2013.02.05

「『勝利への脱出』は一種のカルト映画といえるかもしれない」西部謙司

2011年に産声を上げ、サッカーファン、映画ファンから熱い支持を集めてきた「ヨコハマ・フットボール映画祭」。今年も2月11日(月/祝)、16日(土)、17日(日)の3日間で本邦初公開のジャパンプレミアを含む7作品を一挙上映! そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各7作品の映画評を順次ご紹介。今回は17日に映画祭特別ゲストとしてご登壇も予定されている西部謙司さんに映画祭で特別上映される名作『勝利への脱出』 についての映画評を寄稿いただきました。
「『勝利への脱出』は一種のカルト映画といえるかもしれない」西部謙司

「『勝利への脱出』は一種のカルト映画といえるかもしれない」西部謙司

 脱走モノの映画として最も有名なのは、『大脱走』だろう。捕虜役のスティーブ・マックィーンが独房の壁に野球のボールをぶつけるシーンは、「また脱走してやるぜ」という不敵な闘志を感じさせる印象深いラストシーンだった。
 『勝利への脱出』もシルベスター・スタローン主演の脱走モノなのだが、半分ぐらいはスポーツ映画である。サッカーファンにとっては、また違った楽しみ方のできる、一種のカルト映画といえるかもしれない。

 出演しているプレーヤーで主演級はやはりペレだ。

 映画的なハイライトシーンはスタローンのPKストップなのだろうが、正直これはまったく見栄えがしない。ボクサーはできてもフットボーラーは無理だったようだ。GK役として見せ場を作るならPKストップしかなかったのだろうが、スタローンのアクションはまるで草サッカーのGKである。

 誰がどう見ても、最大の見物はペレのオーバーヘッドシュートなのだ。
 ペレのオーバーヘッドには、サッカー史上最大の怪物の不思議さが集約されている。高い跳躍、空中での完璧なバランス、柔軟性、信じがたいボール感覚……パワフルなのに全然力みがない。ばかばかしいぐらい力が入ってしまっている無骨なスタローンのアクションと比べると、フットボーラーの才能とは何なのかがよくわかる。ペレの動きはいつも美しく、ふわりとした感触を残すのだ。真の才能は威圧感を与えない。それがフットボールだということが、ペレを見ているとよくわかる。

 オズワルド・アルディレスのステップワークも興味深い。軍靴を履いているのに、滑るようにドリブルしていく。Jリーグの監督としてのイメージが強いかもしれないが、希有な才能を持った選手だった。

 カジミエシュ・デイナがいたのは少々驚きだ。映画公開の8年後に交通事故で若くして他界してしまったが、ポーランドの大スターだった。エレガントなプレーメーカーで、西ドイツで開催された1974年のワールドカップでは母国を3位に導く原動力となった。映画ではまったく目立たず、どこにいるのかわからない。マンチェスター・シティでプレーした後、北米リーグにもいたから、英語力を買われての起用だろうか。せっかく出演させたのなら、少しは見せ場を作ってほしかった。

 他のビッグネームとしてはボビー・ムーアが出ている。1966年ワールドカップで優勝したイングランドのキャプテンだ。ムーアはセンターバックだが、フィードの上手い技巧派である。まだGKへのバックパスが禁止されていなかった時代、ゴールライン際から矢のようなクロス、ではなくバックパスを蹴っていた選手だ。

 やはりイングランドからはマイク・サマービーが出演している。マンチェスター・シティの名選手だった。同時代にライバルのマンチェスター・ユナイテッドで活躍していたジョージ・ベストとは親友で、ブティックを共同経営していたそうだ。サマービーは親子三代のプロフットボーラーの真ん中、生粋のフットボーラーである。長髪と反骨的な言動、ふざけているのか真面目なのかよくわからない感じは、60~70年代のビートルズ世代を象徴する選手の1人といえるかもしれない。

 ところで、もしこの映画をリメイクするとしたら、どんな選手たちがキャスティングされるのだろうか。だいたい10年ぐらい前にピークだった人を集めていたようだから、2000年あたりのスタープレーヤーということになるだろうか。

 そうなると候補になるのはジダン、フィーゴ、ベッカム、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、アンリ、トッティ、デルピエロ、ラウル……あたりになる。英語がしゃべれて二枚目のベッカムあたりがメインになりそうだが、あいにく彼はまだ現役だ。トッティ、アンリ、ラウル、デルピエロ、ロナウジーニョも現役続行中。出演できそうなのはジダンとフィーゴ、リバウドぐらいしかいない。捕虜にしては太りすぎているロナウドは減量が出演条件になる。

 引退して10年ぐらいなら、まだ体も動くしネームバリューもある。『勝利への脱出』は、なかなか考えたキャスティングだったわけだ。だが、いまそれをやろうとすると人を集められない。ここ20年で、フットボーラーの寿命が延びていることに気づく。

【プロフィール】
西部謙司(にしべ・けんじ)
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研「ストライカー」の編集部勤務。1995?98年にフランスのパリに住み欧州サッカーを取材。2002年にフリーランスとなる。趣味もサッカーで、東京都シニアリーグで現役続行中。『戦術リストランテ』(ソル・メディア)、『サッカー戦術クロニクル』(カンゼン)、『偉大なるマントーバ』(東邦出版)など著書多数。

『勝利への脱出』
アメリカ/ドラマ/117分/1981年
上映:2月11日(月/祝)13:05~
監督:ジョン・ヒューストン
出演:シルベスター・スタローン/マイケル・ケイン/ペレ/オズワルド・アルディレス
配給:ワーナー・ブラザーズ
舞台:第二次世界大戦下ドイツ捕虜収容所
(c)1981 Lorimar Productions Inc. All Rights

【ヨコハマ・フットボール映画祭2013について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2013年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月11日(月/祝)・16日(土)・17日(日)に開催! 詳細は公式サイト(http://yfff.jp)にて。

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コッホ先生と僕らの革命
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