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サッカー選手が安易にビジネスに手を出すのはリスクあり…オフの過ごし方がセカンドキャリアの成功につながる

2018.07.19

 ピッチの外からも日本サッカー界の在り方を理解する。そしてサッカーをより深く楽しむ。連載『あなたのJリーグライフがもっと充実! 5分でわかるサッカービジネス講座』のテーマは、そこにあります。

 今回は税理士法人猪股会計の代表を務める猪股宏之(いのまた・ひろゆき)さんを講師に迎えました。、公認会計士や税理士といった立場から、プロスポーツチームのコンサルティングや、50人を超えるアスリートの財務サポートを行う猪股さんが「プロサッカー選手とお金」に焦点を絞り、サッカーファンのあなたに新たな気づきを提供してくれます。現役のサッカー選手がビジネスに乗り出すには、熟考すべき要素がいくつもあるようです。

構成=菅野浩二
写真=瀬藤尚美
協力=公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル、税理士法人猪股会計

サッカー選手はマンションや一軒家を買うべきか?

 これからお話する内容には蹴球王太郎という架空の選手が登場します。「プロサッカー選手とお金」のあれこれをわかりやすく理解してもらうためで、今回の舞台は今より少し未来の2022年の秋になります。

 蹴球選手はプロ5年目のストライカー。高卒で加入したJ1の名門クラブのエースとして確固たる地位を築いています。一方、2022年のワールドカップではアジア予選で数ゴールを決める働きを見せながら、本大会には招集されず、悔しい思いを味わうことになりました。

 夢のワールドカップ出場は先送りとなったものの、20歳の時に高校の同級生と結婚し、安定した生活を手に入れたためか、現在の年俸は2000万円と選手としての評価はしっかりと上げています。今では1歳のお子さんがいて、モチベーションもさらに高まっているようです。

 財務サポートを行う私ども税理士法人猪股会計のアドバイスも真摯に受け止め、現在は1100万円ほどの貯蓄があります。私が蹴球選手と初めて会った時に伝えた「引退時に最低でも1000万円の貯蓄額があるようにするといいと思います」という金額はすでにクリアしており、仮に大けがなどで予期せぬ引退を強いられたとしても、セカンドキャリアについて熟考する余裕はあるといえるでしょう。

「税金」「貯蓄」「運用」「保険」「サポート体制」「スキル」「セカンドキャリア」という7つを支える“チーム体制”は万全で、「サポート体制」は実績のあるマネジメント会社の後押しを受けています。「保険」の部分でいうと、家族ができたこともあり、有事に備えて生命保険に加入。運用に関しては、不動産投資や投資信託など売り込みがいくつもあったようですが、「王道は貯蓄」という言葉を守り、今のところ元本が保証される「決済性預金」での貯蓄のみに絞っているようです。

 ある日、2つの相談があるというメールが送られてきました。そこで、練習がオフの月曜日、蹴球選手に会うことが決まりました。最初に会ったクラブハウス近くの喫茶店が以降、私たちの打ち合わせの場所となり、今回もその純喫茶で話を聞くことになりました。

「猪股さん、実はマンションか一軒家を買おうかと思い始めているんです。子どもも生まれましたし、今の賃貸マンションは少し手狭になってしまって」

 この手の相談はお子さんが生まれたプロアスリートからよく受けるものです。その際、私が最初に言う言葉は決まっています。蹴球選手には同じ言葉をぶつけました。

「蹴球選手は今のクラブで引退までプレーするイメージでいますか? そして、引退後もそこで生活するつもりですか? その気持ちが固いのであれば購入してもいいと思います」

 すると、蹴球選手は押し黙ってしまいました。予想どおりの反応です。プロ1年目から「海外リーグでもプレーしたい」という思いを抱いており、その夢はまだ果たせていないからです。

 私は口をつぐんだままの蹴球選手にこう話しました。

「マンションか一軒家を買っても、その後売ったり貸したりすることもできます。仮に別のクラブに移っても、自分は単身赴任となって、移籍先の住居代は確定申告の時に『地代家賃』として経費に計上できると思います。ただ、今後移籍する可能性があるうちにローンまで組んで今の場所に家を買うのが大きなメリットがあるのかどうかはじっくり考えたほうがいいですね。今までより広いマンションを借りるのは一つの考え方です。今の時期はお子さんの将来の教育資金として学資保険の検討もありですね」

プレーで自分の値打ちを上げることが“最大のビジネス”

「わかりました、妻ともう一度話し合いたいと思います」と答えた蹴球選手が次に口にしたのは、フットサル事業の共同運営を持ちかけられているとのことでした。高校時代のサッカー部の先輩が、“脱サラ”して起業を考えているようで、「一緒にやらないか」と声をかけられているそうです。

 蹴球選手は言います。

「僕自身としては『運用』という面でいうと、正直、腰が引けています。ただ、フットサル場の運営にかかわれば、子どもたちを集めたスクールも定期的にできると思うんです。僕はサッカーにお世話になってきましたし、サッカーで恩返しできればという気持ちもあります」

 私自身、「サッカーで恩返しできれば」という思いはとても素晴らしいと感じました。ただ、「プロサッカー選手とお金」という観点から見れば、注意すべきポイントがいくつかあります。高校時代のサッカー部の先輩がフットサル事業のプロではないこと。したがって、資産運用とビジネスの点でいうと、成功の見込みは低いこと。それから、プロ5年目の蹴球選手にはまだプレーに集中してほしいこと。「ワールドカップにも出たいし、海外リーグでもプレーしたい」という選手としての夢を叶えるためには、やはり日々のトレーニングにひたすら打ち込んでほしいところです。

 私は蹴球選手の気持ちを確認するために、細かい部分を立て続けに質問してみました。

「フットサル場の場所はもう決まっていますか? その先輩は他のフットサル場がどれくらいの支出で、どれくらいの収益があるか認識していますか? つまり、蹴球選手がかかわることで、ご自身に金銭的なメリットがあると確信が持てますか? そもそも蹴球選手自身はフットサル場の運営について何か勉強していますか? それに、子どもたちを集めたスクールであれば、わざわざフットサル場運営に手を出さなくても、たとえば所属クラブや契約しているメーカーと協力すればできるのではないですか?」

 厳しい質問だったかもしれません。ただ、ビジネスは片手間で成功できるものではないということを伝えたい意図もありました。少し黙って、蹴球選手は次のように答えました。

「そうですよね……フットサル場の場所はこれから探すみたいです。マネジメント会社の方にも『その先輩はビジネス的に信頼できるのか?』と確かめられましたし、チームメートには『その先輩は蹴球のお金が目当てなんじゃないのか?』とも言われています。妻にも『今はサッカー以外でのお金儲けは考えなくていいんじゃない?』とたしなめられていましたし、やっぱり今回はお断りすることにします」

 私は最後に、フットサル運営などのビジネスも含め、セカンドキャリアを順調にスタートさせるには、今、練習や試合がない際の時間をいかに有効に使うかが大切であることを伝えました。一日の練習時間は2時間程度。アスリートとして体を休めたり、海外サッカーを見てスキルアップに反映したりする一方、十分に自分の時間がとれます。ビジネス本や経済新聞を読む、また語学やPCなどの「スキル」を身につけるだけでも、引退後の選択肢は広がります。

 もちろん、まだ22歳の蹴球選手は「プロサッカー選手とお金」という観点から見ても、選手としての価値を高めることが第一です。「税金」「貯蓄」「運用」「保険」「サポート体制」「スキル」「セカンドキャリア」という7つを信頼できる人間にサポートしてもらいながら、結果を出し続ける。プレーで自分の値打ちを上げることが、ある意味、蹴球選手が集中すべき“最大のビジネス”なのだと告げると、日本代表の未来を担うストライカーは凛とした顔つきで深くうなずいていました。その表情を見て、私は「この選手はアスリートとしてはもちろん、引退後も成功するはず」と強い安心感を抱くことができました。


\教えてくれた人/
猪股宏之(いのまた・ひろゆき)さん
監査法人トーマツ国際部を退社後、税理士法人猪股会計を立ち上げる。現在は東京都と埼玉県にオフィスを持ち、公認会計士、税理士、ファイナンシャルプランナーとして、さまざまなプロスポーツチームのコンサルティングや、50人を超えるアスリートの会計・税務・資産形成などのサポートを行う。

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