FOLLOW US

【インタビュー】可能性を秘めた“アメリカ経由のヨーロッパ行き”…中村武彦氏が説く「MLS挑戦」のススメ

2016.12.05

「ヨーロッパでやるだけが正解ではない。視野を広げて、アメリカで経験を積むのもあり」と持論を展開した中村武彦氏

 今やメジャーリーグサッカー(MLS)は高い競技力と人気を誇るビッグリーグに育った。“サッカー不毛の地”と揶揄されたのも今は昔、近年ではデイヴィッド・ベッカムやティエリ・アンリを呼び込み、カカ、アンドレア・ピルロなどの大型スター選手が参戦。平均観客動員数は2万を超えるまでに成長した。

 そのMLSが発足した1996年から籍を置き、リーグ最多となる5度の優勝経験を持つロサンゼルス・ギャラクシーが12月15日、16日に日本でオープントライアウトを実施する。今回はLAギャラクシーII(セカンドチーム)の若手選手発掘を目的としているが、将来、トップチームでプレーするのも夢ではない。

「僕は若い日本人選手が一度アメリカに来て、そこからヨーロッパに行くほうがいいと思っています」

 そう助言するのは、MLSのアジア事業を一手に引き受ける中村武彦氏だ。日本人選手の海外移籍はもはや珍しくないが、どうしても「海外=ヨーロッパ」というイメージが強い。しかし、いざ欧州へ渡ったとしても、その強靭なフィジカルに苦戦し、言葉の壁に悩まされ、海外挑戦を志半ばで終える選手も少なくはない。中村氏は、「MLSはフィジカルが世界トップレベルなので、アメリカでやれるならヨーロッパでも通用する」と語る。まずはアメリカで揉まれながらプレーを磨けば、スカウトの目に留まる可能性が高まると。

 日本にいながら有名クラブのトライアウトを受けられるチャンスはめったにない。今回のトライアウト受験を迷っている若きフットボーラーは、中村氏の言葉に耳を傾けてほしい。

LAギャラクシー

LAギャラクシーIIがトライアウトを実施。日本での実施は初の試み [写真]=Getty Images

スポーツはビジネス! MLS成長の裏側とは

――まずは、リーグ設立から約20年間でMLSが成長した過程をお伺いしたいと思います。

「選手で客寄せをするのではなく、自分たちで“何とか生きていける”基盤を最初に作った点が他とは全く違うところです。創立当初、知名度がある選手はいませんでした。ピッチ上は何もしなかったんです。選手にお金をかけてもスタジアムがないし、運営できるプロもいない。だったらまずはインフラを整えましょう、と。それを10年間続けた結果、全チームが自前のスタジアムを持ち、小規模でも20〜50人のフロントスタッフをそろえて、ピッチ上のパフォーマンスが悪かったとしても事業として回るようにしたんです」

――具体的にはどのような施策をしてきたのでしょう?

「まずは自分のスタジアムを持つこと。そして、ただのサッカー好きではなく、その分野に長けた人材をフロントスタッフとして集めました。広報や運営、チケットを売る専門家などです。社長やゼネラルマネージャー(GM)も実績がある人を呼んできました。サッカーに詳しくなくていいんです。選手の契約交渉ができて、ビジネスの観点で数字を見れる人がGMを務める。誰を獲得するかは、強化部長の仕事です」

――役割が明確になっているんですね。

「例えば、自腹で興味がないスポーツの試合のチケットを買って、しかも友達も連れて行けと言われたら嫌ですよね? つまり、『スタジアムに来ている=サッカーが好き』という勘違いは危険なんです。違う目的で来ている人もいる。だから、アメリカの場合はハーフタイムショーをしたり、花火を上げたり、充実したショップを作ったりしています。それを作るのは選手ではなく、企画力や運営力があるスタッフですよね」

――つまり、選手のコンディションやチームの成績には左右されない部分の収入を確保することに力を注いだと。

「そのとおりです。いかにスタジアムにとどまってもらえるか、お金を落としてもらえるか。その工夫が大事です。ゴール裏にいる人は、チームを応援しているコアなサポーターです。それ以外の人たちにどうアプローチするかが重要。チケットにホットドッグ食べ放題券を付けると、お父さんは喜んで家族をスタジアムに連れて行くんです。でも、ホットドッグってそんなに食べられないんですよ(笑)。飲み物が欲しくなるだろうし、子供はお菓子を欲しがるかもしれない。そうすると、自然と単価が上がるんです。そういう工夫をする専門のスタッフが必要になってきます。

 ピッチ上の出来事に依存すると、それは博打です。勝敗はコントロールできませんし、選手がケガをすることだってあります。それでも売り上げを出さなければなりません。ピッチ外を基盤にしてビジネスを成立させる。そこで生まれたお金で(デイヴィッド)ベッカムや(ディディエ)ドログバを呼べるようなフェーズに入ってきたんです」

MLS

安定した収入を確保するため、ゴール裏以外の顧客に対するアプローチを徹底している [写真]=Getty Images

――さらにここ数年で感じる変化はありますか?

「サッカーを見る目が変わってきましたね。今ではいいプレーに対して拍手が起こるようになりました。あとは、“一緒に応援する”ことがアメリカでは珍しくて、それが結構若者にウケている。MLSが若者の間でおしゃれだったり、かっこいいと思われる位置づけになっています。だから、最近はデジタルにお金をかけています」

――確かに、SNSの使い方がうまいですよね。

「各クラブがデジタルチームを持っていますからね。リーグにも専属で約50名はいますし、MLB(メジャーリーグベースボール)にもなると800名はいます。アメリカは、“まずは投資”という概念なので、お金のかけ方が違います」

可能性を秘めた“アメリカ経由のヨーロッパ行き”

――では、選手のレベルはどうでしょう?

「もちろん、サッカーのレベルはヨーロッパが上です。ただ、個々を比べるのはなかなかむずかしい。初めてMLSを見た人は、『下手くそ』もしくは『見たことがないサッカー』と言いますから(笑)。多くの選手がプロレスラーみたいなフィジカルなので、日本人のセンターフォワードとセンターバックがフィットするのはむずかしいでしょうね。ただ、1人で局面を打開できる選手は通用します。日本人はスピードやテクニックがあるので、あまり相手のプレッシャーを受けずに器用にプレーができる中盤のサイドやサイドバックだと活躍できる可能性が十分にあると思います」

――今回、LAギャラクシーが日本で初めてトライアウトを開催します。

「これはよくあるマーケティングイベントではありません。実際にLAギャラクシーIIのカート・オナルフォ監督やスタッフが来日して、選手をチェックする予定でした。あいにく、トップチームの監督であったブルース・アリーナ氏がアメリカ代表の監督に就任したことで、カートはLAに残らなくてはならなくなりましたが、それでもLAギャラクシーの本気度は伝わってきます。参加費は日本円で約1万9000円しますが、本来、トライアウトを受けようと思ったら現地に行かなければなりません。航空費、宿泊代、現地での交通費や食費などを考えると安いと思います」

――受ける側の本気度も見えると?

「そうです。当初は参加費を無料にする意見もありましたが、そうすると誰もが受けられるため、レベルが下がってしまう恐れがある。アメリカからコーチやスタッフも派遣するので、ある程度の金額を設定することにしました。そもそも、日本開催を決めたきっかけは、アジア各国からトライアウトを受けに来る選手が年々増加しているからなんです。今回、トライアウトを行うLAギャラクシーIIはドラフト指名された選手や、アカデミーから上がってきた選手など、23歳前後の選手がプレーしています。MLSは特にフィジカルが強いサッカーで、日本とは全然違うスタイルなので、慣れるにはいい環境だと思います。また、練習場と同じ敷地内にカリフォルニア州立大学ドミンゲスヒルズ校があり、希望すれば入学の手伝いもしてくれます」

中村武彦

LAギャラクシーの育成や設備について、「僕がその年齢だったら『受けたい』と思えるほど中身が充実している」と語る

――アメリカには育成の概念がないと聞いたことがあります。

「MLSの場合は、2007年に全チームがU-14からのアカデミーを持つことになりました。スポーツをビジネスとして捉えているアメリカにしてみれば、育成は投資のメリットが少ないんですよ。何年で回収できて、いくら儲かる、というものが予測不可能なので、育てるよりも『大学から取ればいいじゃん』という発想に至ってしまう。プロ選手がオフシーズンに戻って練習するくらい大学の施設は整っているので、MLSが特別にやる必要がないんです。

 その考えが変わったのは、フランスサッカー連盟(FFF)と提携してから。FFFでは育成年代向けの指導者用ライセンスを発行していて、毎年リーグの負担で全クラブのアカデミーコーチを留学させているんです。さらに、FFFの指導員がリーグオフィスに常駐して、講義を行ったり、アカデミーの設置の仕方などを確認して回ります。スター選手を高額で買ってもケガをすることがある。『活躍するかも』は投資ではないんです。でも、指導者育成に投資を始めました。いい選手を“継続的”に輩出できれば、高値で売却することも可能ですし、自分たちのチームで活躍すれば海外選手を高額で買う必要もない。これをリターンと考えるようになったからです」

――中でもLAギャラクシーは育成に力を注いでいますよね。その他に、中村さんから見たLAギャラクシーの魅力があれば教えてください。

「リーグ創設時からあるオリジナルのチームで、ロサンゼルスは説明するまでもなく住むには魅力的な街です。オーナーがアンシュッツ・エンターテイメント・グループ(anschutz entertainment group)という世界トップのスポーツエンターテイメント会社で、NBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)のロサンゼルス・レイカーズやNHL(ナショナルホッケーリーグ)のロサンゼルス・キングスなどを所有しています。さらに、世界中にアリーナやスタジアムを持っていて、ビヨンセのコンサートをやるようなエンターテイメント会社なので、投資力が高いんです。例えば、ベッカムの獲得は緻密で戦略的に行われています。ただ大金を払ってベッカムと契約したわけではなく、獲得資金をどう捻出するか、使ったお金をどうやって回収するかがしっかりと計算されています。ジェラードが退団を発表しましたけど、絶対に誰かを獲得するでしょう。LAギャラクシーに“スターなし”ということはないと思います」

――誰が来るのか楽しみですね。確実に成長を重ねてきたMLSですが、アメリカからヨーロッパへ移籍するルートは確立されているんでしょうか?

「スカウトは常にMLSの試合をチェックしています。東海岸であれば、ヨーロッパから飛行機に乗って5〜6時間で来ることができますよね。英語もスペイン語も通じて、現地でレンタカーを借りれば自由に行動できる。ボルシアMGやフランクフルトなど、欧州のスカウト陣は必ず来ています。一方、日本となると移動は10時間かかるし、現地のローカルコーディネーターを雇わないと自由に行動することすらできない。よっぽど狙っている選手がいない限り、日本まで来ることはむずかしいでしょうね。あと、MLSはフィジカルが世界トップレベルなので、アメリカでやれるならヨーロッパでも通用するという1つの基準になっています。だから、僕は若い日本人選手が1度アメリカに来て、そこからヨーロッパに行くほうがいいと思っています」

遠藤翼

遠藤(右)はトロントFCからドラフト1位指名を受け、入団 [写真]=Getty Images

――日本にいるよりも、アメリカでプレーしているほうがスカウトの目に留まりやすい?

「そうです。1年もいれば英語は身につくし、フィジカルにも慣れると思います。日本のスタイルとは違うところで個の力が試される。アメリカ経由のヨーロッパ行きは、ぜひ検討してもらいたいルートですね」

――アメリカで生活することで、サッカー以外でも新たな刺激を受けることができますよね。

「それは間違いないですね。遠藤(翼)選手がいい例だと思うんですけど、アメリカの大学で学位を取っているし、英語はペラペラです。もし仮に、今現役を引退したとしても選択肢は多いはず。僕はアメリカで人生の視野を広げたり、経験を多く積むのはありだと思います。今回のトライアウトには台湾や韓国からも申し込みがあるようです。ヨーロッパの高いレベルでやることだけが正解ではない。少し視野を広げて、MLSを1つの選択肢にしてみてもいいのではないでしょうか」

インタビュー・文=高尾太恵子

LAギャラクシーII ジャパントライアウト応募要項
■対象
17歳〜25歳までの男性

■日時
2016年12月15日(木)、16日(金)

■会場
フクダ電子スクエア
〒260-0835 千葉県千葉市中央区川崎町1−20

■参加費
185ドル(約1万9000円)
※参加費は、いかなる理由においても返金はいたしません。

■持ち物
サッカー用具一式
※参加者には試合中に着用する背番号付きのTシャツを1人2枚提供

■応募方法
LAギャラクシー公式サイト(http://www.lagalaxy.com)内の応募フォームにて必要事項を記入

応募フォームはこちら

■お問い合わせ先
メールにて「info@blueutd.com」宛にお問い合わせください。

■その他
・参加者は全員フルコートでのプレー時間60分以上を保証します。
・参加費に加え、トライアウトに参加するためにかかる全ての費用(航空運賃、旅費、宿泊代、食費や交通費など)は自己負担にてお願いいたします。また、LAギャラクシIIはトライアウトへの招待状やビザ等の補助は行いません。
・チーム分けについては選手の希望するポジションに沿って無作為に行われます。
・参加者各自のキックオフ時間についてはチーム分けが行われた後、トライアウトの開催日1週間前までにメールにてお知らせいたします。
・参加者の中から最大5名をロサンゼルスでの更なる選考のために選出します。
・2017年2月6日〜10日の期間、LAギャラクシーのコーチの指導の下、5名の選手たちをロサンゼルスへご招待。LAギャラクシーはその期間中、LAギャラクシーIIでのプロ契約資格の獲得へと進める選手を選考します。(航空券、宿泊費、食費はクラブが負担する)

SHARE

LATEST ARTICLE最新記事

SOCCERKING VIDEO