2017.02.14

被災したベガルタがアフリカの大地に残した足跡

ちょんまげ姿がすっかりおなじみ、日本・世界を飛び回る日本代表サポーター

■被災したベガルタがアフリカの大地に残した足跡

 まもなく、未曾有の大震災から6年を迎えようとしています。震災の少し前の2011年1月、ベガルタ仙台はサッカー発展途上にあるアフリカのエチオピアにコーチ2名を派遣しました。首都アジスアベバから北に約600㎞、世界遺産の“岩窟教会群”で知られるラリベラの子どもたちとコーチ陣にサッカーの指導を行ったのです。

 ベガルタを招聘したのは環境NGO「フー太郎の森基金」主宰の新妻香織さん。福島県相馬市を拠点に17年前からエチオピアに植林を継続し、300万本の木を植える人です。あの時、彼女も被災し実家は流されました。それでもエチオピア支援を中断する選択肢はありませんでした。

 これだけの偉業を成しても、フー太郎の名が周知されることは少なく、その彼女が目を付けたのが同じ東北のサッカーチーム。陸の孤島のようなアフリカ地で、どんなに貧しくても、古着を丸めて作ったボールをみんなが蹴っていたからです。

「サッカーは全ての場所に存在したのです」

 彼女の目論見は当たりまし。同時開催のベガルタカップは2011年以降も毎年継続され、2年に1度のコーチ派遣は2013年にも行われました。その際祭に被災地支援を継続する僕等ちょんまげ隊が同行し縁が出来ました。とてもびっくりしたのは、最初のコーチ派遣から2年の歳月を経ているのに、日本人を見ると「ベガルタ!ベガルタ!」と何十人もの人が声をかけてくるのです。17年間この地を支援する「フー太郎」ではなく「ベガルタ」と。アフリカにおけるサッカーの影響力を体感しました。

 その時の僕の最初の印象は、練習や準備は最優先事項ではないのかな?と思いました。なぜなら練習は下手でボール回しなど続かないのです。それなのに、試合になると、まるでチーターが獲物を仕留めるようなスピードでボールにアタックするのです。標高2600m、しかも石がゴロゴロしている砂埃のグランドで、ですよ。体幹、バランス、持久力、オリンピックの陸上競技でメダルを量産する源を見た気がしました。

 日程が合わず、最近コーチ派遣は実現していませんが、ベガルタカップのオーガナイザーとしてちょんまげ隊が現地に赴きます。去年に引き続き、今年2017年もエチオピアに来ています。今この文はベガルタカップを終え、宿で書いているところです。試合前の様子を見ると、2011年、2013年にベガルタが残した教えを守り、「練習」という概念が根付いてきているように思えました。去年の賞品のベガルタユニを着た子ども達が、誇らしげに「僕はチャンピンなんだ」とドヤ顔で寄って来るのもほほえましいです。

 大会を主催する「ラリベラ・スポーツ・オフィス」から「もっとユニフォームやボールが欲しい」との要請に応え、去年から愛媛県松山市のスポーツ少年団の重鎮、友近誠さんから、使わなくなったユニフォームの提供を受け、それでも足りない分を今年からは岡山県高梁のスポーツ少年団や吉備国際大学サッカー部や熊本国府高校サッカー部、福島県新地高校サッカー部から中古のユニフォームやボールを提供してもらいました。ラリベラ中のチームが一年かけてトーナメント戦を勝ち抜き、全てのカテゴリーの優勝&準優勝チーム100名以上の選手がこれらの賞品を得るのです。

 ただ貧困国への物的支援は難しく、子ども達が旅行者を見て「何かくれないか?」と笑顔で物乞いをするのは、その地を訪れ、簡単に物やお金を渡す旅行者のせいだと考えます。なので、直接子ども達に何かを渡すことはしないようにしています。それはネパールやカンボジアでも同じです。学校や大会を通じて、がんばったご褒美として渡すのが苦肉の策。実は、それさえも良くないという人もあります。それを理解した上で、貧困故に何かのチャンスを諦めていた子どもたちが、ささやかな日本からの贈り物で、夢へのチャンスが開かれるのなら、僕は支援を継続したいと思うのです。世界中どの国でも、アマチュアの大会でさえ、MVPに賞品が贈られて、それに文句を言う人はいないと考えます。

 一度のベガルタカップのお陰か、29歳以下の若者が35000人いるラリベラでサッカー人口は10540人。10チームくらいしかなかったサッカーチームが、今年はU13が29チーム、U15が14チーム、U17が12チーム、O17が8チームに増えたとスポーツオフィスは公表しています。

 翌日はラリベラ代表と北部にある地方都市メケレの代表が公式戦をしました。その時代表が着ていたユニフォームがなんとベガルタ仙台。去年スポーツオフィスに進呈した物です。背中には背番号がプリントされていました。

 いつの日かベガルタカップを経た若者が、この小さな地方都市ラリベラからエチオピア代表になり、ワールドカップの地に立つ夢をかなえるかもしれません。一つだけ不満があるとすれば、ラリベラの人々が日本人を見るとすぐに「ベガルタ」と呼ぶのだけはやめて欲しいと毎年思います。そろそろ「ツンさん」を覚えてほしいなぁ~wと…。つくづくベガルタの偉大な足跡をアフリカの地で思い知らされるのです。

 

 実は、このベガルタカップにインスパイアされ、ネパール地震から二年目の今年4月、災害の大きかった標高1400mの村で学習コンクールを企画しています。音楽や美術のカテゴリーで優秀者を表彰するのです。勉強以外にも夢の扉があることを伝えたい。これはベガルタカップから学んだことです。まもなく東日本大震災から6年。東北から学んだ沢山のことを伝えたいし、実践したい。また今回の愛媛、熊本、岡山の人たちのように、被災地や貧困の国に直接行かなくても、支援のパスは渡せます。この事を沢山の人に伝えられると僕は嬉しいです。

「僕等はサッカーでつながることができます。様々な世界と」

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