2013.02.05

「『ミュンヘンの悲劇』と再生への道のりの真実」――島田佳代子

「ネーションの住人はこれを見よ」――広瀬一郎2011年に産声を上げ、サッカーファン、映画ファンから熱い支持を集めてきた「ヨコハマ・フットボール映画祭」。今年も2月11日(月/祝)、16日(土)、17日(日)の3日間で本邦初公開のジャパンプレミアを含む7作品を一挙上映! そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各7作品の映画評を順次ご紹介。今回は英国在住歴が長くボビー・チャールトンとも過去に2度お会いされているという島田佳代子さんに香川の活躍で日本でも注目度の高まっているマンチェスター・ユナイテッドを題材にした『ユナイテッド ミュンヘンの悲劇』 についての映画評を寄稿いただきました。
「『ミュンヘンの悲劇』と再生への道のりの真実」島田佳代子

「『ミュンヘンの悲劇』と再生への道のりの真実」島田佳代子

 香川選手の入団でさらなる注目を集めているマンチェスター・ユナイテッドは、世界有数の名門クラブとして知られていますが、ふたつの世界大戦に挟まれた1920年~40年頃は1部と2部を行ったり来たりするなど、長い低迷期に入っていました。そんな状況を救ったのが、1945年2月に就任したスコットランド人のマット・バスビー監督(ダグレイ・スコット)でした。バスビー監督は就任と同時にウェールズ人のジミー・マーフィー(デヴィッド・テナント)をコーチとして採用すると、若手選手の獲得と育成に力を注ぎ、チームは翌シーズンから上位をキープすると1951/52に優勝を達成。平均年齢の若さからも選手たちはバスビー・ベイブスと呼ばれ大きな注目を集めます。

 1955/56・1956/57にはリーグを連覇。1958年2月のあの悲劇さえなければ、さらなる連覇と欧州制覇も夢ではなかったかもしれません。この映画は1958年にマンチェスター・ユナイテッドを襲った「ミュンヘンの悲劇」と再生への道のりを描いています。  

 1958年2月、チャンピオンズカップ(現CL)の準決勝、敵地ベオグラードでの試合に勝利し決勝進出を決めた選手たちを乗せた飛行機が、給油のために立ち寄ったミュンヘンの空港での雪の中での離陸に失敗。乗客44人のうち選手8名、チーム関係者3名を含む23名が死亡しました。犠牲者の中には16歳でチームデビューを果たした天才ダンカン・エドワーズも含まれていました。
突如としてチームの主力の大半を失い、選手を補強する予算もないユナイテッドは存続の危機に陥りますが、それを救ったのがコーチのマーフィーでした。ウェールズ代表のコーチも務めていたマーフィーは事故当時ウェールズ代表の遠征に参加していたために事故を逃れました。精神的に強いショックを受けた選手たちに寄り添い、激励を飛ばし、死の淵を彷徨うバスビー監督に代わり指揮をとりチーム存続に尽力します。

「『ミュンヘンの悲劇』と再生への道のりの真実」島田佳代子
 ボビー・チャールトン(ジャック・オコンネル)は実家に引きこもり、一時はボールを蹴ることもできなくなりますが、マーフィーとともにクラブの再建を誓います。そして悲劇から10年後の1968年のチャンピオンズカップ決勝で自らも2得点を挙げ優勝に貢献すると、キャプテンとしてトロフィーを掲げますが、祝勝会には参加せず、ひとり静かに亡きチームメイトたちに勝利を捧げたといわれています。

 チャールトンはチャンピオンズカップ以外にも、W杯優勝、バロンドール受賞、2008年5月にライアン・ギグスが破るまで、クラブの歴代最多となる758試合に出場し、249得点を記録するなど、フットボーラーとしてこれ以上ないくらい華々しい活躍を見せました。しかし、事故で犠牲になった兄弟同然のチームメイトたちのことを1日たりとも忘れることはなかったし、常にチームメイトたちのことを思いボールを蹴っていたといいます。そして50年近くもの間、事故のことを公の場で口にすることはほとんどありませんでした。映画に描かれているように、なぜ自分は助かったのか、それもなぜ軽傷で済んだのか、なぜ自分は死ななかったのか葛藤していました。

 また、フットボール・リーグがチャンピオンズカップへのイングランドチームの出場を反対する中、強行出場し、国内でのリーグ戦に間に合わせるためにチャーター機を提案したバスビー監督も自分自身を責め続けたといいます。

「ミュンヘンの悲劇」はユナイテッドのみならず、イングランドのフットボールを愛する人ならば、知っておかなければいけない悲劇です。生存者や関係者も多くを語りたくない難しいテーマを扱った映画ですが、細かいリサーチ作業により、かなり事実に基づいて再現できているのではないかと思います。英国らしい淡々とした作りがより共感できます。
 本作はジミー・マーフィーとボビー・チャールトンを軸に描かれています。悲劇から今年で55年が経ちますが、優れた選手の育成システムを作ったマーフィーの功績をたたえ、クラブは若手選手に贈られる「ジミー・マーフィー賞」を制定し今でも毎シーズン表彰しています。

 また、作品中でも2008年5月21日に行われたCL決勝で3度目の欧州制覇は23人の犠牲者に捧げられたとありましたが、実際、優勝トロフィーを受け取る選手たちをロイヤル・ボックスまで先導したのはボビー・チャールトンでした。こういった事実からも今なお、あの悲劇がクラブに大きな影響をもたらしていることがおわかり頂けるのではないでしょうか。

 私自身、サー・ボビーには2度ほどお会いしたことがあります。本当に気さくな方で何を聞いても丁寧に答えてくれそうな印象を受けましたが、やはりミュンヘンの悲劇のことは聞くことはできませんでした。想像を絶する体験を乗り越えた人だからこその強さと、温かさを持った人という印象も受けました。

 チャールトンは2002年のFIFAワールドカップ招致の際には、日本のアンバサダーを務め、Jヴィレッジの名付け親でもあるなど、日本のサッカー界とも繋がりが深く、2012年春には旭日小綬章を受章しているともなれば、イングランドのフットボールに興味がないという日本のサッカーファンにも観て欲しい作品でもあります。

【プロフィール】
島田佳代子(しまだ・かよこ)
1978年6月5日生まれ。中学生のころよりマンチェスター・シティとイングランドのフットボールに目覚め、何度かの観戦旅行を経て1999年9月~2007年10月まで英国在住。2001年に日本のサッカー専門誌を中心に執筆活動を開始。主な著書に『I?英国フットボール』(東邦出版&エイ文庫)、『i?ラグビーワールド』(東邦出版)、『英国フットボール案内 Footie Life』(新紀元社)がある。

『ユナイテッド ミュンヘンの悲劇』
イギリス/ドラマ/94分/2011年
上映:2月17日(日)12:40~
監督:ジェームズ・ストロング
出演:デイヴィッド・テナント/ダグレイ・スコット
配給:ゴー・シネマ
舞台:1950年代マンチェスター
(c)World Productions (United) Limited MMXI

【ヨコハマ・フットボール映画祭2013について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2013年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月11日(月/祝)・16日(土)・17日(日)に開催! 詳細は公式サイト(http://yfff.jp)にて。

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コッホ先生と僕らの革命
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