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規格外だった酒井宏樹の疾走感…成長を支えたブラジル人指揮官と強いメンタリティー

2012.08.09

Jリーグサッカーキング 2012.2・3月号掲載]

 

 現在、ロンドン・オリンピックで快進撃を続けるU-23日本代表。そんな中、グループリーグ2試合は負傷で欠場したものの、長きに渡ってこのチームの右サイドを支え続けているのが酒井宏樹である。

 

2011年、J1に昇格したばかりの柏で彗星のごとく頭角を現し、クラブのJ1初優勝に貢献。その年のFIFAクラブ・ワールドカップで世界に鮮烈な印象を与えると、日本代表にも選出されるまで成長し、今夏にはドイツのハノーファーへと移籍が決まった。

 

彼の2011年の活躍を振り返った戸塚啓氏のコラムとともに、彼の成長を今一度確認していみよう。

 

文=戸塚啓、写真=Akio Hayakawa/Photoraid.uk

酒井を羽ばたかせた、ネルシーニョ監督の決断

 このドライブ感は何だろう!

 

 4月にJ1リーグデビューを飾ると、6月にはU-22日本代表に選出され、10月には日本代表へピックアップされた。所属する柏レイソルは、リーグ初優勝を飾った。

 

 自身はJ1のベストイレブンと、ベストヤングプレーヤー賞の2冠に輝いた。 個人とチームで獲得できるものは、もれなく手に入れた。19年目のシーズンを終えたJリーグの歴史において、ここまで急激に頭角を現したプレーヤーがいただろうか。すぐには思い浮かばない。おそらく、いない。

 

「今シーズンが始まる前は、このような賞を取れるどころか、こんなに多くの試合に出られるとは思ってもいませんでした」

 

 2011年のサッカー界を、猛烈なスピードで駆け抜けた男――。酒井宏樹の疾走感は、規格外だったと言って差し支えない。

 

 J1デビューは鮮烈なものではなかった。東日本大震災による中断明けの4月23日、酒井は大宮アルディージャ戦で初先発を飾った。

 

 背番号4を着けた右サイドバックは、少しばかり落ち着きがなく、少しばかり苦しんでいた。頭上を覆う曇天は、酒井の気持ちを映し出しているようだった。

 

 前半のレイソルは、ほとんど見せ場を作れずにロッカールームへ戻っている。彼自身の技術的なミスがあり、システム上のミスマッチがあった。スコアが0-0のままだったことが、前半唯一の収穫だった。

 

 分かりやすく即効性のある手当ては、選手交代である。ここで柏のネルシーニョ監督は、フォーメーション変更によってチームを修正した。流れを取り戻した柏は、レアンドロ・ドミンゲスの一発で勝ち点3をつかんだのだ。

 

「酒井の個人的なミスがあったというよりは、チーム全体がうまくいっていなかったんです。いろいろな問題が絡み合って、彼のところにもしわ寄せが及んでいたというのが私の判断でした。彼一人の出来が悪かったわけではないですし、チームの守備が良くなった後半は、酒井が本来の力を出せるようになったでしょう?」

 

 後日、ネルシーニョ監督に話を聞くと、こんな答えが返ってきた。経験豊富で思慮深い指揮官ならではの解答だが、僕には少しだけ模範的過ぎるような気がした。

 

「酒井の将来を考えて、交代をさせなかったのですか?」と、質問を重ねてみる。「そういう心配はしなかったですが」と切り出して、ネルシーニョ監督は続けた。

 

「彼はすごく頑張り屋で、真面目で一生懸命にやろうとする気持ちが全身から感じられる選手です。そういう良さを発揮できるように、ゲームをうまく転換できないかなと考えたんです」

 

 大宮戦の翌節に行われたヴァンフォーレ甲府戦で、酒井は初アシストを記録した。右足でこすりあげるようなクロスが、ここから柏の武器となっていく。第10節浦和レッズ戦、第11節アルビレックス新潟戦で2試合連続のアシストを記録し、U-22日本代表候補のトレーニングキャンプにも参加した。

 

 酒井の急成長について意見を求める。ネルシーニョ監督の表情が穏やかになった。

 

「あの大宮戦で自信が付いたと思いますね。ウチのチームには酒井だけでなく、若くて質の高い選手がたくさんいます。彼らにチャンスを与えるのは簡単だけど、継続することがポイントでしょう。ちょっとミスをしたからといって代えてしまうのではなく、様々な観点から判断して、使い続けるべきなら使い続けるというのが私のやり方ですね」

 

 ネルシーニョ監督に続いて、小見幸隆強化本部統括ダイレクターを訪ねる。ネルシーニョ監督のチーム作りから好調の要因へ話題が移り、台頭する新戦力として酒井の名前を挙げる。目元に笑みがこぼれた。

 

「いいよね。まだ粗削りだけどね。サイドバックは面白いと思う。サイドバックとボランチに、ネルシーニョは哲学を持っているからね。サッカーのヘソはボランチだし、サイドの攻め上がり、守備がどう機能するのかもすごく重要。まずは近くの選手といかにいい関係を築くかが大事で、その点では酒井は勉強になっているんじゃないかな」

 

 攻撃参加を促してくれるボランチのカバーがあり、絶妙なタイミングでスペースと時間を作り出すレアンドロ・ドミンゲスがいる。「サイドバックはボールをどんどん受けるようにプレーすべきだ」と言う、ネルシーニョ監督の後押しもあった。

 

 さらに加えて、彼自身の向上心があった。

 

「今年から本格的にサイドバックに挑戦することになって、何か一つ武器を持ちたいと思ったんです。クロスの精度が高いわけではないので、相手のGKとDFが嫌がるようなところへ、速いボールを蹴ろうと考えていた」

 

 183センチのDFをサイドで起用する発想は、Jリーグにおいて例外的である。ヨーロッパや南米に比べて長身選手が少ない日本では、180センチを超える高さはゴール前中央で生かしたいとの考えが支配的だからだ。小柄でも俊敏で活動量豊富なプレーヤーに、サイドを任せたいという意図もあるだろう。

 

 とりわけ4バックでは、そうした傾向が強まる。酒井自身も、昨シーズンまではセンターバックが主戦場だった。

 

 だとすれば、国内待望の大型サイドバックは、柏だからこそ誕生したと言えるのではないか。ネルシーニョ監督が選手の適性をしっかりと把握し、なおかつ酒井をサイドバックで使える編成がなされたからこそ、金塊にも似た才能が掘り起こされたと思うのだ。

 

成長を支える前向きなメンタリティー

 

「この年代というのは、1カ月や3カ月という短時間で目を見張る成長を遂げます。今回は柏の酒井がJリーグ再開から我々のチームの右サイドバックのレギュラーを取って、2試合を通じて頑張ってくれました」

 

 クウェートを退けてロンドン・オリンピックアジア最終予選進出を決めた直後、U-22日本代表の関塚隆監督はこんな話をしている。

 

 2月の中東遠征からロンドン五輪予選へ向けた強化を本格化させる中で、右サイドバックは不確定要素の強いポジションだった。候補者は複数いるものの、所属クラブで定位置を獲得している選手が見当たらなかった。関塚監督にとっての酒井は、待ち望んだピースだったのである。

 

 U-22日本代表で攻撃のタクトをふるう清武弘嗣(セレッソ大阪)は、アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表に定着した。清武とともに原口元気(浦和)も、11月は五輪予選ではなくブラジル・ワールドカップ予選に招集された。

 

 誤解を恐れずに言えば、彼らが不在でもU-22日本代表の攻撃陣は成立する。だが、酒井は取り替えの利かないパーツだ。右サイドバックを任せられる選手はいるものの、どうしても見劣りしてしまう。

 

 もちろん、酒井にも課題はある。

 

「普通に処理できるボールだったんですが、味方同士で見合ってしまって。自分がもっと早めにクリアすれば良かったんですが、ファウルが怖かったというのもあった。ちょっと触っただけで相手が転んでいたので、PKを与えちゃいけないと思って……」

 

 11月27日に行われたロンドン五輪アジア最終予選のシリア戦後、酒井の表情には安堵と後悔が混ざり合っていた。

 

 2連勝同士の直接対決で勝ち点3をつかんだものの、ホームでの失点は反省材料である。それも、自らが絡んでしまったとなれば……。75分に喫したゴールは、最終ラインでの譲り合いがきっかけだった。

 

 振り返れば6月の2次予選でも、失点を招いている。クウェートとのホームゲームで、自陣でボールを失ったプレーが失点に結び付いてしまったのだ。

 

 目覚ましい成長を印象付けた一方で、国際舞台の厳しさも味わった。それでも、前向きなメンタリティーに陰りはない。スケールの大きさはプレーだけではないのだ。

 

「ミスを後悔するより、もっともっといいプレーができればいい。そこは全然問題ないです。シリアも連勝で来たわけですから、ホームでも厳しい試合になると思っていました。次はアウェーなので、相手はまたパワーを出してくる。オフを挟みながらですが、しっかり準備をしてコンディションを上げながら、(2012年)2月5日の試合に臨みたいですね」

 

 最終予選突破を懸けた残り3試合の前に、新しい戦いの舞台が用意された。J1王者が開催国代表として参加する、FIFAクラブワールドカップに出場したのだ。

 

 印象的だったのは、モンテレイとの準々決勝だ。85分、レアンドロ・ドミンゲスが右足アウトでさばいたボールを、そのままシュートに持ち込んだシーンである。

 

 レアンドロ・ドミンゲスのボールタッチに観衆は沸いたが、それも酒井の攻め上がりがあってこそである。ブラジル人司令塔が望むタイミングを見逃さず、後半終了間際に前線へ飛び出したあのプレーに、一年間の成長が凝縮されていたと思うのだ。

 

 準決勝で対戦したサントスのムリシー・ラマーリョ監督からは、「若くて有能。今後いろいろなことを吸収して、将来的に花咲く選手だ」との称賛を受けた。2011年最大の発見となった酒井がもたらす驚きは、まだプロローグに過ぎないようである。

 

戸塚 啓(とつか・けい)
1968年生まれ、神奈川県出身。法政大卒業後、サッカー専門誌編集者を経て、98年フリーに。著書に『ミスターレッズ 福田正博』(ネコパブリッシング)、『青の進化 サッカー日本代表ドイツへの道』(角川文庫)、共著に『敗因と』(光文社)がある。スポーツライターとして様々な媒体に原稿を執筆するかたわら、解説者としても活躍している。昨年12月には『不動の絆~ベガルタ仙台と手倉森監督の思い』(角川書店)を上梓。昨年4月からはライブドアにてメールマガジン『戸塚啓のトツカ系サッカー』もスタート。月額500円で配信中。

 

 


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