2015.06.09

サッカーとは文化と文化のぶつかり合い 安藤正純(コーディネーター、翻訳家)

安藤正純
安藤正純

「『今度デイヴィッド・ベッカムとメシ食いに行くんだけど、そのインタビューいらない?』なんてオファーが突然、来るんだよ。 すごい話だと思わない?」

 そう語るのは、ドイツ最大のサッカー誌『kicker』の特派員にして、日本きってのドイツ通である安藤正純さんである。

 コーディネーター、翻訳家、コラムニスト、ドイツ語講師と多彩な顔を持ち、日本と欧州をつなぐ架け橋として活躍してきた彼が、今、伝えたいことを余すところなく語ってくれた。

サッカーとの出会い、そして憧れの地ドイツへ

 きっかけは1968年のメキシコ五輪だった。日本が銅メダルを獲得し、列島が熱狂に包まれる中、当時、中学生だった安藤青年は初めてサッカーと出会う。

「ボールを足で蹴るのも知らなかった。でも、やってみたら面白くて、それ以来ハマりました」

 ペレに魅了され、1970年代には“皇帝”フランツ・ベッケンバウアーを擁して世界を席巻した西ドイツのサッカーに心酔していく。安藤さんはこの時期を「近代サッカーの黄金期」と称し、今の土台になっていると言う。

 当時は、今ほどサッカーメディアは発達しておらず、サッカー業界への就職は叶わなかった。それでも、サッカーへの熱い思いが消えることはなかった。

「サラリーマンをしているうちに、『ドイツへ行って、サッカーを見て、将来はサッカーの仕事に就きたい』と思ってね。それで留学したんですよ」

 2年半にわたるドイツ生活は楽ではなかった。それでも、地元のアマチュアチームで仲間とサッカーをし、ビールを飲み明かす。そんな生活に心底、喜びを感じていた。

 帰国後、「経験はなかった」というものの、地元のサッカースクールで少年サッカーの指導者となる。
当時、指導者だけで生計を立てる者は珍しく、安藤さんはまさに「草分け」であった。

サッカージャーナリストとして選んだ道

 その後、サッカーから離れている時に転機が訪れる。1993年のJリーグ発足である。

「ドイツの『kicker』という雑誌に『Jリーグが発足するよ』という内容の記事を送ったら、採用されたんです。これがかなりの反響でね、『教えてくれ』とか『私もJリーグでプレーしたい』という声が、続々と届いたんです」

 欧州の記者達とのネットワークが広がるにつれ、仕事は増えていった。しかし、同時に記者としての限界も感じたという。

「当初は自分も書きたかった。でも、彼らと仕事をしていると、とてつもないレベルの差を感じた。日本の記者が束になってもかなわない。早々に自分の限界を感じました」

 日本人記者とは何が違うのだろう。

「まず分析力と提言力。それから言語能力。日本人は優秀な記事を書ける人が多いけど、言語の大きな壁がある。それと、様々な国のクラブ幹部やトップ選手とのコネクションだね」

 冒頭のようなやり取りは、欧州では何も特別なことではないという。

 劣等感は、やがて「彼らの極めて優れた取材力を何とか生かせないか」という考えに変わる。その答えが、翻訳やコーディネーターという道だった。

「コーディネーターとは、日本の編集者と外国人記者を結ぶ、言わば“ハブ”ですよ」と語る安藤さんには、外国人記者と接する上で大切にしていることがあるという。

「まず、絶対に嘘をつかないこと。それから、日本についての文化、歴史、価値観を説明できること。やはり外国人とは様々な価値観が正面からぶつかり合うんです。お互いの人格を探り合い、信頼できるとなれば、彼らも100パーセントの態度で応えてくれますね」

 そうして培った信頼関係が、長年、外国人記者の記事を日本へ届ける原動力となってきたのである。

 安藤さんは昨年からサッカーキング・アカデミーのドイツ語講師も務めている。外国語を覚えることは、「自分の世界を広げて、人生を豊かにするための手段」だと言う。

「外国語を1つ覚えると、それまで自分が見聞きしてきた世界と違うものが体験できる。それらが融合し合うと、人生の幅がすごく広がるんです。人生一度きりだけど、やっぱり数人分を味わいたいね」

安藤正純

ドイツサッカーの魅力とは?

 近年、日本人選手の活躍もあり、ブンデスリーガへの注目度が高まっている。その魅力をたずねると「あまり面白いと思ったことがない」という意外な答えが返ってきた。

そして、その理由を音楽で例えてくれた。

「ドイツサッカーの短所は、機械的な動きや攻守の定番化。それに、人間が持つずる賢さとかウィット、パッションという概念も欠けている。音楽で言えばクラシックだね。ジャズではない。では、どちらが人間を快活にし、楽しくさせてくれますか? やっぱりジャズやタンゴでしょう」

 ドイツでは一対一の競り合いを「Zwei Kanpf」(ツバイカンプ)と呼び、その勝敗を重要視する文化がある。このドイツ伝統の球際の強さと直線的に縦へ速い攻撃こそ、クラシック的なのかもしれない。

 では、なぜ「面白いと思ったことがない」ドイツサッカーに傾倒するのか。それは「リーグ自体の魅力」なのだという。ブンデスリーガは、どのスタジアムも清潔で、常にファンの熱気に包まれている。平均観客数は4万人を超え、世界一を誇る。

 さらに、その熱気はスタジアムだけにとどまらない。

「ドイツでは、試合日は朝から“お祭り”なんです。どんな村でも毎週、必ず試合があり、11部リーグの結果まで新聞に載る。安全、快適に見られて、なおかつ熱狂度も高い。これ以上の理想的な環境はないでしょう」

 ユーロ2000で惨敗したドイツ代表は、直後から新しいトレーニングメソッドを導入し、積極的な改革に乗り出した。その結果がブラジル・ワールドカップでの優勝という形で実を結んだ。この一連のプロセスをどう読み解くのか。

「やはりDFB(ドイツサッカー連盟)の力だね。挫折からたった10年。哲学と理念を浸透させれば、こんなに早く変化できると世界中に見せたわけですよ。だから日本もできるはずです」

 日本代表についても、独自の視点でメスを入れる。

「欧州では中盤であんなに楽にボールを持たせてくれない。プレーの速さも段違いだね。でも、サッカーって面白いもので、速ければ強いわけじゃない。だから日本人の持つ特性を生かせばいい。決して他国をまねする必要はない。オリジナリティーに勝るものはないんだから」

「サッカーの本質」を感じ取ってほしい

 海外メディアに精通する安藤さんにとって、日本のサッカーメディアはどのように映るのだろうか。「言っちゃって良いのかな」と前置きをした後、その問題点を鋭く指摘した。

「やはり1人の選手にフォーカスしすぎる。個人のプレーや人格を批判するのも筋違いだね。チームスポーツなんだから、すべて総合して報道してほしい」

 発言は切れ味を増し、その瞳には真剣な光が宿る。

「それと、戦術論に細かすぎる。戦術とは本来1回限りのもの。それだけで勝てれば苦労しない。アレックス・ファーガソンは試合前、選手たちに『さあ、お前ら死ぬ気でやってこい』と言うだけだった。戦術の話は一切なし。でも強かった。戦術は監督のものであって、他人が議論しても意味ないよ」

 最後に、サッカーを楽しむためのコツを教えてくれた。

「日本人選手だけに注目するのではなく、チームやリーグ、サッカーの背後に控える文化的、社会的背景にも関心を向けてほしい。そうすることで、『彼のプレーは、きっとこういう背景、発想があったからだな』と分かってきて、より楽しくなりますよ」

 日本とドイツをつなぐ“ハブ”として多忙な日々を送りつつ、今でも週に3、4日はサッカーをしているという安藤さん。このバイタリティーあふれる永遠のサッカー少年なしには、どんなに優れた記事も日の目を見ることはないのである。

インタビュー・文=室井洋昭(サッカーキング・アカデミー
写真=小林浩一(サッカーキング・アカデミー

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