FOLLOW US

モウリーニョとの関係を明かすエトオ「最初は憎らしかった」

2013.10.07

SOCCER-CHAMPIONS/

[ワールドサッカーキング1017号掲載]

その言葉には、“一片の淀み”もない。移籍の経緯、プレミアの魅力、指揮官への思い、そして自らの歩みと今後のキャリアについて、威風堂々と、サミュエル・エトオが言葉をつむぐ。
エトオ
インタビュー・文=ミシェル・デスラック Interview and text by Michel DESLAC
翻訳=石橋佳奈 Translation by Kana ISHIBASHI
写真=ゲッティ イメージズ、アフロ Photo by Getty Images, AFLO

 本人の言葉にもあるとおり、チェルシーへの移籍は大きな“サプライズ”だった。

「難しい決断ではなかった。チェルシーの持つクオリティーは知っているし、過去に(ジョゼ)モウリーニョ監督の下でプレーをした時、とても幸せだった。再び、そのチャンスをつかめてうれしい」

 移籍市場の閉幕間際に発表されたチェルシーへの加入について彼はそう語っている。

 そもそも、「ロシアを去る」という考えはなかったそうだ。しかし、アンジを出なければならないと分かった時、彼の頭には真っ先に「ビッグクラブでの挑戦」というシナリオが浮かんだという。

「ここでは常に全力を尽くす必要がある」

 サミュエル・エトオが全力で新たな道を切り開く。

モウリーニョと俺には大きな共通点がある

――スペイン、イタリア、ロシアを経て、今度はイングランドでプレーすることになりました。プレミアリーグはあなたにとってどういう位置付けでしたか?

エトオ プレミアリーグは世界で最も魅力あるリーグだ。ただ、チェルシー行きの話が決まる前までは、「ロシアを去ろう」なんて思ってもいなかった。俺は一つのクラブと契約したら、「トコトンやる」という考えしか持っていない人間だ。サッカー界には様々なサプライズが存在するが、今回の移籍もそういうことさ。結果として、これまでと違う国に来て、これまで経験したことのないリーグでプレーすることになった。それがサッカー発祥の地であるイングランドというのも面白い展開だ。

――今回、チェルシーが連絡してくる以前に、イングランドのクラブから打診を受けたことはありますか?

エトオ もちろんある。プロデビュー当時、アーセナルからコンタクトを受けた。アーセン・ヴェンゲル監督からの打診だった。ただ、俺はマジョルカのほうに心を引かれていた。当時のルイス・アラゴネス監督に説得されたんだ。アラゴネスは俺の人生に大きな影響を及ぼした人物だ。マジョルカに行ったことは全く後悔していないし、その後、バルセロナに行けたのも彼のおかげだ。それから、モウリーニョが最初にチェルシーの監督に就任した時にも打診を受けたことがある。もっとも、その時は、俺には分からない理由で話が流れてしまったけどな。

――インテル時代、モウリーニョとはどういう間柄だったのですか?

エトオ どちらかと言えば、最初は険悪だった。モウリーニョは選手への要求が多く、言い方も至ってストレートだ。選手と監督との関係はピリピリしていた。正直な話、最初は憎らしかったくらいだし、お互いに言いたいことを言っていた。ただ、時間が経つにつれて憎しみは尊敬に、そして愛情へと変わった。

――愛情?

エトオ おっと、誤解しないでくれよ(笑)。「愛情」ってのは、ちょっと言いすぎたかもしれない。彼のやり方に惚れたと言ったらいいかな。同じように向こうも俺に理解を示してくれるようになった。モウリーニョと俺には大きな共通点がある。それは、どちらも勝利への執着心が極めて強いということだ。

――モウリーニョの魅力はどんな点にありますか?

エトオ 物言いがストレートなところだ。指揮者然としているし、自分が何を求めているかをよく理解していて、それを手に入れるために万策を尽くす。その戦略に従うことができるなら、あとはどんな状況においても彼を信頼すればいい。もっとも、もしやり方に不満があったとしても、監督は別のプレーヤーを探すだけだ。それから、モウリーニョが素晴らしいのは、公衆の面前で自分の選手をかばうところだ。選手に文句を言うのはロッカールームであって、クラブの外ではない。これまで俺はいろいろな監督と付き合ってきたけど、中には選手の前ではっきりものが言えない人間もいる。だが、モウリーニョは何も恐れない。常に率直に自分の胸の内を語れる人間は、そうそういないものだ。

いつだって考えを改めていくべき

――チェルシーに来るようあなたを説得したのもモウリーニョですか?

エトオ ああ、そうだ。電話で「お前に来てほしいんだ」と言われた。昔と変わらず、実にストレートだったよ(笑)。俺はいつも、監督から信頼されていることが分かった上でそのクラブと契約したいと考えている。チェルシーは素晴らしいクラブだし、ワクワクするようなプロジェクトを抱えている。このクラブにはたくさんのビッグプレーヤーがいるが、その点も移籍の決め手になった。

――具体的にはどんなプロジェクトですか?

エトオ リーグ優勝とチャンピオンズリーグ(CL)制覇だ。俺はこの2つのタイトルを同等なものだと考えている。CLはバルサ時代に2度、インテル時代にも1度優勝しているし、スペインとイタリアのタイトルは既に獲得している。プレミアリーグ優勝も経験できるなら、こんなに素晴らしいことはない。

――これまでと違ったクラブで、自身4度目のCL優勝を狙うことも可能ですね。

エトオ そのとおりだ。俺は2002年、レアル・マドリーが優勝した時にも、その場に立ち会っている。まだ若くてあまりプレーはしなかったが、メンバーの一員ではあった。それを含めると、次回は違うクラブで5度目の優勝ということになる。

――バルセロナ時代と言えば、チェルシーに敗れてベスト16で大会を去った04-05シーズン、あなたは「サッカー界に災いをもたらすこのクラブ(チェルシー)のユニフォームを身にまとうことは一生ないだろう」と語っていました。あの発言を今は後悔していますか?

エトオ 別に後悔はしていない。あれは敗戦直後の落胆と怒りから出た言葉だ。チェルシーはあの時、極めて守備的でひねくれた戦略を取ってバルサを負かそうとしていた。ただ、俺もその後、モウリーニョやチェルシーに対する考えを改めるようになったよ。だいたい、みんながみんなバルセロナ流のサッカーをする必要なんてどこにもない。それに俺自身、09-10シーズンにインテルが優勝した時はカンプ・ノウでバルサを負かすために同じ戦略を経験している。あの時のインテルにとっては、それがベストな選択だった。サッカーの世界では、いつだって考えを改めていくべきだということさ。

――チェルシーではアンジ時代のパートナーだったウィリアンにも再会しました。ウィリアンは、チェルシーで頭角を現すだけの力を持っていますか?

エトオ あいつは、どんなクラブでも台頭できるだけの力を秘めている。アンジでは数カ月しか一緒にプレーしていないが、ウィリアンは“スーパーなMF”で、現在、最も魅力に溢れたプレーヤーと言える。シャフタール時代から既に素晴らしい選手だった。そもそも、モウリーニョのリクルートが失敗に終わるのはレアケースだ。彼がウィリアンを選んだのは、プレーヤーとして、それだけ信頼しているからだと思う。

チェルシーに加入したエトオが、アンジ時代を振り返るとともに、イングランドのサッカーについて言及。インタビューの続きは、ワールドサッカーキング1017号でチェック!

SHARE

LATEST ARTICLE最新記事

RANKING今、読まれている記事

  • Daily

  • Weekly

  • Monthly

SOCCERKING VIDEO