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今夏に大改革を敢行したマンチェスター・U…ウェルベック放出に見る生え抜き選手の未来とは

2014.10.24

LOS ANGELES, CA - JULY 21: (EXCLUSIVE COVERAGE) Danny Welbeck of Manchester United in action during a first team training session as part of their pre-season tour of the United States on July 21, 2014 in Los Angeles, California. (Photo by John Peters/Man Utd via Getty Images)

[ワールドサッカーキング11月号掲載]

ルイ・ファン・ハールの下で復権を目指すクラブはこの夏、数人の即戦力を加えた一方で、数多くの選手を放出した。放出リストの中にはダニー・ウェルベックの名も含まれていた。ユース育ちの生え抜きの放出は何を意味するのだろうか。
Manchester United Training Session
文=クリス・ヘザラル
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ 

ウェルベックの放出は伝統終焉の“前兆”なのか?

 マンチェスター・ユナイテッドがダニー・ウェルベックを宿敵アーセナルに売却した時、彼に声援を送り続けていたオールド・トラッフォードのスタンドに衝撃が走った。タイトルを争うライバルに選手を放出したからという理由だけではない。この移籍が、クラブの偉大な伝統の終焉の“前兆”に感じられたからだ。

 1950年代にサー・マット・バズビーの下で“バズビー・ベイブズ”が欧州を席巻して以降、ユナイテッドは若手の輩出と生え抜き選手の活躍を誇りにしてきた。1980年代後半には、サー・アレックス・ファーガソンの“フレジリングス”(ひな鳥)が巣立ち始め、リー・マーティン、マーク・ロビンス、ラッセル・ビアズモアなどがトップチームに駆け上がる。そして、あの時代がやって来る。FAユースカップを制してユナイテッドの中心選手に成長し、クラブ史上最も輝かしい時代を支えた“92年組”の台頭だ。

 ライアン・ギグスに続き、デイヴィッド・ベッカム、ネヴィル兄弟、ニッキー・バット、ポール・スコールズがそろってトップチームに名を連ねたこの時期は、若手の育成において英国フットボール史に刻まれるほどの豊作と言えた。そして彼ら生え抜き選手たちは、1999年の“トレブル”を筆頭に黄金期を築いていった。

 ここ10年のユナイテッドを見てみると、ウェズ・ブラウン、ジョン・オシェイ、ダレン・フレッチャー、ジョニー・エヴァンス、トム・クレヴァリー、そして8歳でユナイテッドの下部組織に入団したウェルベックなどがユースチームからの階段を上がり、伝統を継承してきた。信じられないような話だが、ユナイテッドは1937年から数えて3700試合以上連続で控えを含めた試合メンバーに自前選手を入れてきた。それが今、変わろうとしているのかもしれない。

 ルイ・ファン・ハール監督は今夏の移籍市場でアンヘル・ディ・マリアやラダメル・ファルカオといったビッグネームを獲得し、生え抜き選手をクラブの出口へと誘導した。ウェルベックの他、トム・ローレンスがレスターへ出され、マイケル・キーンがバーンリーへ期限付き移籍した。アストン・ヴィラへローンに出されたクレヴァリーも、今シーズンいっぱいでユナイテッドとの契約が満了することを考えると、事実上の放出と言える。

 92年組とともにプレーし、ファーガソンの下でアシスタントを務めたマイク・フィーランは、クラブの方針に落胆の色を隠せなかった。「今後どうなるかは誰にも分からないが、つながってきた糸が切れてしまった。ユナイテッドの流儀が少し失われたように思う。生み出すよりも買い足すようになってしまった。もちろん何事にも始まりはあり、もしかするとユナイテッドは新しい何かの始まりを迎えたのかもしれない。ただ、ウェルベックのような選手はクラブのアイデンティティーでもあった。それが今、壊されてしまったのだ」

「ユナイテッドは変わらない」。伝統を理解する“証人”の言葉

 フィーランが感じた失意は、大半のユナイテッド・ファンが心に抱いたものである。ベッカムやスコールズもウェルベックの退団に「悲しみを覚えた」と明かしている。しかし、冷静に振り返ってみると、伝統の崩壊を危惧する声はやや過剰な反応にも思えてくる。ユナイテッドが誇る伝統は若手の輩出だけではない。大枚をはたいて一流選手を獲得することもクラブの立派な歴史の一部だ。毎シーズン、少なくとも一人はビッグネームを補強し、自前選手では足りない部分を補ってきた。ブライアン・ロブソン、ポール・インス、エリック・カントナ、ロイ・キーン、アンディ・コール、ルート・ファン・ニステルローイ、クリスティアーノ・ロナウド、そしてロビン・ファン・ペルシー。彼らなくしてユナイテッドの栄光はあり得ただろうか?

 ファン・ハールに選択肢などなかった。悲惨な結果に終わった昨シーズンの失意の払拭を託された指揮官は、メスを入れる他なかったのだ。チームを再生するためには一流選手の補強が不可欠だった。更に言えば、ファン・ハールは決して若手の育成を放棄したわけではなく、チャンスがあればユナイテッドの基準を満たした生え抜き選手を使う構えでいる。

 現在のユナイテッドには、フレッチャーとエヴァンスの他に、アドナン・ヤヌザイ、タイラー・ブラケットなどリーグ戦出場経験があるユース出身選手が9人も名を連ねる。今シーズン序盤、20歳のブラケットが定期的に起用され、18歳のFWジェームズ・ウィルソンは監督から名指しで「クラブの将来」と期待されている。

 ファン・ハールは若手の育成について、「才能ある若い選手はチームの刺激になる」と説明し、「子供の頃からクラブの文化を学んできた生え抜き選手は証人のようなものだ。ユナイテッドのようなクラブにはこういう証人が欠かせない。だからこそ優秀な育成組織が必要だ」とも話している。

「私がメンバーを選ぶ際、参考にするのは選手の値段ではなくクオリティーだ。だから若い選手を起用することに全く抵抗はない。私はバルセロナ時代にシャビやアンドレス・イニエスタ、カルレス・プジョルといった選手にデビューの場を与えた。バイエルンではトーマス・ミュラーやダヴィド・アラバがそうだ。私はユナイテッドでも同じことをしたいし、若い選手にはそのチャンスをつかんでもらいたい」

 ただし、ファン・ハールにも譲れないことがある。どれほどクラブと固い絆で結ばれていようが、いくら生粋のユナイテッド・ファンだろうが、このクラブの基準に達していない選手は必要ないということだ。ウェルベックについても、与えたチャンスを十分に生かさなかったから放出しただけ。オランダ人指揮官は、手放した飼い犬にいつか手を噛まれることも覚悟の上で決断に至ったはずだ。

 ユナイテッドのユース育成方針が終焉を迎えたと安直に考えるのは間違っている。なぜならユナイテッドには、その伝統を誰よりも理解している男がいるからだ。

 ファン・ハールのアシスタントは、「ユナイテッドが変わることはない」と断言する。「若い選手にチャンスを与えてエキサイティングなプレーを披露する。その伝統は変わらない。ウェルベックはチームを去ったが、選手はいずれクラブを去る。重要なのは新しい選手を輩出し続けることだ。我々はユース育成システムに誇りを持っている。これからも若い選手にチャンスを与えていくよ」

 クラブの体制や環境がいくら変わろうとも、伝統は受け継がれていく。クラブ歴代最多出場を誇るユナイテッド育成組織の最高傑作、ライアン・ギグスという“証人”の言葉を信じてみようではないか。

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