[写真]=Getty Images
川崎フロンターレから横浜F・マリノスへ。
同じ神奈川県内に籍を置く両クラブ間を期限付き移籍という契約形態で移籍した選手は過去にいない。史上初のケースとなったのが東京五輪世代屈指のレフティー・三好康児である。
昨季は、現在と同じ期限付き移籍で北海道コンサドーレ札幌の一員としてプレーした。プロ4年目でキャリアハイとなるリーグ戦26試合に出場。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督に寵愛され、シーズンを通して主力として戦った。「札幌での1年間がなければ今の自分はいない」という言葉は決して大げさではなく、プロになって初めてコンスタントに試合出場を重ねたからこそ得られる収穫と課題があった。
一定以上の存在感を示したからこそ、迎える新シーズンは身の振り方を決める際に複数の選択肢を持つことができた。札幌は完全移籍での買い取りを画策し、所属元の川崎に復帰する可能性もあった。
そんな折、隣町にある名門クラブからオファーが舞い込む。
「対戦した時からすごく魅力的なサッカーをしていると感じていました。攻撃的なところも自分にとってプラスになる。競争はどのチームでもあること。そこに身を置くことで成長できると思って決断しました」
こうして横浜FMの三好康児が誕生した。
新体制発表会後もキャンプが始まってからも「自分がマリノスにいるのは不思議な感じ」と本音を吐露。小学校5年生から川崎の育成組織で育ったのだから無理もない。鏡に映ったトリコロールのユニホーム姿に違和感を覚えずにはいられなかった。
しかし、それで揺らぐほど生半可な決意ではない。
「フロンターレに育ててもらった感謝はあるし、いつか恩を返したいと思っています。でも、それだけに固執しているわけではありません。今は自分の立ち位置をどうやって上げていくかを考えている。マリノスのファン・サポーターからすれば、自分は『フロンターレから来た選手』という見られ方もあると思います。それを払拭したいし、だからこそ得点、アシストのところの数字は残さなければいけない」
思いの丈はプレーで表現する。強い意志を持って開幕戦のピッチに先発すると、得意の左足で強烈なミドルシュートを叩き込むインパクト大なマリノスデビューを飾った。
戦前の言葉が指し示すように、周囲からの目線を意識したうえで、プレッシャーを期待に変えようと奮闘している。そして有言実行の結果を残してみせたが、満足する様子は一切なかった。
「点を取ることで味方にもサポーターにも期待してもらえる。ボールも来るようになるだろうし、自然とチャンスも増えるのは良いこと。でも、まだ1点取っただけ。この後に1点も取れなかったらまったく意味がない」
言葉は鋭さを増すばかり。視線はあくまでも高く、先を見ている。
さらに、三好の加入効果は得点だけにあらず。
開幕2連勝を飾った横浜FMのオフェンスに化学反応をもたらす存在として日増しに存在価値を高めている。同じインサイドハーフとしてプレーする天野純は昨季からの変化をこう語った。
「今年は中盤でのコンビネーションとバリエーションが増えた。(三好)康児は中央でのアイディアを持っていて、康児発信で周りの選手が動いて受けることもできる。その形は去年あまりなかった」
出し手としても受け手としても効果的なプレーができる背番号41の加入によって、チームの攻撃は確実にアップグレードした。
開幕戦のガンバ大阪戦、そして第2節のベガルタ仙台戦では中盤にスペースが生まれた時間帯と状況でより輝きを増した。「自分がボールを受けたら常に前を向く意識でやっています。そこからはパスも出せるし、ドリブルもできる」と自信をのぞかせたように、眼前にスペースが広がる状況でボールを持ち運ぶプレーは昨季までの横浜FMに足りなかった要素のひとつ。仙台戦ではその形から仲川輝人を前線へ走らせ、エジガル・ジュニオの決勝点が生まれている。こうして早くも複数の得点に絡み、契約上の都合で出場できなかった第3節・川崎戦でチームの攻撃がテンポアップしなかったという事実が、存在の大きさを浮き彫りにしている。
横浜FMのサッカーにはポジションという概念がほとんどないため、自由度が高い一方で常にアドリブが求められる。ただし利己的では意味がない。ポゼッションで優位に立てるという前提の下に「自分たちは決まった形がない中で、相手の位置を見てポジションを取っていく。マリノスとしての形がある中で、どうやって自分の良さを出していくか」という解答を早くも見つけつつある。
繰り返している台詞がある。
「チームとしてやらなければいけないことはあるけど、自分の良さが完全に消えてもいけない。その中で今年は結果にこだわっていきたい。それが来年の東京五輪にもつながっていく」
視野には自国開催の五輪がしっかりとらえられているが、自身の完成形はあえて描いていない。すさまじい成長スピードで進化を続け、これから直面するであろう壁や課題を突破した先に何が待っているのか。本人にも分からない未来は、大いなる可能性と同義だ。
取材・文=藤井雅彦
By 藤井雅彦