2015.11.26

自分の経験を還元する価値がサッカーにはある 秋本真吾(スプリントコーチ)

秋本真吾
秋本真吾

「セカンドキャリアを歩む以上は、陸上選手として誰もやってこなかったことをやりたい」

 そう語るのは、現在、多くのプロスポーツ選手に走りの指導を展開している秋本真吾さんだ。

 かつて陸上選手として数々の記録と実績を打ち立ててきた。プロキャリアを終えて、現在は主にランニングコーチとして、陸上界のみならず様々なスポーツと関わりながら活動している。

 最近ではプロサッカー選手のスプリントコーチを務めるなど、サッカー界にも活動の場を広げている。その彼が、過去のアスリート生活で得た経験や現在の指導者生活で抱く思いを、ありのままに語った。

指導者となった今でも生き続ける、競技生活での経験

 秋本さんは、2012年まで400メートルハードルのプロ選手として活躍したトップアスリートである。しかし意外なことに、ハードル競技を始めたのは高校生になってからだった。

「先生にいきなり呼び出されて、『次の試合、ハードルで出ろ』って言われて」

 コーチからの突然の宣告によってスタートしたハードル人生だったが、みるみる頭角を現していった。

「最初は予選で最下位になったりして、全く結果を出せなかったんですが、走るたびに良くなりました。高校生の時は120位くらいだったランキングが、大学で日本5位までたどり着いたんです。割と遅咲きですよね」

 以降、200メートルハードルでアジア最高記録を樹立するなど、日本を代表する選手にまで成長した。その裏には、彼なりの地道な努力があった。

「社会人になってからは、誰もいない競技場で、一人で練習する時間も長く、そうした時は孤独さを味わっていたんですよ。その中でビデオを撮って分析したり、練習方法を工夫したり、そういうことを毎日続ける生活でしたね」

 毎日が孤独で、ひたすら自分と向き合う日々。その中で試行錯誤し、ストイックに自己を高め続けた。そのような経験が、指導者となった今、「もろに生きている」と彼は語る。

「スランプには必ず原因があるんです。現役の頃は、スランプの原因を自分で理解して修正させていく作業を、当たり前のようにやってきました。だからある程度、自分の中に引き出しはあるので、他のスポーツ選手のスランプについても、そこから脱出させることができるんじゃないかと考えたんです」

より深くサッカーを知ることで、トレーニングにも工夫

 陸上選手としてのプロキャリアを終えると、野球選手やサッカー選手をはじめ、多くのプロスポーツ選手に指導者として関わるようになる。サッカー選手に対してはどのように指導しているのだろうか。

「サッカー選手はフィジカル能力が高いと思っていました。だけど実際に指導してみると、腕をあまり効果的に振れない選手が多いんです。サッカーって基本的に足を使うじゃないですか。走る時、みんな足をどう動かすか、ということばかりおそらく考えてしまうんですけど、実際には腕の使い方や振り方がすごく重要なんです。サッカー選手が改善すべき点は、まずそこにあると感じました」

 指導するにあたって肌で感じた、イメージと現実のギャップ。事実、サッカー選手の練習メニューを決めるのにはかなり苦悩したそうだ。

「最初は僕自身がこれまでに蓄積してきた、陸上競技で速く走るためのメソッドに基づいたトレーニングをやってもらっていたんです。当然それでも良くはなるんですけど、果たしてその走りがサッカーにどう生きるのかっていう部分で、僕がしていた予想とは全然違う形で現れたり、『これを実践するのは無理だな』っていうような動きが出たりしました」

 そこで秋本さんは、熱心にサッカーを研究し、実際にプレーもして、サッカーに関する理解を深めていった。それからはトレーニングにも変化を加えたという。

「サッカーを勉強してからは、トレーニングをより工夫するようになりました。ボールを使ったトレーニングを入れたり、ドリブルで走ってみたり。今後の指導でも、オリジナルのトレーニングをどんどん入れたいですね。サッカーのさまざまな局面に生かすことを想定して、それに合わせた動きを取り入れようと思います」

 指導者となっても変わらない、ストイックで研究熱心な姿勢。そんな秋本さんの飽くなき向上心が、多くのプロスポーツ選手を引きつける魅力なのかもしれない。

秋本真吾

指導した選手には成長を実感してもらいたい

 各選手の変化や成果をチェックする際には、二つのデータを活用しているという。

「一つは、指導の中で必ずVTRを撮影するようにしています。選手がどう変わったか、という見た目の判断をしたいんですよね。選手は自分の走りを客観視することがあまりないので、局面のダッシュをビデオで撮って、選手に変化を認識してもらっています。もう一つは、Jリーグで公開されているトラッキングデータの利用です。走行速度の変化が数字として出るので、この裏付けは大きい。この二つのデータを活用し、見た目と数字で成果を実感してもらうことで、選手にも納得してトレーニングをしてもらえます」

 ここにも、指導者としての秋本さんのこだわりがある。

「僕は自分で『こういうことができます!』ってアピールするのがあまり好きではないんです。それよりも、今、教えている選手たちにちゃんと成長を実感してもらうことを大切にしています。それが口コミのような形で、自然と多くの選手に広まっていってくれるとうれしいですね。そのためには、本当に必要としている選手にメソッドを届ける、その積み重ねが大事なんです」

 自分を必要としてくれる選手に必要なものを届けたいという、秋本さんの純粋な思いが垣間見えた。

自分の経験を多くのスポーツに還元できる指導者へ

「陸上選手のセカンドキャリアは学校の先生という形で選手を指導する傾向が多いと思います。僕もそういう道を考えたんですが、僕なんかよりも実績のある方はたくさんいますし、どうせなら陸上で培ってきた経験を他のスポーツに生かして世界を広げたいと思うようになりました」

 新たなる一歩として、他の誰もが進まなかった道へと踏み出した。彼は、他の競技の選手に指導する魅力をこう語る。

「陸上界で当たり前の理論をサッカー選手や野球選手に教えると、『何ですか、これは!』って感じで驚かれるんですよ。陸上界からすれば当たり前のことなんですけど、他のスポーツ界からはすごく重宝されます。彼らはもともと才能もポテンシャルもあるから、指導すればすぐに速くなるんですよ。それをかなえられると、今までとは全然違う喜びを感じますね。自分の経験を還元する価値がそこにあるんです」

 自分のアスリートとしての経験を、陸上界のみならず多くのスポーツ界に届けていく。それこそが、彼の目指す理想の指導者像なのだ。

 その上で、秋本さんはサッカーの可能性を強く感じている。

「自分で勉強して、経験もして、その上で一番伸びしろや可能性がありそうなのが、サッカーだと思っています。自分のメソッドを伝えて、日本代表の選手をみんな100メートル10秒台で走れるようにできたら、ワールドカップで優勝できるかもしれない。 それくらい、サッカーの可能性に魅力を感じています。だから今後も、日本サッカー界のサポートやフォローをしていきたいですね」

 秋本さんがサッカーにもたらす化学反応。もしかすると、日本サッカーの未来を変える大きな力になるかもしれない。

インタビュー・文=高田脩平(サッカーキング・アカデミー
写真=大澤智子

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