FOLLOW US

「スポーツビジネスのトップランナーに聞く」 第5回:田宮直人さん(アルビレックス新潟シンガポール) <後編>

2019.01.31

 「サッカー」というキーワードをもとに、国境を越えてさまざまな事業を仕掛けていく。そのベースには、「日本の若者が海外に出ていくためのルートを増やしたい」という思いがある。アルビレックス新潟シンガポールのコンセプトは、もしかしたら「教育」という言葉が近いのかもしれない。田宮直人さんにインタビューして、アジアでのビジネス展開の話を聞きながら、そんなことを思った。詳しくは前編を読んでいただきたい。

 田宮さん自身、海外生活は10年を超える。アジアのさまざまな国に滞在し、日本とは言葉も文化も違う環境で仕事をする難しさと、楽しさを味わった。その経験は、田宮さんにどんな意識の変化をもたらしたのだろうか。ぜひ正直な心境を聞いてみたいと思った。

 田宮さんが語る「海外キャリア」とは、漠然とした憧れやイメージではない。国や地域ごとに変化するビジネスチャンスの山があり、国境を越えるためのキーワードとして「サッカー」がある。彼の言葉は淀みなく、わかりやすく整理されている。きちんとものを考えている人の言葉だと、すぐにわかる。

 株式会社フロムワンが運営するFROMONE SPORTS ACADEMYでは、2月8日(金)に田宮さんを招き、セミナーを開催する。海外で働くことに興味がある方は、取りあえず田宮さんのわかりやすい話を聞いて、背中を押されてみたらいいと思います。

 

アルビレックス新潟シンガポールはただのサッカークラブではなく、地域に根づきながら多角的な事業を手がけている

──アルビレックス新潟シンガポールを軸にしつつ、ミャンマーやマレーシア、バルセロナの事業も動かしている。スポーツビジネスとしてはなかなかおもしろいモデルだと思います。ただ、田宮さん自身はもともとスポーツビジネス業界の人ではないんですよね?

田宮 そうです。ずっと生命保険会社で働いていたんですね。ただ、お客さんに保険を売るという仕事ではなくて、海外の会社をM&Aで買収したり、新たに海外に会社を作り、新しいマーケットを作る、というような仕事をずっとやってました。アジアを中心に保険会社を増やしていくという。それを15年ぐらいやっていましたね。

──つまり、もとから海外志向というか、日本の外で仕事をしたいと考えていたんですか。

田宮 いや、それが全く。学生時代も海外に出たいなんて思っていなくて。ずっとアメフトをやってたんです。大学時代には社会人を倒して日本一になったこともあるんですよ。

──ものすごい成績じゃないですか。

田宮 ただ、そこからプロになるというレベルには到底なかったので、普通に就職活動したんです。そのときに思っていたのは、自分はずっとアメフトで、自分を武器にして戦ってきた。だから社会に出ても、人間性を磨きながら自分を武器にして戦いたかったんですね。たとえば自分が自動車のディーラーだったら、いくら僕が「買ってくださいよ」と言っても、お客さんは車のデザインや性能を見るわけですよね。そこに自分の人間性はあまり関係ない。

──商品の良し悪しですよね。

田宮 ええ。でも金融の世界なら、お客さんが自分のお金を誰に預けるかというときに、人間性で勝負できるのかなと。さらに、生命保険なら、いろいろなライフステージでお客さんのことを考えながら寄り添っていけると思ったんです。だから海外に行くとか、全く考えてなかったんですよ。

──それがどうして、アジアでM&Aをすることになったんですか?

田宮 たぶん、アメフトをやっていたからじゃないですかね(笑)。会社が海外に目を向けて、新しいマーケットを開拓しようと考えたとき、「こいつならどの国に送り込んでも大丈夫だろう」と(笑)。

──取りあえず体力はあるし、根性もあるし(笑)。社会人になってからいろんなところに送り込まれたと。それは鍛えられたでしょうね。

田宮 そうですね。最初は中国だったんです。10年以上前で、ちょうど反日デモがすごい時期で。「なんでこんなところに……」と思っていたんですけど、行ってみるとリニアモーターカーは走っているし、日本より高いビルもたくさんあるし、自分がテレビで見てきたようなイメージとは全然違うわけです。反日デモにしても、みんなが日本を嫌って活動しているのかというと、そんなこともない。若い人たちはむしろ、日本のファッションとか文化にすごく興味を持っていたりする。それまでの固定観念を覆される体験をしてから、海外のいろんな文化を知るのが楽しくなってしまって(笑)。その後はずっと海外です。中国、ベトナム、インドネシア、シンガポールですね。シンガポールに駐在している間に、アルビレックス新潟シンガポールを知って、「これはおもしろそうだ」と。自分の専門であるM&Aの発想をスポーツに持ち込んだら、もっとおもしろいことができるんじゃないかと思ったんですよね。

──なるほど。もともとはかなり本格的にスポーツをしていたけども、スポーツ業界に興味はなかった。それがシンガポールでもう一度「スポーツ」というキーワードが現れたんですね。とはいえ、すぐに決断できたわけじゃないですよね? 生命保険会社だったら生活は安定してるじゃないですか。

田宮 いや、意外とノリで動くというか、思い立ったらすぐ動く性格なんです。最初に代表の是永(大輔/現アルビレックス新潟 代表取締役社長)に会ったとき、おもしろそうだなと思って、その場で握手という感じだったんですよ。後になって実際に転職するまでの間に「大丈夫なのかな」と不安になった時期もあったんですけど(笑)。ただ、それまでずっと生命保険会社にいて、海外の会社をこれだけ買収してきましたとか、ちょっと偉そうに言い始めている自分もいたんですね。じゃあ実際、お前の実力はどれぐらいなんだと。それを試したかったという気持ちもあります。

──これまでに身につけたもので勝負してみたいと。その気持ちはちょっとわかります。それで転職されたのが2017年。ちょうど2年が経ちますが、ここまでの手応えはどうですか。

田宮 移ってよかったです。シンガポールだけじゃなく、バルセロナの事業も見ていますし、ミャンマーにきちんとした法人を立ち上げたり、シンガポール・香港にヘルスケアの会社を作ったり。テンポよく、いろいろとおもしろいことができているので、非常にやりがいはあります。

田宮直人(たみや・なおと)さん
Albirex Singapore Pte. Ltd. Chief Strategy Officer

──ひとつお聞きしたいことがあって。僕のように、本当にドメスティックな環境で生きてきた身からすると、「海外で仕事をする」というのはなかなか想像しにくいところがあるんですね。田宮さんはアジアのさまざまな国々で仕事をしてきて、どんな意識の変化がありましたか?

田宮 一番大きいのは価値観ですね。結局は「ダイバーシティ」(多様性)という言葉に着地すると思います。

──ダイバーシティ。日本ではもう流行語みたいになってますけども。

田宮 そうですね。でも、ひとつ見落とされているのは「多様な価値観を認める」という考えのベースには、「自分のアイデンティティを認識する」ということがあるんですよ。日本から出て海外で暮らしてみると、結局は「自分は何者なんだろう」という問いが重要になってくるんです。それは事業でも同じことで、「アルビレックス新潟シンガポール」とは何だろうと考えると、「日本人」とか「サッカー」とか、いろんなキーワードが結びついてくる。だけど海外のいろいろな価値観を知っていけば、もっといろいろなキーワードが増やせる。「ダイバーシティを認める」というのは、そういうイメージなんですよね。

──すごく納得します。ダイバーシティって最近、一種の合い言葉みたいになっていて、すぐにジェンダーや人種の問題に結びつくんです。その前に、僕たち全員が一人ひとり、全く違う存在だろうと。だとしたらまず、それぞれ自分は何者なんだろう、という話があるべきだと思うんですよ。

田宮 価値観が違う人間のグループがあるわけじゃなくて、結局は人と人との関係ですからね。それぞれにいろんな価値観があっていいわけです。そのときに、「自分はこういう人間だ」と語れるようにしておく。それが最低限、必要なことだと思います。

──ちなみに、語学はどうやって勉強されたんですか?

田宮 全部行き当たりばったりですね(笑)。まず中国語は全く話せなかったので、3カ月くらい語学学校に通ってから現地に行ったんです。初日にレストランへ行って、メニューを見たら全くわからない。「これ」と頼んだら、茹でた味のない白菜が出てきて「これはヤバイぞ」と思いました(笑)。そこから必死で勉強しましたね。やっぱり言葉を話せないと厳しいので、自然に環境が追い込んでくれた感じです。本当にヤバイと思ったら、人間はやれるものなんだ、と知りましたね(笑)。

──最後に少し、2月に予定されているセミナーのお話を。「海外でサッカーに関わる仕事」という切り口で、業界に興味がある人たち、学生さんもたくさんいると思うんですけど、彼らにどういうことを伝えたいと考えていらっしゃいますか。

田宮 まず「サッカーがすごく好きだけど、将来どうしよう」と悩んでいる方は、取りあえず来ていただきたいですね。というのは、「サッカー業界で働きたい」と思ったとき、どういう道があるかと言えば、サッカークラブ、メディア業界、広告業界……つまり「業界」という区切りになってくるんですよ。でも、我々がアルビレックス新潟シンガポールでやっていることは、確かにサッカークラブではあるんですけど、国や地域によって少しずつやることを変えて、違うものを組み合わせていくような試みなんですね。そうすると、社会人の方であれば、まず転職を考える前に、自分が所属している会社でも「サッカー」を組み合わせて何かできるかもしれない。そういう選択肢としてのアイデアをお話しして、少しイメージをつかんでいただけるといいなと。

──なるほど。「サッカー業界」と言うと、何かそういう世界がありそうな気がしますけど、実際は本当にさまざまな仕事の集合体ですもんね。これっていう正解があるわけじゃないですから。

田宮 結局はそれぞれが「こういうことをしてみたらどうだろう?」というアイデアを、まずトライするかしないか。その違いだけだと思うんですね。ただ、まず一歩を踏み出す、その一歩の大きさは人によって感覚が違うので、少しでも前に進めるようなことをお伝えできればと思っています。

──田宮さん個人としては、今後どんなビジョンをお持ちですか。アメフトで何かやってみよう、とか。

田宮 やってみたいですね。アメフトはまだまだアメリカ人中心のスポーツになっている部分があるんですけど、やっぱりエンターテイメントとしてライブ感を楽しめるスポーツなんですね。そういう演出がとても上手なので、他のスポーツでも参考にできるところがあると思います。あとは、シンガポール・香港に自らCEOとして新しくヘルスケアの会社を立ち上げたので、スポーツとヘルスケアを組み合わせた仕事もやりたいなと。みんながハッピーで長く楽しく生きられるような、そういう世界を作るお手伝いをしたいんです。

──なるほど。生命保険会社からスポーツを経由してヘルスケアっていうのは、何というか美しいストーリーですね。

田宮 ヘルスケアって重要なことなのに、本腰を入れて意識している人はあまり多くはないんですよね。そこにスポーツのようなワクワク感を持たせて、楽しみながら健康に生きていけるような仕組みがあったらと思っていて。メンタルヘルスも含めて、チャレンジしていきたいと思っています。

インタビュー前編はこちら

▼FROMONE SPORTS ACADEMYでは、田宮直人さんの特別セミナーを実施します▼


『人材を活かしたグローバル戦略!』アルビレックス新潟シンガポール特別セミナー

By 坂本 聡

雑誌版SOCCER KINGの元編集長。前身の『ワールドサッカーキング』ではプレミアリーグやブンデスリーガを担当し、現在はJリーグが主戦場。心のクラブはサンダーランドと名古屋グランパス。

SHARE

LATEST ARTICLE最新記事

SOCCERKING VIDEO