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92年アジアカップ初優勝を振り返るキング・カズ「あの時優勝していなかったら、日本サッカーの成長速度は遅かった」

2015.01.11

[ワールドサッカーキング2月号増刊 サムライサッカーキング 掲載]

「アジアカップっていうのは本当に節目でした。日本サッカーが変わった大会だと思います」

日本が初めてアジアの頂点に立った1992年大会。
エースとしてMVPに輝いたキング・カズは、日本サッカーの発展とともに歩んだ自身の30年にわたるプロキャリアにおいても、“契機”となった大会だと回顧する。

三浦知良

インタビュー = 岩本義弘
写真 = アフロ、ゲッティ イメージズ

今のベストメンバーで勝つしかない

──1月9日から日本代表の連覇が懸かったアジアカップが始まります。現在の代表をどう見ていますか?

カズ メンバーを見ましたけど、ほとんどザックジャパンに戻りましたね。やっぱり中盤は遠藤(保仁)とか長谷部(誠)がいないと、まだスムーズにいかないでしょう。

──やはり監督が代わったからといって、メンバーをガラッと変える必要はないということでしょうか。

カズ そう思いますね。もちろん、4年後も見据えてやらなきゃいけないけど、全部変えたらやっぱり勝てないですよ。アジアだってそんなに甘くはない。ヨーロッパ組がみんな帰ってきても、本当に大変だと思います。だから、今のベストメンバーでいくべきですよ。

──日本代表には常にトップのメンバーが選ばれるべきということですね。

カズ 今、遠藤が良ければ遠藤を選べばいいと思います。じゃあ4年後、遠藤でいいのかと言ったら、それは分かりません。2年後だって分からない。ただ、それは誰にでも言えることです。そもそも、勝てなかったら監督も代わってしまいますからね。だから今のベストメンバーで勝つしかない。そんな中に武藤(嘉紀)だとか柴崎(岳)を入れて競争していけばいいと思います。

──その新しい2人、武藤と柴崎に対してはどういう印象ですか?

カズ サッカーに真摯に取り組んでいるというイメージがすごく強くて、こういう選手だから伸びるんだろうなって感じます。発言などを聞いても、非常に優等生ですよね。個人的には、もうちょっとヤンチャでもいいかなとも思うけど、まあそれは、それぞれのキャラクターがあるので(笑)。プレーの面では、(ハビエル)アギーレ監督に代わって、最初、新しいメンバーの中でやっていた頃はリズムも合っていたと思います。ただ、ベースがザックジャパンに変わったら、ちょっと居場所に困っているのかなという印象は受けました。やっぱり、中盤のリズムがかなり変わりましたからね。

──特に武藤選手は、ザックジャパンのメンバーの中に一人だけ先発で入っている状況でした。

カズ アギーレに代わった最初の頃よりも、ボールを触る回数がだいぶ減りましたよね。それはやっぱりザックジャパンの独特のリズムがあるからだと思うんです。逆に本田(圭佑)とかは今のほうがすごくボールを触っていますし。まだ合宿もあると思うので、そこで慣れていけばいいと思いますよ。遠藤選手たちであれば、自然と合わせてくれるぐらいの技術がありますから。柴崎にしても武藤にしても、ポテンシャルや技術はあるんだし、彼らと一緒にたくさん経験を積むことです。今回のアジアカップでそういった意識がどれくらい高まるか。そうすれば、またさらに強くなると思いますよ。

三浦知良

「俺たちにはできるんだ」という気持ちだけはあった

──カズさん自身のアジアカップの経験についてお聞きします。1992年、優勝してMVPを受賞した大会です。あれが日本代表のアジアカップ初制覇でした。あの大会ではどんな出来事やエピソードが印象に残っていますか?

カズ 細かく覚えているんだけど、最初ははっきり言ってアジアカップの…… 何て言うのかな、重みみたいなものを感じずにやっていた気がしますね。やっぱり頭の中では、W杯予選が93年から始まるという意識のほうが強くて、そのための調整というか。自分たちがどれくらいの位置にいるのかを知るための大会という気持ちでしたね。

── 当時のアジアでは、まだ日本の実力が図抜けていたわけではなかったですよね?

カズ そうですね。優勝候補でもなかったですから。でも、ホームとはいえイランやサウジアラビアに勝って、あそこから急に日本が強くなったって言われるようになりましたよね。

──2分けで迎えたグループリーグの最終戦、イラン戦の終了間際にカズさんがゴールを挙げて、グループリーグ突破を決めました。

カズ 「足に魂込めました」っていう言葉も、あの時に言ったんですよね(笑)。準決勝の中国戦でも劇的な勝ち方をしてね。福田(正博)、キーちゃん(北澤豪)、ゴン(中山雅史)じゃなかったかな(編集部注/開始直後に先制されるが、福田、北澤の得点で逆転。その後同点に追い付かれ、中山のゴールで勝ち越し)。大会が進むごとに盛り上がって、メディアも増えて、ニュースにもたくさん出るようになって、観客も増えて……。

──日本代表の人気が出たのは、あの大会からですよね。

カズ そうですね。メディアも注目したのはあそこからですよ。夏に(ハンス)オフトがオランダでキャンプをやった時、取材に来たメディアは2人でしたからね。それから日本に帰ってきて、(ロベルト)バッジョのいるユヴェントスと試合をしたりして、徐々に盛り上がっていった。神戸のユニバー記念競技場や国立競技場でやって、両方とも満員になってね。注目はされ始めたんだけど、まだまだ経験不足だったと思います。ただ、「俺たちにはできるんだ」という気持ちだけは一丁前にありましたね。

──その頃の代表はまだサポート体制なども整ってなかったんですよね?

カズ もう全然ですよ。最初のオフトのオランダ合宿なんて、トレーナーも1人だけ。全員のパスポートを持って、空港のカウンターでチェックインしていたのがオフトですから(笑)。あとはオフトの通訳として、日本サッカー協会の代表が1人。スタッフはそれだけですよ。ホテルの予約とか、そういう仕切りもオフトがやったんじゃないかな。そんな状況だったから、僕らもどんどん改善を要求していったんです。そしたら、いろいろな用具が提供されるようになったり、トレーナーが2人、3人と増えていったりと、環境が急激に変わっていきました。それと同時に日本も勝つようになって、ダイナスティカップで優勝した後、アジアカップでも優勝した。そしたらもう、注目度が一気に上がって、93年1月のキャンプの時にはW杯を目指すということでメディアが100人以上集まっていました。だから、アジアカップっていうのは本当に節目でしたね。日本サッカーが変わった大会だと思います。あの時、優勝していなかったら、もうちょっと日本サッカーの成長速度は遅かったかもしれません。Jリーグもああいう形で、あそこまで派手に開幕できなかったかもしれないですよね。

──アジアカップの優勝などで助走がついて、93年にJリーグ開幕を迎えたわけですね。

カズ 個人的にも良い時期だったと思います。ダイナスティカップでMVPを獲り、アジアカップも優勝して、AFCの年間MVPも獲りました。あと、ナビスコカップのMVPも獲って……全部獲ったんですよね(笑)。

──翌年には初代JリーグMVPも獲りました。

カズ はい。記者の年間MVPも2年連続でいただいて。そういう意味では本当に日本代表、ヴェルディ、Jリーグと僕とが、一緒に成長していけた感じがありました。その勢いをつけたのがアジアカップだったと思います。

三浦知良

アジアのチームは日本にサッカーをやらせない

──2回目の出場となった96年のアジアカップは、グループリーグ3連勝でスタートしたものの準々決勝でクウェートに敗れました。

カズ あの時はちょっと調整不足だったと思います。ほんの少し、慢心もあったかもしれません。

──あの頃のアジアでも、特に中東は手強い印象がありましたよね。

カズ あそこでまた、日本代表はアジアで勝つ難しさを感じました。ちょっとやりにくいというイメージがつきましたね。

──UAEでの開催ということで、ドーハではないですけど、やはり独特な雰囲気があったのでしょうか?

カズ そうでしたね。日本代表がコックを連れて行っても、急に台所を使わせてくれなくなったり、そういうアウェイの洗礼みたいなものはありました。まあ、それは言い訳で、どんな環境でもできなきゃいけないんですけどね。あの時はチャンピオンとして行ったアジアカップで、日本は強いという認識をみんなが持っていました。初戦のシリアにしても、日本を潰すという感じで、ファウルぎりぎりで体を張って戦ってきましたから。それまで日本を格下と見ていたのが、4、5年で立場が逆になったので、それなら徹底して日本のサッカーをやらせないぞ、という雰囲気でしたね。あの頃から、中東のチームは日本戦で目の色を変えてやるようになったと思います。

──アジアの大会では、これまでもずっと「苦戦の歴史」があります。アジア独特の難しさというのは、具体的にはやはり潰しにくるところなんでしょうか?

カズ 親善試合でヨーロッパや南米の強豪国と対戦した場合、向こうのチームは自分たちのサッカー、攻撃的なサッカーをどんどんやってくるじゃないですか。日本の良いところを潰そうという戦術は別に採らないですよね。ある程度、日本にも自由にやらせてくれるし、力と力の勝負になります。だけど、アジアのチームは日本にサッカーをやらせない。全員がマンツーマンだったり、ボール際もファウル覚悟で削りにきたり、とにかく必死に守り切ってカウンターだけ狙ってくるとか、そういうスタンスで向かってきますから。手堅く守って、正面からは勝負をしてこないようなところがあるので、それはキツイと思いますね。

──サッカーでは力の差が結構あっても、それをやられるとギリギリの勝負になりますよね。

カズ 絶対に攻撃しなきゃいけないバスケットボールやバレーボールとは違って、サッカーでは守り続けることができますからね。大学生がプロと練習試合をやる時もそうだし、力が弱いチームが格上に対して採る戦術です。そうすると力の差が出にくい。それに加えて、中東のチームはただ守るだけじゃなくて、足元の技術もあるのでボールを動かしたら上手いんですよね。

──今大会はザックジャパンのメンバーが中心ですが、このメンバーである程度、完成度の高いサッカーをやっても、やはり苦しむと思いますか?

カズ 簡単じゃないですよね。でも、ザックジャパンの時にアジアの難しさを感じた選手が多いし、何よりヨーロッパで毎試合厳しい試合に出て、厳しい評価の目にさらされている選手がほとんどじゃないですか。その意味では心強いですよね。そう簡単にメンタルが崩れることはないでしょうから。力の差があって、ボールを支配して良いサッカーをやっていても勝つのが難しいということは、ミランだったりインテルだったり、シャルケ、ドルトムント、そういうチームでやっている選手はみんな肌で感じていることだと思います。アジアカップでは、そんな状況の中でもどうやって日本が勝っていくのかを見たいですね。そして、そこに武藤選手や柴崎選手がどう入っていくのかにも注目しています。

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