017年7月、永里は自身のブログ上で「株式会社Leidenschaft(ライデンシャフト)」の設立を報告。なでしこジャパンで一緒に戦った実妹・亜紗乃とともに、姉妹が心からやりたいこと、伝えたいことを明確に形にしていくための手段として、会社を立ち上げたのだ。

永里が女子プロサッカー選手として伝えたいこと


 その狙いの一つは、日本が将来、世界のトップレベルで戦っていくためのベースを築くこと。子供へのアプローチはもちろん、指導者や保護者にまで伝承するイメージを持っている。

「女子サッカーには、選手を教えられる指導者が少ない。今回のクリニックでも基礎技術の大切さを伝えたが、止める、蹴る、運ぶといった部分がないと世界ではサッカーにならない。戦術どうこうの前に、本質の部分に立ち返って、小さい頃から積み重ねていかないといけない。それに、例えば一つのパスやトラップを追究していくと、どんどんプレーの質が高くなっていく。突き詰めれば突き詰めるほどキリがないけれど、今はそれが本当に楽しいと感じている」

 永里は2013年から、元Jリーガーの中西哲生が伝承する〝中西メソッド〟の体現者として、一緒にトレーニングを続け、自らのプレーでその効果を検証、実証してきた。「トップ選手の技術は、どのようにして生まれているのか。例えば、ビタッと止まったトラップの成功体験を因数分解のように分析して、どうしてできたのかを言語化していく。そのためには知識も必要で、本もたくさん読んだ。呼吸や関節、眼球などの細部にいたるまで、カラダのあらゆることを学び続けている」。こうした〝仮説と検証〟の作業は、現役選手だからこそ価値があるのだという。

 そしてもう一つ、技術とともに彼女が伝えたいのは、自身の生き方そのものである。

「日本の女子サッカーは今、選手以外の職場があり、むしろそっちがベースで、その上でプレーできるようならサッカーをするというような状況。でもそれを、プロになれることが当たり前で、その上さらに違うことにもチャレンジできることが当たり前となるようにしたい」

 昨今、「セカンドキャリア」という言葉が見直され始め、アスリートの“現役時”と“引退後”のキャリアを隔てない「デュアルキャリア」という概念が広がりを見せている。選手は、アスリートであると同時に、社会に生きる一人の人間であり、キャリアとは、その人の人生そのものを指し示す。だから永里は、選手を目指すことに迷ってしまうような日本女子サッカーの環境を変えたいと考えているのだ。「女子プロサッカー選手を、心からなりたいと思える職業にしたい」。それこそが、永里が会社を立ち上げた根本にある思いに他ならない。

 彼女には、自身の教訓から、子供たちに伝えたいことがあるという。

「日本代表に入りたい。オリンピックに出たい。W杯に出たい。海外で活躍したい。そういう目標は大事だけど、じゃあ日本代表に入って何をしたいのか。その目的まで考えてほしい」

 小さい頃から明確に目標を定め、それを叶えるためにどうすべきかを追究してきた永里は、2016年3月、リオ・オリンピックの出場権を逃す失態に直面して「路頭に迷った」。日本代表に選ばれることや、オリンピックに出場することの先に明確な目的がなかったことが、彼女に大きな喪失感を覚えさせた。「もし、小さい頃から目標の先にある目的を考えられていたら、もっと違う生き方があったかもしれない。それが一番、後悔していること」。

 目標は決して、ゴールではない。だからこそ、目的を持って行動し、自分と向き合い、逃げ出すことなく、日々を丁寧に生きていくことが大切――。

「人生はサッカーだけではない。ちゃんと目的意識を持っていないと、死ぬまで充実した人生を生きられないと思う(笑)」

 到達点のない人生にこそ、意義がある。彼女は迷いながらも、そういう生き方に気がついた。その技術は世界で通用するメソッドとなり、その思いは女子サッカーを飛び越えてアスリートの価値を示し、その生き様は、社会に影響を与えるほどに大きなものとなった。

 彼女だけが貫き、世界の舞台で証明してきたものがある。だから人は誰も、永里優季にはなれない。でも一方で、人は誰でも、永里優季のように生きられる。サッカー選手であっても、そうでなくても関係ない。ただ自分だけの人生を、「最高に幸せだ」と言えるように――。

取材・写真・文=本田好伸

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