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喜びも悲しみも、サッカーが感じさせてくれる 日々野真理(フリーアナウンサー)

2015.03.26
hibinomari

 試合が終わると、すぐさまお立ち台が設置され、その日の主役とピッチレポーターとのやり取りが始まる。見慣れたヒーローインタビューの光景だ。

 日々野真理さんは、フジテレビでなでしこジャパンのレポーターや、スカパー!のJリーグ中継などでピッチレポーターとして活躍するフリーアナウンサー。今でこそ当たり前となった、ピッチレポーターという職を定着させるために奮闘した苦労人である。

好きなことを仕事に

「サッカーを応援するのが当たり前で、逆に他のスポーツはあまり見たことがなかった」という生粋のサッカー家族育ちの日々野さんにとって、サッカーに触れることはごく自然なこと。アナウンサーとして事務所に所属し、レポーターとしての経験を積み重ねていく中でも、サッカーから心が離れることはなかった。

「もともとスポーツには強くない事務所だったので、ずっとサッカーとは関係のない仕事をしていたんですけど、ある時、事務所の人に『サッカーの仕事がしたい』と相談してみたんです。最初はなかなか見つかりませんでしたけど、審判の資格も取ったりして、やりたいっていうアピールは続けていました」

 初めはトークショーでの司会や、高校サッカーのレポーターなど、Jリーグとは異なるカテゴリーでの仕事が続いた。日々野さんがサッカーの仕事を始めた1998年頃から「ピッチレポーター」という職業は存在していたが、現在ほど普及しておらず、また、テレビ中継が行われるのは毎節2~3試合のみ。「なんとかそこに入りたい」という思いを抱いていた日々野さんに、チャンスが訪れる。

 事務所のマネージャーが、ピッチレポーターのオーディションをセッティングしてくれたのだ。オーディションの場では、テストとしてヤマザキナビスコカップ準々決勝第1戦、浦和レッズvs鹿島アントラーズ戦(1999年/駒場)を観戦し、その場で感じたものを言葉でカセットテープに吹き込んだ。そして、見事に合格した日々野さんは、ピッチレポーターとしての門を開いた。

「サッカーだけじゃ食べていけない」って言われたのが悔しかった

 念願だったピッチレポーターという仕事を手にしてからも、日々野さんはがむしゃらに行動を続けた。

「初めて練習取材に行かせてもらったときに、やっぱり現場で見て、聞いてから伝えることが大事だなと強く感じました。レポーターって、実況とはまた違う専門職だと思うんです。『レポーターよりも実況やればいいのに』って言ってくださる人もいたんですけど、私はレポーターという職を確立したかった」

 その思いから、試合はもちろん、時間の許す限りとにかく練習取材に出向いた。当時、そのようなスタイルを取るレポーターは珍しく、周囲の反応はあまり良くなかったという。サッカーの現場にいる女性は、目立つ存在だったのだ。

 しかしその固定概念さえも、日々野さんにとってはモチベーションの一つだった。

「当時、女性がサッカーに携わるには応援番組くらいしかなかったんですけど、だいたい女性は2、3年で入れ替わるんですよね。どんな仕事もそうですけど、2、3年やってみて分かることってあるのに、どうしてそこで辞めなきゃいけないんだろうって疑問に思ったんです。みんな辞めたいわけじゃないのに辞めなきゃいけなくて、全てを失っていく。でも、レポーターっていう仕事は違うんじゃないかって思って、『私が絶対にやるんだ』って疑いませんでした」

 また、事務所との意見の食い違いも日々野さんを突き動かした。事務所としては、サッカーよりも仕事の多い野球や競馬、ゴルフなど、他のスポーツを勧めたかったのだろう。

「サッカーだけで女性のフリーアナウンサーが食べていけるっていう常識は存在しなかったので、事務所の人に、『サッカーじゃなくて野球をやればいいんだよ』って言われたんですけど、私の答えは『ノー』だった。野球が嫌いとかじゃなくて、サッカーじゃ食べていけないって言われたのが悔しくて。じゃあ、サッカーだけで食べてやろうと」

かゆいところに手が届くレポーターでありたい

 2002年の日韓ワールドカップを「勝負の時」と捉えた日々野さんは、大会前にフリーに転身。大会期間中は番組のメインキャスターを務めるなど、順調に歩み出したかに見えたが、その後は厳しい現実が続いた。

「事務所にいた頃のレギュラー番組をやりながらサッカーの仕事をしていたんですけど、安定するまでには時間が掛かり、親に頼ったこともありました。だけど、女性でもサッカーだけでしゃべり手として生きていけるんだっていうことを証明したい気持ちが強かったんです」

 そんな時、かつてジェフユナイテッド千葉や名古屋グランパスなどで指揮を執ったズデンコ・ベルデニック監督から掛けられた言葉が、日々野さんの支えになった。

「私が何年も現場で取材しているのを見て、『ヨーロッパだと女性ジャーナリストが第一線でずっと長くやるのは当たり前だ。日本にはあまりそういう人がいないかしもしれないけど、頑張りなさい』って言ってくれたんです」

 実はこれまで、ピッチレポーターという職は何度も消失する危機に直面していた。しかし、そのたびに日々野さんはレポーターの重要性を説き、生き延びてきた。

「いつなくされてもおかしくない職業なんです。だけど、実況と解説がいれば中継は成り立つっていう価値観を変えたい。そのために試行錯誤しながらいろいろやってきました」

 日々野さんはピッチサイドに立つ際、取材ノートをすべて暗記してから臨むというスタイルを貫いている。絶妙なタイミングでレポートを挟むためには、常に試合から目を離せないためだ。

「ピッチサイドに立つときには、リラックスした状態でいたいんです。視野が狭くなると、見るべきものが見えなくなってしまうので。常にベストな状態で試合開始を迎えたい」

 元日本代表監督のイビチャ・オシム氏との出会いも大きかった。

「『かゆいところに手が届くレポーターでありたい』と思うようになったのは、オシムさんのおかげです。オシムさんがチラッと誰かを注意すると、そこから失点したり、何かが起きるんです。それを繰り返し見ていて、私もそういうタイミングでレポートを入れられたら一番気持ちいいなって」

 これらの思いや努力が実を結び、いつしか「サッカーだけで食べている自分」を手に入れていた。「いつからかは覚えてないですけど、サッカー一本で生活できてるなって気づいた時は、良かったなっていう思いと同時に、『やれるんだよ』って思いました」という。

 また、周囲への感謝の思いも忘れてはいない。

「サッカー界は面倒見のいい人が多くて、一生懸命頑張っていれば応援してくれる。本当に厳しい世界ですけど、その分やりがいもあるし、すごく良い世界です。もし、サッカーがなかったら、自分の人生はもっと平坦だったかもしれないっていつも感じています。喜びも悲しみも常々感じさせてくれるのが選手であったり、サッカーなんです。いい出会いをしたなと思いますし、サッカーというものにすごく感謝をしています」

 そんな日々野さんと、レポートを担当するFC東京とのあるエピソードがある。2014年J1第18節、味の素スタジアムで行われたFC東京vs清水エスパルス戦でのこと。2ゴールでヒーローインタビューに応じたFC東京のFW武藤嘉紀から、日々野さんへ結婚祝いの花束がサプライズプレゼントされたのだ。

「びっくりしました。いきなり私の話を始めたのでパニックになっちゃって。でもすごくうれしかったですね。チームの方にそんなことをやってもらえるなんて、見たことも聞いたこともなかったので」

 現場とのつながりを大切にし、常にプロ意識を持つ日々野さんの姿に、クラブが応えた証しだった。

女性なんだけどサムライっぽい、それがなでしこの魅力

 Jリーグを取材する傍ら、日々野さんは長年、なでしこジャパンの取材にも精を出している。前回の2011年ドイツ大会でもピッチレポーターを担当し、優勝の瞬間に立ち会った。

「金の紙吹雪の中に選手がいる姿っていうのは、忘れられないですね。ヒーローインタビューは長年取材してきた澤(穂希)さんだったので、感慨深くて二人でちょっと泣いてしまいました」

 優勝後は、寝る間もないほど仕事に追われたという。しかし、世間の?なでしこブーム”はあっという間に過ぎ去って行った。W杯や五輪などのビッグイベント後に人気を保ち続けられるかは、女子サッカーに限ったことではなく、すべてのスポーツに共通する課題だ。

 なでしこジャパンは、来る今年6月、前回女王としてW杯に臨む。

「女性なんだけどサムライっぽい。それがなでしこの魅力です。みんなぶれない芯があって、懐が深いから強いんです。結果を出し続けなくちゃいけないっていうのは、選手たちが一番感じているはず。だけど、最後に『いいチームだったね』って思える大会であってほしいなと思います。もちろん、その結果が優勝だったら最高です」

 そして、こう続けた。

「選手と視聴者の橋渡しとして、彼女たちの魅力を伝えたい。それが私の役目です」

 その決意を持って、日々野さんはピッチサイドに立つ。

インタビュー・文=平柳麻衣(サッカーキング・アカデミー
写真=小林浩一(サッカーキング・アカデミー

●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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