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コラム「その街は、磁石のように」|雑誌SOCCERKING ブライトン特集号 発売記念

2023.02.17

[写真]=Loop Images/アフロ

[サッカーキング No.024(2023年3月号)掲載]

英国有数のリゾート地であり、音楽や映画、芸術とも縁深い。
様々な文化が花開くこのブライトンという街に引きつけられてきた人は数知れない。
その一人である筆者が、かつての旅へ思いを馳せ、この街に新たに根づいたフットボールへの思いを綴る。

文=井川洋一
写真=アフロ


〈18世紀にパーティ好きな国王ジョージ4世がブライトンと恋に落ちて以来、この街は面白いことやはしゃぐこと、そして心地よい潮風を求める人々を、磁石のように引きつけてきました〉

 英国南部のビーチタウン、ブライトンの公式観光サイト『VisitBrighton.com』の序文に記されている一節だ。今から26年前、成人する少し前の僕も、そんな磁場にいざなわれるようにして、ロンドンから列車で南へ向かったことがある。

 当時はまだプロの書き手どころか、何を生業にしたいのかもわからない大学生だった。高校生のときに指導者と反りが合わなかったり、ちょっとしたケガをしたり、ほかのことに興味が出たりして、それまで真剣に取り組んでいたサッカー部をやめてしまい、以降の数年間はスポーツ全般から目を背けていた。音楽を聴いたり、小説を読んだり、映画を観たり、盛り場で騒いだり、女の子とデートしたりすることに忙しくなっていた時期だ。どこにでもいる挫折したフットボーラーの一人だった。

 だからブライトンにも、ボールを追いに行ったわけではない。映画『Quadrophenia』(邦題:『さらば青春の光』)でベスパに乗ったモッズが暴動を起こした街を、自分の足で歩いてみたいと思ったことが一つ。またちょうどその街を根城にするファットボーイ・スリムが、世界の音楽シーンを揺るがし始めた頃でもあった。

 それに当時、ブライトンと聞いてフットボールを連想する人は、ほとんどいなかったと思う。1901年に創設されたブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンが、それまでにトップディビジョンを経験したのは1979-80シーズンからの4年間だけで、1997年は4部リーグに相当するEFL3部でプレーしていた。しかもその年に近隣の本拠地が売却され、100キロ以上離れた会場をホームグラウンドとしていた。その後、2008年までの9年間、地元の音楽レーベル『スキント』のロゴがシャツの胸を飾ったりもしたが、プレミアリーグにはなかなかたどり着けなかった。

[写真]=SIME/アフロ

 潮目が変わったのは翌2009年ーー地元出身のプロギャンブラー、トニー・ブルームがクラブを買収してからだ。ポーカーやスポーツ賭博、投資などで財を成した当時39歳の新オーナーが愛するクラブの再建に乗り出し、数学を応用した先進的な手法でチームを強化。そして2017年、ついにブライトンは34年ぶりに1部リーグに到達し、初めてプレミアリーグに挑むことになったのだ。

 その一報に触れたときに、すごく驚いたことを覚えている。ブライトンには、フットボールよりも、パーティや音楽のほうが似合うと思っていたからだ。でも同時に、何だかとてもうれしかった。あの風光明媚な洒落た街でどんなフットボールが展開されるのか、すごくワクワクした。

 思慮深そうな元アイルランド代表クリス・ヒュートン前々監督が土台を築き、大学でリーダーシップや感情知性を学んだグレアム・ポッター前監督のもとで飛躍。プレミアリーグのデビューシーズンから、チームは15位、17位、15位、16位、そして昨シーズンは9位と、史上初のトップハーフでフィニッシュした。

 昨年9月にポッターがチェルシーに引き抜かれたときは先行きを不安視されたが、こちらも進歩的な若手指揮官ロベルト・デ・ゼルビを迎え、さらなる上昇気流に乗っている。この原稿を書いている今、プレミアリーグで6位ーーリヴァプールとチェルシーより上だ。しかもイタリアの新世代の旗手と評される指揮官は、三笘薫を左ウイングに固定してその能力を遺憾なく引き出している。最近では毎試合のように、この日本人アタッカーが驚愕のパフォーマンスを披露するようになった。

[写真]=Steve Vidler/アフロ

 英国有数のセクシーな海辺の街で、日本随一のセクシーなドリブラーが光り輝いている。同じ日本人として、こんなにうれしいこともない。まず1997年には、思いもよらなかったことだ。

 現在、プレミアリーグの多くのクラブが中東の国家ファンドや、アメリカやアジアのビリオネアたちに所有されるなか、ブライトンは英国人オーナーと彼が統率する数字のエキスパート集団によって、賢く運営されているように見える。データやテクノロジー、そして何よりも頭脳を駆使して、強者たちとの財政面の大きな差を縮め、現場ともうまく連携し、数々のアップセットにつなげているわけだ。

 ブライトンというご機嫌な土地が持つ磁力は今、最高潮に達しているようだ。自由な空気、美しい風景、軽快な音楽、楽しげな人々、砂浜と潮騒、そして胸のすくようなフットボール―個人的にはそれ以上、望むものはない。

 だからこの春に、ずいぶん久しぶりに当地を再訪してみようと思う。いろんな記憶が蘇る気がする一方で、新しい発見も多そうだ。2002年にファットボーイ・スリムが25万人を超える聴衆を集めた浜辺を歩き、アメックス・スタジアムにも初めて足を運んでみたい。

 ビーチでもスタンドでも、最高のパーティが待っている予感がする。


井川洋一|Yoichi Igawa
スポーツライター、編集者、翻訳者、コーディネーター。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州や南米、アフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。1978年、福岡県生まれ。

By サッカーキング編集部

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