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答えを知るのは時間のみ…没落したマンチェスター・Uの行く末とは

2014.10.24

[ワールドサッカーキング11月号掲載]

サー・アレックス・ファーガソンが四半世紀かけて築き上げた“大きな城”、その“改修工事”は周囲が想像していた以上に困難を伴う仕事だった。果たしてこの作業は実現可能なのか。すべてはオランダの名将に託された。
West Bromwich Albion v Manchester United - Premier League
文=クリス・ヘザラ
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

 クラブに38個のトロフィーをもたらした26年半のサー・アレックス・ファーガソン政権に終止符が打たれた時、すべてのユナイテッド・ファンが少なからず厳しい過渡期の到来を覚悟したはずだ。しかし、ここまで厳しいものになるとは誰も予想していなかったに違いない。

 ファーギーの勇退から17カ月後の今、かつてのイングランド王者はプレミアリーグの中位に甘んじ、チャンピオンズリーグ(CL)どころかヨーロッパリーグにさえ出場できていない。四半世紀以上も一人の指揮官に命運を託してきたクラブは、わずか1年でデイヴィッド・モイーズ、ライアン・ギグス、そしてルイ・ファン・ハールと3人の監督を起用するに至った。そして今シーズン、ユナイテッドはホームでの開幕ゲームでスウォンジーに敗れると、昇格組のレスターにも屈辱的な逆転負け。リーグカップでは3部のミルトン・キーンズ・ドンズに0-4の大敗を喫した。

 もちろん、希望の兆しも見えている。アンヘル・ディ・マリアの加入にファンは沸き、モナコから完全移籍を視野に入れたローンでやって来たラダメル・ファルカオは、今後ゴールを量産する可能性が高い。だが疑問符は消えない。これだけ輝かしいスターを集めながら、現時点では潰して混ぜただけの“マッシュポテト”に過ぎないのではないか。守備は驚くほど脆弱で、中盤には苦しい時間帯にチームを牽引してくれるブライアン・ロブソンやロイ・キーンのようなリーダーが不足している。このような状況から、タイトルを狙える一つのチームへと料理するのは、世界的な名将と言えども容易なことではないはずだ。

「空白の時間」で犯したいくつもの過ち

 いったい、ユナイテッドで何が起こっているのだろうか。チームが苦しめば苦しむほどファーギーの功績は大きく見えてくる。ファーガソン政権の13度のリーグ制覇により、ユナイテッドは宿敵リヴァプールを抜いてイングランドで最も成功を収めたクラブとなった。更に5度のFAカップ優勝と2度のCL制覇も成し遂げた。そしていくつもの忘れられない記憶をユナイテッドのファンに提供した。1993年、ファーガソン政権下でのリーグ初制覇は、ファンに26年ぶりの歓喜をもたらすものだった。99年にはCL決勝でバイエルン相手に劇的な逆転勝利を収め、フットボール史に刻まれるドラマを演出。ヨーロッパの頂点に立つとともに、イングランド史上初となるプレミアリーグ、FAカップ、CLの3冠を達成した。

 ファーガソンの退任が、「空白の時間」を生むことは当然危惧されていた。あれほどの長期間、クラブの全権を掌握していた指揮官の退任なのだから、危惧しないほうがおかしい。ユナイテッドは頭の上から足の先までファーガソンのクラブだった。ファーギーの哲学とルールは絶対だったのだ。その支配地に足を踏み入れた次の指揮官に、成功のチャンスなどあるわけがなかった。クラブに足を引っ張られればなおさらだ。

 この歴史的な過渡期に、クラブはいくつもの過ちを犯した。まず、役員会で議題にかけることなくファーガソンに後任監督を独断で選ばせたことだ。ファーギーをクラブのフロントに入閣させたこともそうだ。そのせいでモイーズは常に前任者に見降ろされ続けることになった。ユナイテッドが不甲斐ない試合をすると、テレビカメラがオールド・トラッフォードの役員席に座るファーガソンを映し出し、実況が「ファーギーはこんなことを許しただろうか」とお決まりのコメントを投げかけた。

 クラブは更に、移籍市場でもモイーズを十分にサポートしなかった。モイーズ政権は最初から負け試合を挑んでいたのだ。エヴァートン時代、限られた予算でチームを上位に定着させたモイーズは、ファーガソンと同じスコットランドのグラスゴー出身、リーダーシップと勤勉性、そして熱血ぶりでファーガソンに通ずると見られていた。しかしその一方で、タイトル獲得の経験がなくCLの舞台も知らず、ユナイテッドでの指揮は荷が重いとも見られていた。問題は彼が引き継いだチームにもあった。前シーズンにリーグ優勝を果たしていたとはいえ、その成功は選手たちのポテンシャルを最大限に引き出したファーガソンの手腕によるところが大きい。チームには間違いなくヒビが入っていた。守備は老朽化が進み、中盤には体を張る選手が不在、そして攻撃面ではロビン・ファン・ペルシーへの依存度が高すぎた。

 モイーズは監督に就任して間もない記者会見で、ファーガソンのイスに腰を下ろした時の話をした。周囲に誰もいないことを確認し、前任者が監督室に残した豪華なイスに座ってみたそうだ。自分に似合うか確認したのだという。本当に飾らない男である。誠実で親しみやすいモイーズは、前任者とは全く違ったタイプの監督だ。しかし偉大な指揮官が残したイス、そして職務はモイーズには合わなかった。

 シーズン開幕を迎えると、モイーズのユナイテッドは開幕6試合で勝ち点7というプレミアリーグ発足以降、最低の成績でスタートを切った。宿敵リヴァプールに敗れ、隣人のマンチェスター・シティに大敗を喫し、本拠地でウェスト・ブロムウィッチに足をすくわれた。12月にはエヴァートンとニューカッスルに敗れ、01-02シーズン以来となるホームでの連敗。モイーズは一気に窮地へ追い込まれていった。その後も状況は好転せず、就任からわずか10カ月後の2014年4月、モイーズはこの82年間で最も短命なユナイテッドの指揮官となってしまった。

答えなき難題に挑む名将。成否を知るのは時間のみ

 トップ4入りを諦め、モイーズに見切りをつけたクラブは、英雄ライアン・ギグスに監督としての“お試し期間”を与えた。最終的にユナイテッドは12-13シーズンを過去24年間で最低の7位で終え、20年ぶりにCL出場権を逃した。そしてクラブは、オランダをワールドカップで3位に導いた男にクラブ再建を託した。

 ユナイテッドの没落において最も驚かされたのは、ファーガソン退任後のクラブの補強方針だった。以前のユナイテッドは本格的な夏を迎える前に、音も立てずに補強を完了させていた。他のクラブと争奪戦を演じる前に大物を連れて来ていたのだ。しかしファーギーの勇退と時を同じくして、クラブのビジネス面を牛耳っていたデイヴィッド・ギルがチーフエグゼクティブを退任。これが指揮官の勇退と同じくらい大きな影響を与えたと言われている。

 ギルが去ってからのユナイテッドは、水面下ではなく、公の場でビジネスを行うようになり、新聞記者はユナイテッドが犯した補強の失敗例を面白おかしく羅列した。以前のユナイテッドには移籍市場で明確なターゲットがあり、それを例外なく射止めてきた。しかし、最近2回の夏の移籍市場での彼らの動きは、ユナイテッドのそれとは到底思えなかった。

 昨夏はセスク・ファブレガス、ウェスレイ・スナイデル、レイトン・ベインズ、アンデル・エレーラ、サミ・ケディラといったターゲットの獲得にことごとく失敗。そしてモイーズの古巣からマルアン・フェライニを獲得するというパニックバイに走った。今夏は同じ轍を踏まないためにいち早く始動し、アンデル・エレーラとルーク・ショーに大枚をはたいたが、彼らは指揮官が要求した選手ではなかった。その反面、ファン・ハールが希望したトマス・ヴェルマーレンの獲得は失敗に終わり、シーズンが開幕してから慌ててディ・マリアとダレイ・ブリントを獲得した。マーケット最終日にはファルカオを連れて来たが、生え抜きのダニー・ウェルベックを比較的安値でライバルのアーセナルに売り渡し、ファンから非難を浴びた。

 確かに今夏の大型補強はファンをワクワクさせるものだ。ファルカオ、ファン・ペルシー、ウェイン・ルーニーのトライアングルは世界屈指の攻撃力を誇るだろう。だが、必ずしもチームの問題点が改善されたとは思えない。ユナイテッドで一時代を築いたリオ・ファーディナンドやネマニャ・ヴィディッチ、パトリス・エヴラといった選手が同時に抜けた守備陣の補強は、ほとんど手つかずの状態。1億5000万ポンド(約255億円)という大金の使い道は果たして正しかったのか。

 ユナイテッドで主将を務めたガリー・ネヴィルはこう話す。「もっと考え抜かれた補強をすると思っていた。私には理解できない。あれだけの選手たちをどうやって一つのチームにまとめるのか。ルーニー、ファン・ペルシー、ファルカオ、ディ・マリア……。エレーラやフアン・マタ、アドナン・ヤヌザイもいる。彼らをどうやって起用していくのか分からない。間違いなくユナイテッドは金を浪費した」

 確かに今のユナイテッドのメンバー構成はバランスが悪い。そしてこのバランスの悪さこそ、実はファン・ハールが就任直後に漏らしていた不満だった。指揮官はトップ下の選手が多すぎると嘆き、実際に香川真司が弾き出されることになった。だからこそ、ファン・ハールはバランスの調和を求めるものだと誰もが思った。しかし、フタを開けてみればバランスは偏ったまま。ケガ人の影響があったのも事実だが、結果的には自ら掲げた3バックシステムをあっさりと引っ込める羽目になった。

 とはいえ、ユナイテッドが間違った道を進んでいるとは言い切れない。ここまで大きな城の再建に着手した者など、過去に一人もいないからだ。どんなやり方が正しいのか、それは誰にも分からない。その答えを知るのは時間だけだ。だから、現時点では信じてみるべきだ。ファン・ハールが、補修工事にとどまらず、今まで以上に大きな城を作り上げてくれることを――。

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