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【アジアサッカーの今】中国/“爆買い”のはざまで生きる無名の外国人選手たち

2017.02.10

日本での中国人観光客の「爆買い」は沈静化しつつあるが、サッカー界での札束攻勢はとどまるところを知らず、この冬にもオスカル、テベスというメガディールが成立した。一方で、香港籍を持つ外国人プレーヤーもその価値を証明している。彼らのプレーに注目してみるのも、中国サッカーの楽しみの一つと言えるのではないだろうか。

文=池田宣雄(アジアサッカー研究所)
Text by Nobuo IKEDA(Institute for Future Asian Football)
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

[Jリーグサッカーキング2月号増刊「進化を遂げるタイサッカー」]

「爆買い」は今なお続く


「爆買い」とは、中国人観光客が日本を訪れた際に紙おむつや粉ミルクなどの日用品を、大量購入しては持ち帰る様子を形容する言葉だった。そして消費税免税制度の改正や銀ぎんれん聯カード(編集部注:中国で広く普及しているデビットカード)での決済が可能となったことで、彼らはやがて炊飯器などの家電製品や高級ブランド品も買いあさるようになる。その後も購買意欲はとどまることを知らず、全国各地の不動産や企業なども「爆買い」の対象となった。

 人民元や外貨の国外流出に抑止力を働かせたい中国と、チャイナマネーによる買収攻勢に危機感を募らせた日本の思惑が相互に作用し、現在は一時の加熱ぶりが鳴りを潜め、日本における彼らの「爆買い」は、すでに過去のものとなりつつある。しかし一方、サッカー界における「爆買い」はさらに加速している。チャイナマネーによる欧州の名門クラブの買収劇は、いくつかの事案で滞っているようだが、中国スーパーリーグ(CSL)で新たな戦力補強が報じられると、紙面ではそのたびに信じ難い金額が躍り続けている。2016シーズン開幕前、アレックス・テイシェイラ(シャフタール→江蘇蘇寧)とジャクソン・マルティネス(アトレティコ・マドリード→広州恒大)の移籍金に60億円前後の値がつき、世界中に衝撃を与えた。そしてこの頃から、欧州の主要クラブも中国からの巨額オファーをむげに断わることができなくなっていく。また、この2人を含め、オファーを送られた選手たちへの年俸も軒並み15億円を超えるようになり、欧州や南米で活躍する選手たちの中国行きが、いよいよ本格化していくことになる。

チェルシーで出番を失っていたオスカルは移籍金88億円と本人の年俸に30億円というメガオファーを受け中国へ


テベス獲得の異常性


 昨夏の移籍市場では移籍金68億円、年俸24億円という破格の条件でフッキ(ゼニト→上海上港)の移籍が決まるなど、チャイナマネーは猛威を振るい続けている。フッキの移籍発表の直後に報じられたグラツィアーノ・ペッレ(サウサンプトン→山東魯能)も、年俸18億円という好条件での契約を結んだのだが、直前にフッキが世界でも指折りの高給取りの仲間入りを果たしたことで、この金額がさしたる驚きにならなかったことが記憶に新しい。

 来る2017シーズンの戦力補強についても、昨夏にフッキを獲得した上海上港が、クリスマス直前にビッグディールを成立させた。チェルシーで出番を失っていたオスカルに移籍金88億円と本人の年俸に30億円の値をつけて獲得し、アンドレ・ビラス・ボアス新監督の本気度を世間に誇示することに成功したのである。

 オスカルの移籍がビッグディールなら、ボカ・ジュニアーズの英雄カルロス・テベスの移籍はメガディールと言うべきだろうか。グスタボ・ポジェを指揮官に招へいした上海申花は、ボカでスパイクを脱ぐことを公言していたテベスへの年俸として、2年総額102億円(単年俸51億円)という、思考が停止するほどのオファーを提示。世界屈指のストライカーを迎え入れることに成功し、古豪復活に向けての狼煙を高らかに上げた。さすがにここまでの青天井になると、3億円前後でプレーするアジア枠の外国人選手たちや中国代表クラスの選手たちが極めて安価な存在に感じられる。彼らの報酬ですら、日本や韓国でプレーする選手たちの数倍の値だと考えると、やはり「爆買い」は異常そのものだ。「爆買い」の余波は、中国国内の下部リーグにも及んでいる。昇格を狙う2部のいくつかのクラブでは、CSLの中堅クラス並みの予算を割き、本来なら2部にいてはいけないような指導者や選手たちを招へいしてタイトルを争っているのだ。

長春亜泰でプレーするジャック・シーリー(右)はイングランド出身で香港代表に名を連ねる


見慣れぬ外国人の正体


 その一方で、中国の国内選手の中に、明らかに中国人には見えない選手、つまり、華人でもアジア系でもない選手が数人存在していることを、日本の皆さんはご存じだろうか。ジャック・シーリー(長春亜泰)、フェスタス・バイス(貴州智誠)、ジャン=ジャック・キラマ(天津権健)。これらの名前を見て察した人は、相当なアジアサッカー通だ。彼らは3人とも香港籍の選手。つまり、中国リーグで国内選手として扱われている面々だ。

 彼らは各々イングランド、ナイジェリア、カメルーンで出生している。そしてプロサッカー選手として香港に渡り、やがて市民権を得て、香港のパスポートを取得したのだ。ちなみに、ロシア・ワールドカップのアジア2次予選で、中国代表相手に2試合続けてスコアレスドローに持ち込んだ香港代表の中心選手でもある。

 1997年に中国に主権が返還された香港は、長らく英国に統治されていた影響で、アジア有数の自由貿易港として繁栄した。一定の条件を満たした外国人に市民権を与える政策を施してきた名残で、香港は現在でも多くの外国人が移民している地域だ。

 香港のパスポートを取得した外国人選手は、香港リーグでは国内選手として登録され、香港代表に招集された場合は国際試合にも出場できる。さらに、中国の主権の及ぶ地域の選手であることから、中国リーグでも国内選手として登録可能なのだ。

香港籍選手の付加価値


 シーリーの所属する長春亜泰は、近年はスーパーリーグの下位で戦っている。香港の名門である南華から5年という異例の長期契約で移籍した彼は、イングランドでは下部リーグでも通用しなかった無名の選手だ。それでも中国でプレーするチャンスを得て、南華時代の年俸の6倍となる6000万円の報酬を得ているという。ただし、これは異例の好条件だ。現在、中国の国内リーグでプレーしている6人の香港人選手たちの年俸は、概ね2000万円程度だと推測されている。それでも彼らの得ている報酬は、香港リーグ時代の3倍にもなるのだ。

 ちなみに、バイスは香港代表ではシーリーとセンターバックのコンビを組んでいる。彼が所属する貴州智誠、そしてキラマの所属する天津権健は2部リーグで上位に入り、2017シーズンからはCSLに主戦場を移す。つまり「爆買い」で各クラブに加入したワールドクラスのFWたちとマッチアップすることになるのだ。

 彼らの存在は、中国のクラブにとってもメリットがある。全くの無名選手ではあるが、個々の身体能力を重用する中国のサッカーには非常に適している。また、ヨーロッパやアフリカ諸国の出身でありながら中華圏内での生活が長いため、「爆買い」で加入した選手たちのサポート役としても重用されている。中華の習慣を会得した彼らは、サッカー以外の付加価値も発揮しているのだ。

 そんな彼らも、現在の契約が満了し次第、香港リーグに戻らなければならない。中国サッカー協会は16年の元日以降、香港、マカオ、台湾のパスポートを持つ選手の国内選手登録を、事実上停止している。彼らは15年の年末までに中国のクラブと複数年契約を結び、契約満了までの国内選手登録が認められているにすぎないのだ。政治的には香港、マカオ、台湾の住民を「自国民」と称しているが、サッカー界ではそうではないらしい。協会側は登録停止の理由の一つに「自国の若手選手の育成強化」を挙げているが、あまりにも言い訳じみている。

 間もなく2017シーズンが開幕する。長春亜泰、貴州智誠、天津権健の試合で見慣れない外国人選手がプレーしていたら、それはきっと彼ら3人に違いない。もし彼らが、年俸の桁が二つも違う「爆買い」アタッカーを封殺する場面を目撃した場合は、ぜひとも大きな拍手と声援を送ってあげようではないか。

By サッカーキング編集部

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