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企業のサラリーマンからクラブの経営者へ…社長として講じた具体施策とは?/連載第2回

2015.11.02

日産時代にカルロス・ゴーン氏が指揮した「日産リバイバルプラン」策定の中核「クロスファンクショナルチーム(以下、CFT)」のパイロット(実質的なリーダー)を担い、現在は横浜F・マリノスの社長を務める嘉悦朗氏。多くの苦難を乗り越えた同氏がどのような経緯からクラブ経営に身を転じたのか、また、日産時代に培った経験をどのように生かしたのか。さらに現在のスポーツ業界で求められているのはどういった人材なのか――。ビジネスマンによるクラブ経営の“先駆け的な存在”と言える同氏が、余すところなく語った。

写真=鷹羽康博 インタビュー=岩本義弘

>>倒産寸前の日産を救った大改革…現横浜F・マリノス社長が日産時代を振り返る/連載第1回

――日産でビジネスマンとして働いていた嘉悦さんが、F・マリノスの経営をやりたいと手を挙げたのは、プロサッカークラブに興味を持ったからですか?

嘉悦朗 2000年初めに手を挙げた時の心境を正直に言うと、プロサッカークラブの経営をやってみたいという憧れのようなものがありました。また、息子がサッカーで成長して行く過程とシンクロしていたのもあると思います。ただ、2009年に実際に打診を受けた時は、事の重大さを理解していましたし、相当なリスクがあることも分かっていました。しかし、この8年余りの間に、日産の経営を通して蓄積した経験値がありましたので、そのリスクを恐れるという感じは余りありませんでした。それより、F・マリノスの窮地を救えるのは自分しかいないという自負のようなものがありましたし、何より「火中の栗を拾う」のが自分の信条でしたから、これは宿命だと思いました。

――今でこそ様々なビジネスマンがサッカー界に入ってきて、いろんなノウハウを落としてきたと思うのですが、嘉悦さんはその先駆け的な存在だったと思っています。嘉悦さんは当初から、「ビジネスとしてのプロサッカークラブ」ということを意識して入られたと思いますが、まず始めに何から手を付けようと思われましたか?

嘉悦朗 当時のF・マリノスは、80年代から90年代の日産に似ていたと思います。かつての名門があらゆる経営指標を悪化させ続け、その負のサイクルに歯止めがかからないという状況が酷似していました。ですから、もしかしたら処方箋も日産の改革のコンセプトと同じで良いかもしれない、という直感のようなものがありました。とかく業績が悪化すると、リストラやコスト削減に走りがちです。もちろん、それらをやらないということではありませんが、改革に着手する際に重要なのは、最終的な着地点は「拡大成長」か、それとも「縮小均衡」なのか、方向性をしっかりと定めることです。もちろん日産もF・マリノスも目指すべきは前者です。このマインドセットをしっかりやることが最初の一歩でしたが、同時に、成長のためには投資が必要であること、その投資には原資が必要であり、これは自分達で作り出さなければならないこと、これをしっかりと共有することもやりました。

――プロのサッカークラブといっても、一般の企業と同じということですね?

嘉悦朗 もう1つ強く意識したことがあります。それは、これを機に、クラブの構造改革を進めるということでした。それまでのF・マリノスは他の多くのクラブと同様に、親会社の日産にかなり依存していました。お金が足りなければ補填してもらう。古い表現ですが「親方日の丸」的な経営体質が根強く残っていました。そもそもJリーグの成り立ちが「企業スポーツのプロ化」でしたから、致し方ない面もありますが、親会社に依存し過ぎるのは大きなリスクを抱えることになります。例えばリーマンショックのような事態が起きると、我々は一瞬にして存続の危機に直面するわけです。ですから自力でもっと収入を増やして、それを元に積極的な投資を行い、さらなる成長を続けて行くという自立性の高い経営基盤を確立しようと考えました。私はこのクラブにはそれを実現するだけのポテンシャルがあると見ていました。逆に足りないのは、危機感、具体的な挑戦目標、それを効果的に達成するための方法論でした。

――危機感を持つというのは実際には難しいテーマだと思いますが。

嘉悦朗 その通りです。例えばそれまで毎年公表されるクラブの決算は、成績や入場者数がどう変化しようと、いつもブレークイーブンでした。不自然ですよね。もちろん、社員もファンの皆さんも「からくり」は知っていました。実際に出た赤字を日産が補填しているからだと。これでは危機感も生まれませんよ。そこで私は、敢えて日産からの損失補填を止め、赤字をそのまま表面化させた上で公表しました。これは大きなインパクトがありましたし、危機感を社内に醸成するきっかけになったと思います。ただ、外部の人達がこの突然の赤字を見て、嘉悦というやつが経営し始めたら急に赤字になった。こいつはダメな経営者に違いない、と批判されたのはちょっと心外でしたが(笑)。

――そうやって危機感が生まれた後、どんな挑戦的な目標を掲げられたのでしょうか?

プロのサッカークラブにとって最も分かりやすい経営指標は何かというと「入場者数」です。いわゆる観客動員数ですね。これを2010年度に前年比で20%増加させるという目標を掲げました。入場者数というのはクラブの総合力ですから、これに全社を挙げて挑戦するという活動は求心力を生みます。また、入場者数が増えると他の売上、例えばグッズやスポンサーの売上も比例的に増えて行きますから、収益構造全体の健全化にも貢献します。ところで何故20%増なのか。私はこの数字に改革の意思を込めました。例えば5%増だと、従来の仕事の延長線上でも達成できるかもしれないというイメージがありますが、20%となると仕事のやり方、枠組みを根本から見直さないと絶対に達成できない数字です。つまり「改革が必要だよ」というメッセージを込めたわけです。

――それにしても20%増というのは強烈な目標ですね。では、それをどうやって達成するのかという方法論について教えてください。

嘉悦朗 日産で実際に使っていたロジックとツールを導入しました。大別すると2つです。
1つ目は「Purchase funnel」(購入漏斗)というオーソドックスなマーケティング理論です。これは強いブランド、より多くのリピーターを作っていくための理論ですが、お客さまが製品を選択し、購入するまでには6つの段階があり、その1つひとつに丁寧に対応して行かないと、どんなに良い商品を作っても思うようには売れないというものです。具体的には「認知」「親近」「好意」「購入意向」「購入」「再購入」の6段階ですが、これをF・マリノス(以下、マリノス)にあてはめてみるとこうなります。「マリノスを知っている」「マリノスに親しみを感じる」「マリノスが好き」「マリノスの試合を観たい」「マリノスの試合を観た」「マリノスの試合をまた観たい」。これらのそれぞれの段階の現状を改善して行くことが入場者数を増やす王道であり、その改善の積み重ねが改革になるというロジックを社内で共有しました。その上で、この6つの段階を2つずつ、合計3つの領域にくくって、それぞれを改善するためのアイデアを検討し、提案する3つのチームを立ち上げました。

1つ目は認知度、親近感を高めるために「効果的なホームタウン活動」の在り方を検討するチーム。2つ目は好意度、購入意向を高めるために「効果的なプロモーション」の在り方を検討するチーム。そして3つ目が再購入、つまりリピーターを増やすために「スタジアムのホスピタリティ」を改善するチームです。

――これは本当にビジネスツールそのものですね。確かにロジックとしては納得できます。そしてこの3つのチームのベースとなったのが先ほどお聞きしたCFTですね?実際にはどんな提案が出てきて、どんな成果が挙がったのでしょうか?いくつか教えてください。

嘉悦朗 まず「効果的なホームタウン活動」については「港北プロジェクト」の発足が1つの成果です。ホームタウンである横浜市と横須賀市の人口は合計400万人を超えますので、いくら活動量を増やしても全体を網羅することは困難です。であれば、少し地域を重点化させていただき、そこに深く浸透していくような戦略も必要ではないか、というアイデアが出てきました。その重点地域とは日産スタジアムがある港北区ですが、例えば港北区の公立小学校の生徒さんが、もっとF・マリノスに親近感を持ってもらえるような活動を継続すれば多くのファンが誕生し、目の前にあるスタジアムに足を運んでくれるはず、という考え方です。実際、3年間の活動の結果、港北区からスタジアムに来場されるファンの数が3倍になりました。

また「ホスピタリティの向上」に関しては、試合当日スタジアムで働くすべてのスタッフの行動指針やおもてなしの哲学を体系化し教育することで、お客さまの満足度高める活動を続けてきましたし、スタジアムで流す映像や音楽も相当高いクオリティに改善しました。実際、定期的に調査している観戦者の満足度調査のスコアは大きく向上しています。

それらの結果、20%増という初年度の目標は、残念ながら16.4%増にとどまりましたが、他のクラブが軒並み減少傾向にある中で、この増加は画期的な成果だったと思います。

連載第3回「現横浜FM社長がスポーツ業界を目指す学生に提言『憧れだけでは通用しない』」は11月4日公開予定です。


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