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なぜ、ウェストハムなのか【雑誌SKアーカイブ】

2020.04.11

試合開始前、ウェストハムの本拠地ではクラブアンセムが大音量で流れ、シャボン玉がピッチを舞う[写真]=Getty Images

[サッカーキング No.006(2019年9月号)掲載]

日本のフットボールファンからすると、なじみの薄いクラブかもしれない。
強豪を下した翌週に格下にあっさり負ける、安定感に欠けるクラブ。そんな印象かもしれない。
だが現地のサポーターは、シャボン玉のような“揺らめき”こそがこのクラブの魅力だと言う。
BBCやSky Sportsの司会者にして、熱狂的なウェストハムサポーターでもある
マシュー・ロレンツォが、ウェストハムへの愛を綴る。

文=マシュー・ロレンツォ
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

 フットボール界には、こんな格言がある。

「人を殺すのは希望である」

 これはあらゆるフットボールファンに当てはまるが、そのことを誰よりも痛感してきたのはウェストハムのファンだろう。歓喜に浸る準備をしていたのに、最後の最後に裏切られる。そんなことを、何度味わってきたか。そもそもクラブのアンセムがそれを物語っている。

「幸運はいつも隠れている。私は探し続けて、ずっとシャボン玉を飛ばしている。かわいいシャボン玉を飛ばしている。シャボン玉は高く舞い上がり、空まで届きそうなところで消えてなくなる。私の夢のように──」

 だが、これがウェストハムの魅力なのだ。フットボールは勝つことがすべてではない。だから私は、ある意味で現在のマンチェスター・シティのファンを気の毒に思う。彼らにはたった一つの敗戦が、この世の終わりのように感じられるだろう。彼らが勝利に対して味わう喜びは、我々のそれとは比べものにならない。ウェストハムは勝つこと自体が少ないからだ。

 どのクラブをサポートすべきかと聞かれたら、正直に言って“アイアンズ”を勧めることはできない。私の場合は選択肢がなかった。遺伝子やDNAと同じように、父から受け継いだからだ。使い古された言い回しかもしれないが、私にはウェストハムの血が流れている。

 でも私は、ウェストハムファンでよかったと思う。“The West Ham Way”という言葉を知っているだろうか。エンターテインメント性の高いオープンな戦い方を意味する言葉だ。我々は5点を決めることもあるが、それ以上の失点を喫することもめずらしくない。それが「ウェストハム流」なのだ。

 私自身もそうだが、改めて考えるとフットボールの記者にはウェストハムファンが多い。なぜか? それはウェストハムファンが他のファンより知的だから……と言いたいところだが、恐らく違う。ハマーズが他のチーム以上に話題を提供してくれるクラブだからだ。

 我々ファンは、まずこう考えるところから始まる。「このチームはいったい何がしたいのか?」。絶対に勝てる試合を落としたり、数十億円を費やした選手がベンチを温めたりする。だがそれでいて、首位を走るチームに大健闘することもある。たいてい、その翌週のカップ戦でノンリーグのチームに足をすくわれるのだが……。

 それに、フロントの動向からも目が離せない。2008年にはアイスランド人のオーナーが財政難に陥り、クラブ消滅の危機に瀕した……それどころか、アイスランド自体が消滅の危機に陥ったのだ!

 とはいえ、我々にも栄光の日々はあった。1960年代にはFAカップだけでなくカップウィナーズ・カップも制した。1966年のワールドカップでは、イングランド代表の優勝メンバーのうち3人がウェストハムの選手だった。ボビー・ムーアが代表でもキャプテンを務め、ジェフ・ハーストは決勝でハットトリックを達成し、マーティン・ピータースもネットを揺らした。4-2で勝利した決勝の西ドイツ戦は、4点ともすべて“ウェストハムのゴール”なのだ。だから我々には、「自分たちがW杯を制した」と主張する権利がある。

ウェストハムの伝説的選手、ハースト、ムーア、ピータース(左から)。64年のFAカップ初制覇、65年のUEFAカップウィナーズカップ優勝などを成し遂げ、クラブの黄金期を築いた[写真]=Getty Images


 そんな栄光の日々が過ぎ去ったあとも、十分に喜びはあった。1995年にアレックス・ファーガソン率いるマンチェスター・ユナイテッドのリーグ優勝を阻止したのは我々だ。昨シーズンには、トッテナムの新スタジアムで初めて勝利したアウェーチームとなった。

 ダービーという楽しみもある。最大のライバルと言われることの多いミルウォールは、前本拠地のアップトン・パークからテムズ川を挟んで反対側にある。ピッチでは激しい死闘が繰り広げられるが、翌日の見出しを飾るのはたいていフーリガン問題だ。しかし、近年は別々のリーグにいるため、対戦する機会は少ない。

 だから今、私はトッテナムを最大のライバルと見なしている。しかし何より腹立たしいことに、スパーズ側は我々をライバル視していない。彼らの敵はいつだってアーセナルだ。何と皮肉な話だろうか。我々は恋愛だけでなく、憎しみさえも片思いなのだ!

 唯一の救いは、チェルシーがみんなから嫌われていることだ。さえないクラブだったのに、ロマン・アブラモヴィッチの財力だけでステータスを手に入れたのだから、それも当然だろう。しかもフランク・ランパード、ジョー・コール、グレン・ジョンソンといったうちの選手を持っていきやがった。

 だから私は、チェルシーのようなやり方でファン層を拡大するクラブとは一緒にされたくない。我々には伝統がある。誇らしい歴史がある。何より、サポーターの間に絆がある。失意に耐えながら育まれた絆だ。理解してもらえるか分からないが、ウェストハムのサポーターは“チームが弱いから強くなれた”のだ。

 成果主義がはびこる現代では、3-3のドローゲームより1-0の辛勝が称えられるのだろう。だが我々は決して楽しむことを忘れない。どんな強豪クラブでさえも、敵地でのウェストハム戦は気が抜けない。それは、ウェストハムが何をしてくるか分からないチームだからだ。

 たった一つの問題は、我々も何をしているか分からないということだ。

※この記事はサッカーキング No.006(2019年9月号)に掲載された記事を再編集したものです。

 

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