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欧州挑戦1年目、柿谷曜一朗の現在…誰もが認める能力も、求められる順応性

2015.05.08

バーゼル1年目のシーズンは満足できるものではないものに… [写真]=Getty Images

文=中野吉之伴

 柿谷曜一朗のFCバーゼルへの入団は華々しいものだった。新加入選手の紹介はクラブからの公式発表だけというのが通例のなか、2009年、当時スイス代表のエースだったアレクサンダー・フライ以来となる入団会見が行われた。ドルトムントやフィオレンティーナといった強豪クラブに競り勝っての獲得。会長のベルンハルト・ホイスラーも「柿谷はスペクタクルな選手」と誇らしげに語り、ファンも新しいスター誕生の予感に胸を躍らせていた。

 実際、スタートは悪くなかった。初出場となった第3節FCトゥーン戦ではファンからの大きな拍手で迎えられ、続く第4節のFCチューリッヒ戦で途中出場から初ゴール。ペナルティエリア付近でボールを持つと、奪いに来る相手の鼻先で右足アウトサイドのパス。そのまま守備陣の裏へスッと抜け出し、ルカ・ズッフィからのリターンパスを受けると、飛び出してきたGKにも慌てずに、右足インサイドで正確にゴールへ流し込んだ。その技術レベルの高さをしっかりと披露すると、第5節ザンクト・ガレン戦では初スタメン。ここから何かが始まる。そう感じさせるだけの何かを残したかに思われていた。

 あれから9カ月。ホイスラーが「ポップスター、アイドルとしてではなく、サッカースターとなって欲しい。柿谷の加入はFCバーゼルだけではなく、スイスサッカー全体のためでもあると思っています」と言葉に力を込めた未来はまだやってきていない。

 確かにチームはスイスリーグ5連覇中で今シーズンもカップ戦との二冠に王手、チャンピオンズリーグでもリヴァプールを抑えてグループリーグを突破する強豪クラブではある。まして初めての海外クラブでの挑戦が簡単なはずもない。しかしカップ戦で格下との対戦時におけるローテーション要員にとどまるとは思っていなかったはずだ。公式戦19試合に出場(フル出場は3試合)し、6得点(リーグでは2得点)という数字は納得のいくものではない。

 地元紙の『バスラーツァイトゥング』は「ヨーロッパを席巻するために来たはずの柿谷。しかし入団から9カ月が経ち、ほとんど誰からも聞かれなくなってしまった。ポップスターはオフサイドの位置に追いやられてしまった」と柿谷の置かれた境遇を表していた。

 実力が評価されていないわけではない。監督のパウロ・ソウザは「サッカー選手として必要な全てを持っている。技術レベルが高く、スピードもある」と認め、地元記者の多くが「柿谷は良い選手だ」と口をそろえる。メンバーに入らないと取材現場で「なぜカキは外れたんだ?」と逆に聞かれることもあった。出れば何かをやってくれるのではないか、という期待は今でもされている。それでもスターティングメンバーに「KAKITANI」の名前が見られることは非常に少ない。

 要因はどこにあるのだろうか。冬のプレシーズンの時期に、『バーゼル・ランドシャフトリッヒェ新聞』はソウザ監督の「まだ多くのことを学ばなければならない。曜一朗は日本でカウンタープレイヤーだった。ここではチームでプレーすることがどういうことかを学ばないと」というコメントを載せていた。

 相手守備ラインの裏にスペースがあり、タイミングよくパスが出てきた時には起点になる好プレーを見せる。柿谷にしかないアイディアとボールタッチでチャンスを作り出す。しかしそれ以外のパターンでは極端にボールに絡むシーンが少なくなってしまう。足を止めてしまう柿谷にベンチのソウザ監督が激しいジェスチャーで指示を出す場面もよく見られていた。攻守両面における、より積極的なボールへのアプローチ、そして動きの中からスペースに出ていくプレーが要求されている。プレーの連続性とそれぞれの質の向上が取り組むべき課題。

 第29節ルツェルン戦前の記者会見に登場した柿谷は「後半戦、チームには以前よりも上手く入ってこれて、プレーの仕方にも慣れてきたという感覚はある」と口にしていた。成長していないわけではない。やるべきことは少しずつ身についてきていることだろう。それでもソウザは「まだ完全に順応しているわけではない」と指摘しており、実際ここ2試合はメンバーからも外れている。チームの成績が悪かったり、主力選手が不振になったりすれば、チャンスが回ってくることも期待できるが、そう簡単にポジションを手渡そうとする選手はいない。こうした激しいポジション争いに打ち勝った選手がプレーする権利を得る。

 バーゼルは若手をレンタルで出すことが多いが、来シーズン以降の去就に関しては現時点では残留が濃厚と思われる。しかし今シーズン終盤、そして新シーズンのプレシーズンで納得させるだけのパフォーマンスを披露できないと、当然移籍の可能性も出てくるだろう。課題克服とチームへのさらなる順応を指揮官に認めさせることができるか。ポテンシャルはそれだけでは活きない。引き出されるのを待つのではなく、自分で引き出すために向きあい、日々のトレーニングに打ち込んでいく。そうしたプロセスを積み重ねること以外に、ブレイクスルーのチャンスをつかむことはできない。

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