2013.05.01

常識破りなドルトムントの指揮官、クロップを名将にした特別な能力

[ワールドサッカーキング0516号掲載]
クロップ
文=シュテファン・ゾンターク Text by Stephen SONNTAG
翻訳=影山 祐 Translation by Yu KAGEYAMA
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

ドルトムントの快進撃は、この指揮官を抜きにしては語れない。崩壊寸前だったクラブを蘇らせ、ピッチでは魅力的なフットボールを実現。欧州の舞台でも躍進を演出した。従来の常識の枠には収まらない新たな名将、ユルゲン・クロップが成功した理由を、5つの能力から検証する。

 ドイツの有名なフットボール誌『キッカー』は昨年末、2012年のマン・オブ・ザ・イヤーに彼を選んだ。

 191センチの巨体、猛獣のうなり声のような笑い声、伸ばし放題のあごひげ、トレードマークのベースボールキャップとジャージ姿、助走つきのガッツポーズ……。そのどれもが、我々がイメージするフットボールの監督像からはかけ離れている。ユルゲン・クロップは風変わりな男だ。

 だが、単純なイメージにとらわれてはならない。昨シーズン、彼が率いるドルトムントはブンデスリーガ2連覇を達成し、DFBカップでも王者に輝いた。今シーズンはバイエルンの独走優勝を許したとはいえ、チャンピオンズリーグ(以下CL)で快進撃を見せてベスト4に残った。ドイツ国外のフットボールファンにはいま一つピンと来ないかもしれないが、これは紛れもなく偉業だ。

 ドルトムントはビッグクラブではない。それどころか、05年には放漫経営の末に破産の危機に陥り、プロリーグを追放される寸前だったのだ。その7年後、同じクラブがリーグを2連覇するとは、誰に想像できただろう?

 熱狂的なことで有名なドルトムントのファンでさえ、今の状況を信じられない思いで眺めているのではないだろうか。

 08年の就任以来、クロップはドルトムントのすべてを変えた。メンバーを代え、戦術を変え、トレーニング方法、補強戦略、アカデミーのプログラムまで変えた。その成果が今のチームだ。ドイツではそれまで、これほど大規模な改革を推し進めたクラブはなかった。崩壊寸前だったクラブがフットボールの最先端をいく集団に生まれ変わった、その「改革」において、最も重要な役割を果たしたのがクロップだった。

 なぜ、彼にはそれができたのか。ドイツで最も常識破りな監督の手腕を、5つの視点から読み解いてみよう。

一流のリーダーが持つモチベーターの才能

 ユルゲン・ノルベルト・クロップは1967年6月16日、「黒い森」と呼ばれるシュトゥットガルトで生まれた。年の離れた2人の姉、シュテファニーとイゾルデに可愛がられた彼は、本人によれば「小さな王子様のように」愛されて育ったという。

 育った環境のせいかどうかは定かでないが、クロップには「誰からも愛される」という不思議な才能がある。恐らく、それは彼を特別な存在にしている最大の要因だろう。ドイツの『シュテルン』誌は昨年、クロップがいかにクラブの人々に愛されているかをまとめた記事に、「モチベーションの技法」というタイトルをつけた。経営陣からアカデミーの選手まで、全員がファミリーのように団結し、共通の目標を目指す。あらゆる組織にとって永遠のテーマと言えそうだが、ドルトムントではクロップがその中心として機能している。

 では、トレーニング場やロッカールームで、彼はどうやって選手たちを鼓舞しているのだろうか? 残念ながら、その言葉はまず報じられることはない。公共のメディアで発表することのできない、下品な言葉のオンパレードだからだ。だが、痛烈な言葉と派手な動きで選手を盛り上げるパフォーマンスは、彼の現役時代からの得意技だった。

 ここで簡単にクロップのキャリアを振り返っておこう。故郷のローカルクラブ、グラッテンでキャリアをスタートさせた彼は、その後エルゲンツィンゲン、プフォルツハイムを経て、87年にフランクフルトに移籍。これが、キャリアにおいて最も1部リーグに近づいた時期だった。だが、フランクフルトではリザーブリーグでプレーしたのみで、結局は90年、23歳の時に加入した2部リーグのマインツに腰を落ち着け、それから11シーズンで325試合に出場した。「要するに、2部リーグの平凡な選手だったということさ」と彼は笑う。

 だが、クロップには「平凡な選手」にはない特別な能力があった。強烈なリーダーシップだ。01年2月28日、2部リーグで残留争いをしていたマインツのクリスティアン・ハイデルSDは、エックハルト・クラウツン監督の解任を決断した。そこで後任に指名されたのが、まだ現役選手だったクロップだ。「あれは直感だった。何の根拠もなかったが、ユルゲンならチームをまとめられると確信していたんだ」

 自身もマインツのプレーヤーだったハイデルは、4歳年下のチームメートに早くから指導者の資質を見いだしていた。その期待どおり、クロップはマインツを2部に残留させた。凡庸なチームに過ぎなかったマインツは、やがて献身的に走るアグレッシブなチームに変身し、4年後にはクラブ初の1部昇格を達成。後にドルトムントを大成功に導く「魔法」は、早くもこの時に発揮されていたのだ。

 チームのモチベーションをどう高めるのか? この点について、クロップ自身は3つのポイントがあると言う。「まずは連帯感だ。集団に対する強い所属意識がなければ、選手はチームに貢献する意欲を失う。次に攻撃的なスタイルであること。フットボールでは攻撃こそが選手を動かすエネルギーになる。最後はチャレンジする精神。勝敗にこだわるのは悪いことじゃないが、それだけだと視野が狭くなり、新しいアイデアが出てこない」

 マインツ時代、彼はノルウェーで行った夏のキャンプで、選手全員をカヌーに乗せて激流下りに参加させた。「全員で危機を乗り越える。それが団結力を生むんだ」

クラブの印象を変えたロックスター的魅力

 ドルトムントはもともと熱狂的なクラブだ。破産の危機に直面した05年でさえ、ホームの平均入場者数は7万人を超えていた。これはクロップにとって幸運なことだった。ピッチサイドを走り回って叫び声を上げたり、判定に怒鳴ってペットボトルを蹴飛ばしたり、ゴールに喜ぶあまり肉離れを起こすほどジャンプしたり……。こうしたパフォーマンスは、伝統や格式を重んじるバイエルンのようなクラブでは敬遠されたかもしれない。だが、ドルトムントでは誰からも喜ばれる。

 クロップは生まれついてのパフォーマーだ。06年、彼は監督業で有名になる前に、テレビのコメンテーターとしてブレイクした。ドイツのテレビ局『ZDF』でワールドカップの試合を解説した彼は、画面にマーカーを引いてゴールシーンを説明する手法、明るい性格と魅力的な笑顔、分かりやすく軽妙な語り口によって、すぐに人気者になった。何しろ、あごひげを生やした熊のような大男が、ゲラゲラと笑いながら、くだけた調子で友達のように話すのだ。中立を大前提とするジャーナリストたちでさえ、彼のキャラクターには圧倒され、魅了されてしまう。これまで、クロップについて書かれた記事は無数にあるが、その中から彼を批判している記事を探すのは難しい。「クロップは選手とファンからとことん愛されている。『人気がある』なんて表現ではとても足りない」。ドルトムント生まれのジャーナリスト、ウルリッヒ・ヘッセはそう語る。「開幕前のキャンプでは、ただのトレーニングに数千人のファンが掛けつけた。クロップがピッチにコーンを置いて回るだけで拍手が起こるんだ」。時として、クロップはバイエルンのような支配勢力に反抗するロックスターのようにも見える。

 実際、彼ほど形式や体制を逸脱した人物はいないだろう。普段はチームのジャージ姿でどこへでも出かけ、ジャージを着ていない時はTシャツとジーンズ姿が基本だ(自分の結婚式でさえTシャツで出席した)。ピッチサイドに立つ時も、他の監督たちのようにイタリア製の高級スーツではなく、ジャージの上にフードつきのスウェットを着込み、ベースボールキャップをかぶる。もっとも、CLでは「暗黙の了解」とも言うべき服装規定があるため、仕方なくスーツを着ているが……。昨年10月、レアル・マドリーをホームに迎えた試合の前、ジョゼ・モウリーニョはいたずらっぽく笑いながら、スーツ姿のクロップに声を掛けた。「ミスター・クロップ。いつものジャージはどこへやったんだい?」

 今では、クラブ全体がクロップのイメージに染められたようだ。ウインターブレイクにスペインで行われた合宿では、クラブ関係者のほとんどがジャージで行動していた。このクラブを訪れる者は、誰もがリラックスしたムードに迎えられる。ここは誰もが言いたいことを言えるクラブ、新しいことにチャレンジできるクラブなのだ─そんな印象を抱かない者はいない。

戦術家としての実験的な手法

 ドルトムントの成功を語る上で、外せない戦術的キーワードがある。「ゲーゲンプレッシング」というカウンタープレスのアイデアだ。これはボールを失った時、そこからリトリートして陣形を立て直すのではなく、その場からプレスを掛けてボールを奪うというもので、バルセロナやスペイン代表が採用している。クロップはマインツ時代からこの戦術を試し、アシスタントコーチのペーター・クラヴィーツ、ジェリコ・ブヴァッチとともに改良を重ねてきた。クラヴィーツはマインツ大学でフットボール分析を学び、戦術コーチとしてマインツ、ドルトムントとクロップを支えてきた人物。ちなみに、クロップ自身もマインツ大学で経営学を修めている。

 自身の戦術を磨く上で、クロップが手本としたのはバルセロナだった。ただし、彼が注目したのはバルセロナの華麗な攻撃ではなく、守備だ。「誰もがバルサのようにプレーしたいと思うだろうが、実際は不可能だ。チャビ、(アンドレス)イニエスタ、(リオネル)メッシの3人がいなければ、あんなプレーはできないからね。だけど、仮に3人がいなくても、バルサは完璧なプレスを掛けられる。それがマドリーとの差だ」。実際、クロップが理想とするプレースタイルとは「マドリーの攻撃にバルサの組織的な守備をミックスさせる」という壮大なものだ。

 今シーズンからドルトムントに加わったマルコ・ロイスは入団当初、ゲーゲンプレッシングの理論を徹底的にたたき込まれた。この戦術ではただ相手を追いかけるのではなく、ボールを失った地点のポジショニングに応じて、それぞれが適切なコースを判断しなければならない。そのため、ロイスはトレーニングでマリオ・ゲッツェやヤクブ・ブラシュチコフスキといったMFとともに4バックを組み、DFとしてプレーさせられたこともあった。

 その強烈なプレス戦術の効力は、昨年10月、CLのグループリーグでR・マドリーを2-1と破った試合で明確になった。クロップはこの試合でポゼッションを放棄した。「マドリーはポゼッションに問題を抱えていた。彼らがどこにパスを出し、クリスチアーノ・ロナウドをどう走らせるのかは分かっていた」と彼は言う。C・ロナウドにパスが渡るのを防ぐため、彼らはシャビ・アロンソを徹底的にマークした。「アロンソを自由にしたら、我々に勝つチャンスはない。だが、アロンソではなくぺぺがパスの起点になるように仕向ければ、マドリーは別のチームになる」。この「アロンソ封じ」を忠実に実行したのが、FWのロベルト・レヴァンドフスキと、その後方に位置するゲッツェ、ロイス、ケヴィン・グロスクロイツというアタッカーたちだった。彼らは終始、献身的にプレスを掛け続け、R・マドリーに隙を与えなかった。

 試合後、敗軍の将となったモウリーニョが記者団に語った言葉は印象的だ。「ドルトムントはダークホースではなく、ドイツ王者になった偉大なチームだ。偉大なチーム同士が戦えば、どちらが勝っても不思議じゃない。大げさに騒ぐ結果じゃないさ」

クロップ監督のインタビューの続きは、今号からリニューアルしたワールドサッカーキング0516号でチェック!