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現地記者が見た宇佐美貴史の課題「好不調の波」と「言葉の壁」

2013.02.22

ワールドサッカーキング 0307号 掲載]

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文=マリン・グリューナー 
翻訳=阿部 浩 アレキサンダー

 

 この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、自分の居場所を切り開いている。チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。ワールドサッカーキング最新号に掲載されている連載『メイド・イン・ジャパン』では、ホッフェンハイムの宇佐美貴史にフォーカスしている。

 

大きな課題は好不調の波

 

 マルコ・クルツ監督は、落胆の表情を隠そうとしなかった。ライン・ネッカー・アレーナに訪れていた観衆も、まるで最初から準備されていたかのようなため息を「いつものように」ついた。そして他ならぬ選手たちも、顔を上げるどころかうつむいて憂鬱な表情を浮かべた。2月2日に行われたブンデスリーガ第20節のフライブルク戦。ホッフェンハイムは開始早々の4分に先制点を奪われたのだ。

 

 今シーズン、下位に沈み、残留プレーオフ圏と自動降格圏を行き来するチームは自信を失っている。この試合でも開始4分の時点で既に諦めに近い感情がピッチに漂っていた。

 

 宇佐美貴史が動き出したのは、そんな陰鬱なムードが広がった時だった。タッチライン沿いを駆け上がるフライブルクのノルウェー人DFヴェガー・エッゲン・ヘデンスタッドに対し、ハードだが極めてフェアなタックルを仕掛け、ボールを奪ったのだ。

 

 ベンチから「シェーン・ゲマハト!」(よくやったぞ)の激励が飛び、観衆からは一斉に拍手と「ヤー、コム!」(よし、行け)のチャントが贈られる。宇佐美はたった一つのプレーでチームの精気をよみがえらせたのだ。息を吹き返したホッフェンハイムは10分、27分と立て続けに得点を決め、約3カ月ぶりに勝利の美酒を味わった。

 

 試合後、宇佐美は「良くなってきているし、監督もそう言ってくれている。監督から言われている守備面の要求にやっと応えられた」と満足気に語っている。

 

 確かに、この試合に限れば自身の役割を果たしていたと言っていいだろう。攻撃面のみならず、守備面でも何度かファンを沸かせるプレーはあった。出鼻をくじかれて落胆するチームに活を入れたという意味でも、一定の評価が与えられるべきだ。

 

 しかし、好不調の波が激しい宇佐美が高い水準のプレーを維持できるのか、という疑念はいまだに晴れることはない。それほど、今シーズンの彼のパフォーマンスは信頼の置けないものになっている。

 

 

序盤戦の好プレーは長くは続かず

 

 ホッフェンハイムの人口は約3300人で、バイエルンやドルトムントといった強豪の本拠地とは比較にならないほど小規模である。だが、地元出身でコンピューター用ソフトウエア開発会社『SAP』の共同創業者であるディートマー・ホップ氏が作り上げたチームは、ビッグクラブにも負けない野心を持っている。ホッフェンハイムがここ数年間で強化のために投資した費用の総額は2億5000万ユーロ(約300億円)に上る。また、2009年には村の人口の約10倍にあたる3万150人を収容する新スタジアムを建設して、周囲の度肝を抜いたものだ。

 

 その一方で、チームの順位は振るわず、昨シーズンまで3年連続11位と、ブンデスリーガで中位にとどまっている。昇格と降格を繰り返す“エレベータークラブ”と比較すれば安定はしているが、一方で“毒にも薬にもならない”無意味な順位とも言える。

 

 クラブは現状を打破すべく、ヨーロッパリーグ出場権獲得を目標に掲げ、昨夏に補強を敢行した。その際に白羽の矢を立てられたのが、ベテランGKのティム・ヴィーゼであり、ストライカーのエレン・デルディヨクであり、ブンデスリーガの君主バイエルンに所属していた宇佐美だった。

 

 昨シーズン、宇佐美はバイエルンでほとんど出場機会を得ていなかったが、日本からドイツに渡った初めてのシーズンであることを踏まえれば、それも当然のことだろう。本人にとっては失意の1年だっただろうが、ホッフェンハイムはその才能に目をつけ、補強の“目玉”として獲得に踏み切った。

 

 当然、寄せられた期待は大きかった。そして、開幕当初の宇佐美は、その期待に応えるかのように鮮烈なプレーを見せていた。野心的なドリブル、左サイドからの効果的な攻撃参加、左右どちらの足からでも打てる強烈なシュート――。こうした長所が最大限に生きたのが第5節のシュトゥットガルト戦だった。目の覚めるような素晴らしい個人技で得点を奪ったのだ。

 

 だが、それも長くは続かなかった。時間が経つにつれ、宇佐美のパフォーマンスは下降線をたどることになる。

 

 

今なお横たわる言葉の問題

 

 シーズン中盤に差し掛かると、宇佐美のプレーから疲れが感じられ、爆発的な勢いが失われるようになった。そして、秋の気配を感じる頃にはポジションを失った。宇佐美を高く評価していたマルクス・バッベル前監督は、「別に驚くことじゃない。タカはロンドン・オリンピックに参加して、満足な休みを取れなかったんだ。シーズン開幕前のキャンプにも参加できなかった。今は休む時間が必要だ」と擁護していたが、成績不振により12月初旬、そのバッベルが解任されると宇佐美の立場はますます苦しくなっていった。後任のフランク・クラマー暫定監督は、前任者とは打って変わって、宇佐美に厳しい視線を向けていた。その理由は極めてシンプルなものだった。「言葉が理解できないから」だ。

 

「今はどんな戦術を使うかを長々と選手に説明する時間などない。2回説明して理解できない選手がいたなら、組織として機能しなくなる」

 

 暫定監督のクラマーにとっては、長期的なビジョンを持ってチームを指揮する余裕も必要もなかった。コミュニケーションに問題があった宇佐美やスペイン人のホセルがスタンドへと追いやられたことは、当然の成り行きだったと言える。

 

 ただ、裏を返せば言葉の問題がなければ宇佐美がポジションを失うことはなかったかもしれない。実際、クラマーは「タカは状態がいいし、選択肢の一つに入っている」と語り、宇佐美を“戦力外”として扱っているわけではないと明言していた。つまり、言葉の問題によりレギュラーの座を剥奪されたのだから、監督の好みというよりも、宇佐美自身の“身から出たさび”と表現したほうが適切である。

 

 その後、正式な監督としてクルツが就任し、宇佐美は再び先発メンバーに名を連ねることになった。若手選手の育成に力を注ぐ傾向にあるクルツにとって、宇佐美は魅力的な選手に映ったのだろう。本人も、「監督が代わって難しい状況になったけど、新しいチャレンジが与えられたと思ってチームの勝利に貢献したい」と、指揮官交代を好意的に捉えていた。

 

 しかし、根本的な問題は解決されていない。実際、今でも彼はチームとの一体感が欠けているように見えて仕方がない。私はホッフェンハイムの担当者としてチームに張り付いているが、宇佐美が周囲に溶け込んでいると感じたことは一度としてなく、溶け込もうと努力する姿勢すら見えてこない。ウインターブレイク中のポルトガル合宿でのワンシーンがそれを象徴していた。他の選手はそれぞれ小さなグループでまとまり、一緒に食事を取ってビリヤードに興じるなど「仲間」としての連帯感を自然と深めていたが、宇佐美はトレーニングを終えると一人で歩いてホテルに帰り、iPadを触り続け、好きな音楽を聴くだけで、仲間との交流を意図的に避けていた。理由は恐らく、「言葉がよく通じないから」だろう。彼はドイツ語を聞くだけならある程度分かるようだが、まだスムーズに話すことはできないのだから。

 

 もちろん、何もしていないわけではない。バイエルン時代、宇佐美には専属の世話人と通訳がついていたが、ホッフェンハイムに移ってからは自立しなければいけなかった。重要な伝達事項がある際は通訳の世話になるものの、それ以外は自ら行動し、コミュニケーションを取るようにしている。週に2回はドイツ語の授業を受けて、上達を目指している。

 

 しかし、まだまだ意思の疎通は難しい段階だ。彼がもっと積極的に、チームメートの輪の中に飛び込んでいけば状況は変わっているはずだが……。

 

宇佐美の未来は現時点では未確定

 

 もちろん、宇佐美が本来の輝きを発揮できていない原因のすべてを言語の問題に求めるのは暴論というものだ。だが、普段、宇佐美を褒めたたえるクルツの「彼は試合中、数多くのチャンスを棒に振っている」という言葉の片隅にも、この問題が見え隠れする。

 

「ドリブルで前線に切り込むのはいいが、絶好のポジションにいるチームメートにパスをしないことは問題だ。無理にシュートを打ってもゴールは決まらない。仲間を使わないで得点機を無駄にするエゴイスティックなプレーは控えるべきだ」

 

 一方の宇佐美は「自分のパフォーマンスにはまだ完全に納得していない。オフェンスで自分の良さをもっと発揮できる」と屈託がないが、監督の見解と距離があるように思われても仕方ない物言いだろう。第21節を終えた時点で宇佐美のゴール、アシストはいずれも2。こんな成績では誰も本人の威勢のいい言い分に耳を貸さないし、大した期待も掛けないだろう。私が勤務する『キッカー』誌の採点で、宇佐美の平均点は4.07(最高点が1、最低点が6)である。学校の成績に例えれば“赤点”に近い。90分プレーしたフライブルク戦にしても、チームで2番目に低い評価だった。

 

 果たして、宇佐美は現状を打破することができるのか。彼はガンバ大阪からレンタル移籍中の身であり、今後のプレーはその将来に大きく関わってくる。完全移籍のオプションが付いているものの、ホッフェンハイムが獲得の可否を回答する期限は4月。設定された移籍金額は300万ユーロ(約3億6000万円)だが、今の彼にこの金額を支払ってまで獲得する価値があるとは誰も思わないはずだ。

 

 アンドレアス・ミュラーGMは、「まだ結論は出していない」と前置きしつつ、「この先数週間でタカの今後について熟考するつもりだ」と、いま一つ煮え切らない態度を取っている。ブンデスリーガ残留が懸かる大事な期間にゴールを決めて、ブレイクしたところを見せない限り、宇佐美の将来をホッフェンハイムに求めることは難しいかもしれない。

 

 もちろん、サッカーという競技のみにスポットを当てれば、彼が持っているポテンシャルに疑いの余地はない。問題は彼のアスリートとしての才能とは別のところにあるのだ。横たわる問題と向き合い、決して多くない残された時間の中で、宇佐美はどのような答えを見つけ出すのだろうか。彼は今、キャリアの岐路を迎えている。

 

 

 

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