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プロサッカー選手とお金のホントのところ…賢明なプロ選手は年収の30%を貯蓄に回す

2018.07.17

 連載企画『あなたのJリーグライフがもっと充実! 5分でわかるサッカービジネス講座』は“読んで学ぶ講義“です。各分野で深い知見を持つエキスパートを講師に迎え、サッカー観戦だけではなかなかわからない、クラブ経営やビジネス的な要素を紹介してきました。

 今回のテーマは「プロサッカー選手とお金」。確固たる財政基盤が理想的なパフォーマンスにつながるのは企業やビジネスパーソンだけに限りません。収入と支出を確実にマネジメントし、未来を見据えてしっかりと蓄えを準備できる選手のほうが、精神的安定を得てピッチでも好プレーができるようです。各選手の競技生活が充実すれば、クラブにも好影響が及ぼされるのは間違いありません。

 今回は、税理士法人猪股会計の代表を務める猪股宏之(いのまた・ひろゆき)さんが講師を務めます。公認会計士や税理士といった立場から、プロスポーツチームのコンサルティングや、50人を超えるアスリートの財務サポートを行っており、プロスポーツ選手とお金の関係については精通しています。「プロサッカー選手とお金のホントのところ」でいうと、実は「いかにお金を使わないか」が重要な側面を持つようです。

構成=菅野浩二
写真=瀬藤尚美
協力=公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル、税理士法人猪股会計

若いプロサッカー選手はまだ生命保険には入らなくてもいい

「プロサッカー選手とお金」というテーマを話すにあたって、皆さんの理解を深めるためにも一人の選手にフォーカスを当てたいと思います。良いことにも悪いことにも触れたいため、架空の選手に登場してもらいます。

 高校サッカー界で名を馳せた蹴球王太郎選手は、次世代の日本代表を担うと期待されるストライカーです。高卒1年目でJ1の名門クラブに加入し、開幕からコンスタントに出場機会を得ています。Jリーグの選手契約条件では最下位のプロC契約からのスタートですが、C契約では最大の460万円を年俸として提示されました。

 蹴球選手はJリーグ新人研修やクラブ開催の講習会で税金の基礎知識に触れました。Jリーグ選手は会社員ではなく個人事業主なので、自分で確定申告をしなければなりません。1年間に得た所得を計算して納税額を確定させ、毎年3月15日までに税務署に指定の書類を提出する必要があります。

 チームにいる先輩の紹介ということで、このワールドカップ期間中、蹴球選手から私どもの税理士法人猪股会計に連絡が入りました。お金について色々と相談したいという話です。蹴球選手とはクラブハウス近くの喫茶店で会うことにしました。

 アイスコーヒーを飲みながら、蹴球選手が聞いてきます。

「毎月の入金が年俸の460万円を12カ月で割った金額ではないんですが、あれは源泉所得税が引かれているからですよね?」

「そうですね。一回の入金が100万円以下であれば報酬の10.21%、100万円以上であれば20.42%が源泉所得税として引かれます。簡単にいうと、クラブが所得税を差し引いた金額を蹴球さんに支払い、その差し引いた税金を税務署へ代わりに納付する形となります」

「ということは、年俸は460万円だけれど、実際に入金される金額はそれより少ないという認識でいいんですよね? 今日は納税についてもそうなんですが、収入をどう使えばいいのかをおうかがいしたくて猪股さんにお会いしたんです」

 そういって一息ついて蹴球選手が口にした言葉は、新人プロアスリートからよく投げかけられる相談でした。聞けば、生命保険会社のセールスを受けており、生命保険に加入するかどうか迷っているということです。

 結論からいうと、私たちは基本的に若いプロアスリート、特に独身の場合であれば「まだ生命保険には入らなくてもいいのでは」と答えています。「生命保険は必ず入らなければならない」という思い込みからプロスポーツ選手のキャリアには、そぐわない高額だったり、長期の保険に加入してしまうケースがとても多いことから、あえて「生命保険は入らなくてもいい」から保険は考えることをスタートしようと選手には伝えています。

 というのも、亡くなった時に経済的に困る人がいるからこその備え、というのが生命保険そもそもの機能だからです。実際のところ、高卒1年目で、独身の蹴球選手が仮に亡くなったとしても、まだ働いている親御さんの生活が困窮するわけではありません。病気やけがの治療であれば原則、健康保険が適応できますし、養う家族がいないうちは焦って生命保険に入らなくてもいいと私たちは考えています。そう伝えると蹴球選手は納得した様子でした。

 それから私は、頼んでもいない提案や営業、売り込みには注意するよう話しました。実際、過去に「節税できるよ」という経営コンサルタントを名乗る人間に促され、多くの選手が彼らに架空の顧問料を支払ったりした脱税事件が起きたことを話し、まだ若い蹴球選手に念を押しておきました。

プロとして目指すべきは「10年後に1億円を蓄えておく」


 次に蹴球選手が口にしたのは夢と不安でした。

「僕は日本代表としてワールドカップにも出たいし、海外リーグでもプレーしたいと考えています。でも、一方で大けがや思ったより成長できなくて、割と早めに引退を強いられる可能性も視野に入れておきたいんです」

「なるほど。実際、Jリーグ選手の平均引退年齢は28歳といわれていますね。お金の面で見ると、基本的に私たちは年収の30%は貯蓄に回すようにアドバイスしています。今の蹴球選手は年俸460万円。だいたい1年で140万円は貯めておきたいところです。引退時に最低でも1000万円の貯蓄額があるようにするといいと思いますね。1000万円あれば、セカンドキャリアについてじっくり考える時間がつくれますよ」

「1000万円ですか……1年で140万円だと7、8年近くはがんばらないといけないですね」

「Jリーグでは、選手会が主導して小規模共済を勧めているそうです」

「それはどういうものなんですか?」

「個人事業主が使える積み立てによる退職金制度のようなものです。掛金月額は1000円からとなっていますし、掛金は課税対象所得から控除できるので節税にもなりますよ」

「引退した時に積立金が戻ってくるわけですね」

「そうです。話は戻りますが、私が先ほど言った1000万円というのは今の年俸での現実的な目標です。蹴球選手は先ほど『日本代表としてワールドカップにも出たい』という夢をお話しされましたよね? であれば、夢に絡めた目標の数字も考えておきましょう。せっかく大好きなサッカーに打ち込んで夢を追える人生が送れるのですから、たとえば『10年後に1億円を蓄えておく」といった目標はどうでしょうか?」

「10年後に1億円か……それってやっぱり資産運用をしたり、自分でもビジネスを展開したりもしてみたほうがいいんですか?」

「いえいえ、蹴球選手はまだプロ1年目ですし、アスリートとしての価値を高めることに最大限に集中したほうがいいです。仮に年俸が1000万円に上がった場合、一年間で300万円ほどは貯蓄に回せますよね? 資産運用やビジネスは、それだけに専念しても失敗する人がいますし、甘く考えないほうがいいですよ。まずはゴールを決めたり、勝利に貢献したり、代表に選ばれたりして、サッカー選手としての評価額を上げていくことが先決です」

 夢を追う過程に力を注ぐ姿勢こそが自分の価値を高め、報酬も将来への備えも増やしていくことを知った蹴球選手は、あらためてサッカーに打ち込むモチベーションを高めたようでした。

 蹴球選手にはその後、確定申告に向けて気をつけるポイントを聞かれました。納付の際の注意事項については、別の回の「税金」「貯蓄」「運用」「保険」「サポート体制」「スキル」「セカンドキャリア」…成功するJリーグ選手は“チーム体制”を整えているでお話したいと思います。


\教えてくれた人/
猪股宏之(いのまた・ひろゆき)さん
監査法人トーマツ国際部を退社後、税理士法人猪股会計を立ち上げる。現在は東京都と埼玉県にオフィスを持ち、公認会計士、税理士、ファイナンシャルプランナーとして、さまざまなプロスポーツチームのコンサルティングや、50人を超えるアスリートの会計・税務・資産形成などのサポートを行う。

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